■節子への挽歌1672:思いつきの人生
節子
今日は強い台風並みの低気圧ですごい雨風です。
一昨日から今日は何となく大地震が起こるような気がして、予定を変えて一日在宅するようにしていましたので、その雨風に巻き込まれることなく、テレビで各地の被害状況を見ています。
そういえば、3.11の東日本大地震の時も在宅でした。
幸運と言うべきでしょうか。
わが家のある我孫子も強風に襲われています。
今回はきちんと事前の備えをしていますので、大丈夫です。
さらに大地震に備えて、ガラスの大きな花瓶も一応、安全な場所に下ろしておきました。
地震の気配はないので、もしかしたら1~2日延びたのかも知れません。
地震の予想ははずれたかもしれません。
困ったものです。
ところで、節子はよく知っていますが、こうした雨風の日はなぜか心身が動き出し、利根川を見に行きたくなります。
テレビを見ていたら、急にまた利根川に行きたくなりました。
自動車運転はアクセルとブレーキを間違えて以来、この10年ほどやめていますので、やはり在宅だったユカに頼みましたが、言下に断られました。
思わず「節子だったら行ってくれるのになあ」と言ったら、「節子も行かないよ」と言われてしまいました。
その上、思いつきはやめてくれないと怒られてしまいました。
いやはや困ったものです。
娘たちによく言われますし、最近は友人たちからさえ言われますが、私はほぼ「思いつき」で行動を決めています。
人間の考えることなど、たかが知れていますので、むしろ私は「思いつき」を大事にしているのです。
それでわが家の家族は振り回されて、私の評判は悪いのですが、節子は私の思いつきによく付き合ってくれました。
私が「思いつき」でこの歳までうまく生きてこられたのは、そういう節子の受容力のおかげかもしれません。
節子は拒否することもありましたが、完全に無視するのではなく、私の思いつきをうまく取り込んだ代替案を出してくれたのです。
私の「思いつき」は、結局は思いつきですから、すぐに変わりうるのです。
節子はそれをある時から知ったのです。
そうした阿吽の呼吸というか、気づかずに騙されるとか、夫婦というのはそういう関係がうまく形成される関係なのかもしれません。
節子に接していた時と同じように、娘たちには今も「思いつき」で対応しているのですが、いつもはっきりと否定されてしまいます。
節子だったら、否定しないのになあ、と不満を言うと、節子も否定しますと断定されてしまいます。
私の節子像と娘たちの節子像はどうもかなり違っているようです。
しかし、節子を正確に把握しているのは、間違いなく私です。
「節子だったらどうするか」はわかりながら、不承不承、娘たちの言葉に従っていますが、思いつき人生を改める気はまったくありません。
節子との思いつき人生は、実に楽しく、幸せでした。
それに節子もそれなりに思いつき人生でしたから。
雨が窓を強く打ち出しました。
少しこわいほどです。
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