« ■節子への挽歌1696:十句観音経 | トップページ | ■節子への挽歌1697:2つの時計 »

2012/04/25

■荒れ野の40年でのビジョンクエスト

昨日、「荒れ地」の話を書きましたが、「荒れ地」で思い出すのはナチスドイツの戦争が終わって40年目の1985年に行われたドイツのヴァイツゼッカー大統領の演説です。
日本ではその記録が岩波ブックレットで出ていますが、タイトルは「荒れ野の40年」です。
ヴァイツゼッカーは演説の終わりのほうで、こう語っています。

イスラエルの民は、約束の地に入って新しい歴史の段階を迎えるまでの40年間、荒れ野に留まっていなくてはなりませんでした.
この「40年」に2つの反対の意味があると言います。
けじめをつけるためには40年が必要だが、40年の時間は体験の教訓をも風化させ忘れさせてしまう、というのです。
そのため、ヴァイツゼッカーは、まさに戦争が終わった40年目にこの演説を行ったのです。
この演説のことは、前にも書いたことがありますが、何回読んでも新しい気づきがあります。

荒れ野で得られるビジョンクエストという儀式が、ネイティブアメリカンにあります。
ビジネスマンの意識変革研修などにも取り組まれており、サンフランシスコ在住の私の知人もそれを日本に導入したいと相談に来たことがあります。
いまもいろいろなところが、中途半端に取り込んでいますが、ビジョンクエストはネイティブアメリカンの通過儀礼でした。
自然の中で生命のビジョンを得ることで、自らの魂に気づくのです。
荒れ地をさまよったモーゼは「言葉」を求めましたが、ビジョンクエストは個人の身体を超えたものへの気づきを目指します。
つまり言葉にならない「言葉以前のもの」です。
それが、言葉につながっていくのが、生きるということかもしれません。
だから通過儀礼なのです。
それをきちんと通過していないと、誰かの言葉に従うだけの存在になってしまいかねません。
言霊に振り回されるか、言霊とつながるかは、大きな違いです。

ドイツが「荒れ野の40年」からどう立ち上がったかは、さまざまな事実が示しています。
たとえば、昨年の福島原発事故のあとのドイツの動きは見事です。
メルケル首相は、福島の事故が起きてからわずか10日間で、倫理委員会を設置し、倫理委員会は5月末に報告書を取りまとめています。
そしてエネルギー政策を転換しました。

日本は戦後の荒廃から20年で立ち上がりました。
いかにも早かったのですが、その咎がいま生じているのかもしれません。
原爆の体験も、これほど風化するとは思っていませんでした。
ヴァイツゼッカーが演説していた頃、日本は高度成長後のバブルの余韻に酔い、マネタリーエコノミーをさらに加速させようとしていました。
私が会社を辞めたのは、その4年後です。

|

« ■節子への挽歌1696:十句観音経 | トップページ | ■節子への挽歌1697:2つの時計 »

政治時評」カテゴリの記事

生き方の話」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30899/54554767

この記事へのトラックバック一覧です: ■荒れ野の40年でのビジョンクエスト:

« ■節子への挽歌1696:十句観音経 | トップページ | ■節子への挽歌1697:2つの時計 »