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2012/04/19

■当事者の時間感覚と社会の時間感覚

消費税問題や原発再稼動などの騒ぎの中で、ともすると忘れられがちなのが、地道な政策実行です。
原発再稼動ほどのスピードで取り組むべき課題は少なくありません。
数少ない大型問題に目が奪われている背後で、何が行われているかをきちんと見ておく必要があります。
たとえば、一昨日、報道された、薬害を防ぐために医薬品行政を監視する第三者機関の設立法案をめぐる動きです。
長妻厚労相(当時)が薬害肝炎訴訟の原告団に今年の通常国会に法案を提出することを約束し、その後の大臣もそれを継承してきていますが、厚労省は反対しているようです。
昨日の記者会見で、小宮山厚労相は、今国会への法案提出の見通しは立っていないと話しました。
新聞記事によれば、政策を議論する審議会は新設しないとした1999年の閣議決定を理由に、厚労省は反対しているようですが、なんともまあおかしな話です。
つまり政府が機能していないということです。
これはほんの一部のことであって、実行力を失った政府に対して、霞ヶ関は集団サボタージュをしているようにさえ感じます。
しかし、そうした動きに関心を持つ人は少なくなってきています。
消費税問題や原発再稼動に目が奪われてしまっているからです。
その上、最近は尖閣諸島問題までが人々の耳目を吸い取りだしています。

長崎県西海市で2人の女性が殺害された、ストーカー殺人事件の被害者の夫が、3つの地域の警察にいくら訴えてもまじめに対応してもらえずに、ついには殺害されてしまった怒りをテレビで語っていましたが、それと同じ構図がここにあります。

当事者にとっての時間感覚と社会の時間感覚は明らかに違います。
切迫感も全く違うでしょう。
薬害の被害者にとっては、今まさに日々苦しんでいるわけです。
当事者にとっては、時間単位、時には分単位で考えますが、制度をつくろうなどという人は年単位で考えます。
当事者には個人が問題になりますが、制度を作る人は数量が問題になります。
そこに大きな意識の違いが生まれます。

昨夜も北朝鮮に娘を拉致された横田夫妻がテレビで語っていました。
お2人にとっては、世界は全くとまっているように思えるでしょう。
どんな問題も、当事者にならないと見えてはこないのです。
そこにこそ、大きな問題があるように思います。
当事者から発想して行動するか、社会から発想して行動するか。
国家のパラダイムを変える時期に来ているように思います。

ちなみに私は、この10年以上、前者の発想で生きようとしています。

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