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2012/04/11

■フラクタルな構図

手塚治虫の「火の鳥」には、人間が作ったロボットがロボットを作り出し、人間に似せて作った第1世代のロボットとは違うロボットが生まれてくる話があります。
私の記憶なので、少し不正確かもしれませんが。

最近の社会状況を見ていると、まさにいまそうした状況に私たちはいるのではないかと思うことがあります。
ただし、「火の鳥」と違って、神が自らに似せて人間を作り、その人間が神とは違う人間を作り出したということです。
私は第1世代の人間だと自負していますが、最近、そうではない人間が増えているような気がします。
その典型は小泉純一郎や野田首相です。
彼らには「神の心」が感じられません。
まあそのあたりの話になると、とてもとても語りきれませんので、今日は別の話です。

第2世代のロボット、もしくは人間には、あるモデルが組み込まれています。
大量生産型のモデルです。
そしてその行動のベクトルは「ソリューション型」です。
ソリューション発想は、外部に問題を作り出すことです。
ですから、自己保存のために、問題を創出しつづけるという本能が組み込まれています。
こうしたことは、これまでも断片的に何回か書いてきましたが、こうしたことを前提に、今の社会の動きを見ていくといろんなことが見えてきます。

東電が電気料金値上げをしようとしていますが、電気使用者は、まずは東電がコストダウンに努力すべきだと主張します。
政府は消費税増税を打ち出していますが、国民はまずは無駄をなくすべきだといいます。
両者は全く同じ構図です。
実はこれが近代のパラダイムだろうと私は思っています。
問題は常に相手にある、そして問題を作り出すことに自らの存在価値を見いだす。
しかし、そこからは何も生まれていかないだろうと、私は思います。

昨日からジョーゼフ・キャンベルの「神々の沈黙」という大著を読み出しました。
副題に「意識の誕生」とあるのですが、人がいつ意識を持ち出したのかという話です。
神は、自らの意のままに動く人類を創ったのに、その人類が意識を持ち出してしまったのです。
そして、いま、その意識を持った人類が、自らの意のままに動くロボットを作りだした。
と、実は私は思っていたのですが、この本を読みながら、どうももう一つの大きな流れがあるのではないかという気がしてきました。
人類を意のままに動かす新しい人類(新しい神)が生まれだしているのかもしれません。
そしてその人たちによって、意のままに動かされている人間が増えてきているのが現在かもしれません。
野田首相や東電の社長や、経団連の会長を見ていると、そんな気がします。
そして彼らの言動は奇妙に似ているのです。
彼らがめざすのは、もしかしたら平安で持続可能な世界かもしれません。
言い換えれば、機械的な変化のない世界、エントロピーが極大化した死の世界ともいえます。
私はそんな世界には住みたくはありません。

それにしても、どうしてみんな紋切り型の思考しかできなくなってきてしまったのか。
そして思考と実践を切り離す生き方に違和感を感じなくなってしまっているのか。
実に不思議です。
かくいう私も、多分、その大きな流れからは抜けられずにいるのでしょう。

「神々の沈黙」は500頁を超す大著なので、まだ三分の一しか読んでいませんが、実に新鮮です。

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