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2012/04/06

■節子への挽歌1678:やっと追いつきました

節子
やっと追いつきました。
この挽歌の番号は、2007年9月3日からの経過日数です。
その日は、節子が旅立った日です。
1週間ほどたって、毎日、挽歌を書き続けようと思い立ったのですが、今年に入ってから、書けない日が増えてきました。
そういう時は、数日以内に複数の挽歌を書いて、数字を合わせるようにしてきたのですが、最近かなりのずれが生じていました。
ようやく数字を合わせることができました。
今日は、節子を見送ってから1678日目なのです。
追いつけてホッとしています。

この挽歌は、読まれるために書いているわけではありません。
自分のために書いているのです。
だからこういうことが私にはとても大事なことなのです。
しかし、今日も思わぬ人からのコメントがありましたが、だれが読んでくださっているのかわかりません。
知らない人ならともかく、知っている人に読まれるのは、けっこう恥ずかしいものです。
すべてを公開していると言いながらも、私もそれなりに見栄もありますから、後で読むと書かなければよかったということもあります。
しかし、書いている時には、不思議と素直な気持ちになるのです。
まあ一種の自己浄化であり、懺悔であり、自己弁護です。
挽歌と言うよりは、自らも含めての鎮魂歌なのです。
書くことで気を鎮め、書くことで前を向ける。そんな感じです。

読んで下さっている人はわかると思いますが、気持ちはまだ大きく乱高下しています。
しかし、節子はもう現実にはいないという事実をかなり受け止められるようになってきています。
まだそんな状況なのと言われそうですが、そんなものなのです。
喪失感は、時間がたつことで高まることさえあるのです。
でも、挽歌を書かなくても、精神の安定を維持できるようになってきました。
ですから、毎日書くよりも節子に話しかけたくなった時に書くほうが内容的には良いものになるでしょう。
しかし、内容がなくても、やはり毎日書くことを続けようと思います。
ますます「読む挽歌」ではなく「書く挽歌」になりそうです。

20数年前に、ある占い師が私を93歳まで生きると占ってくれたそうです。
あるプロジェクトを私と一緒にやりたいと思った人が、私のことを知るためにわざわざ京都まで行って、有名な占い師の方に占ってもらったのだそうです。
まあ否定する理由もないので、私はそれを信じています。
だから節子にも90までは元気でいてねと頼んでいたのです。
しかし、残念ながら節子は先に逝ってしまったのです。

ちなみに、この挽歌を93歳まで書き続けるとすると、番号は10000に近づきます。
あと8000以上書くことになります。
いやはや大変ですね。
節子はそんなことも考えずに、逝ってしまいました。
困ったものです。

明日から毎日書くようにしたいと思います。
追いつけてよかったです。

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