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2012年5月

2012/05/31

■時限爆弾の上で遊び興ずるソドムとゴモラの民

大飯原発の再稼動が決まったようです。
しかしテレビでは、みのもんたさんや古館さんが、反対論を唱えています。
みのさんは、今朝の番組で私は反対だと明言していました。
テレビで反対キャンペーンを展開したら流れは変わるだろうにといつも思います画、彼らは発言するだけで動きません。
彼らがいっせいに国民集会を呼びかけたら、流れは変わるでしょうが。

それにしても、福島原発を体験しながら、なぜ原発再稼動が実現するのか。
ここに「民意を基軸にする政治」のジレンマを感じます。

昨日、小沢さんと会談した野田首相が「消費税に関しては時間軸だけが違う」と話していました。
私は時間軸こそが問題だと思っていますし、小沢さんもそう言っていると思いますが、野田首相は軽く時間軸を受け止め、消費税増税に焦点を合わせて説明してしまっています。
このようにして「異論」は統合されていきます。
民意を束ねるということはそういうことでしょう。
どんな民意も形成できるということです。
そこに民主主義のジレンマがあります。
しかも民意は、「小出しの部分的情報」で形成されますから、いかようにも操作できます。

活断層の上の原発を稼動させるということは、テロリストが時限爆弾を仕掛けるのとそう違うようには思えません。
いささか言いすぎかもしれませんが、テロリストと政府とは、そう違うわけではありません。
それは9.11以降のアメリカ政府の動きを見ればよくわかります。

今朝も、メーリングリストでデモへの呼びかけが来ました。
しかし、もはや勝負は決まったような気がして、虚しさを感じます。
迷いましたが、用事を優先させて、デモには行かないことにしました。
こうやって、人は自らを滅ぼしていくのでしょうか。

それにしても、福島原発を体験したにもかかわらず、生き方を変えようとしない私たちは一体何なのか。
生きることを忘れた存在に向かっているのかもしれません。
もちろん、私もその一人であることは否定できません。
どうやって抜け出すか。いや、そもそも抜け出すべきかどうか。
それがなかなかふんぎれません。
抜け出そうと思わない自分がいやになることもありますが、
どこかにもう終わりたい(つまり人類の歴史の終焉です)という気が生まれてきているのも事実です。
まあ、時限爆弾の上で遊び興ずるソドムとゴモラの民は滅んでも仕方ありません。
神の裁きがまもなく来るでしょう。

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2012/05/30

■労働と生活

「裏切った民主党議員には、報いをこうむってもらう」。東京電力労働組合の新井行夫・中央執行委員長は29日、愛知県犬山市であった中部電力労働組合の大会に来賓として出席し、そうあいさつした。

今朝の朝日新聞の記事です。
経営者が経営者なら労組幹部も労組幹部です。
裏切、報い、おどろおどろしい言葉です。
新井さんは、いわゆる労働貴族と言われる人なのでしょうか。
原発の現場で命を懸けて働いている人の生命を吸いとって太っている、そんなイメージがついつい浮かんでしまいます。
すみません、いささか感情的になってしまい。
それにしても、ひどい発言だと思います。

労働組合はもともと働く者たちの「生活」のためにありましたが、今では全く違うのでしょう。
新井さんにはたぶん「生活」よりも「お金」が大切なのでしょう。
民主党には組合出身者が少なくありませんが、組合の目的は生活を豊かにすることであって、仕事はそのための手段です。
どうも最近は本末転倒の議論が多すぎます。

東電の最大の問題は、組合かもしれません。
行政の最大の問題と同じです。
労働組合は、根本から作り直すべき時期にきているように思います。

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■節子への挽歌1729:玄関のバラ

節子
玄関のバラが咲き続けています。
フェイスブックに掲載したら、たくさんの人からきれいですねと言われました。

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ある人は「節子さんのバラが見事ですね」と書いてきてくれました。
そういえば、これも先日、我孫子駅前の花壇の写真をフェイスブックに載せたら、ある人が「節子さんが手入れしていた花壇ですね」と書き込んでくれました。
お2人とも、節子とは会ったこともなく、私もそれほど節子の話をしたこともないのですが、なぜか節子と結び付けてくれました。
どうやら私自身は意識していなくても、伝わるものなのかもしれません。

玄関のバラは元気ですが、庭のバラはかなりだめにしてしまったかもしれません。
それでも数種類のバラがいまも咲いています。
時々、娘たちが節子にも供えてくれていますので、節子も知っているでしょうが。
しかし、庭の花の手入れは結構大変ですね。
枯れさせてしまった花を見ると、明日からはきちんと手入れをしようと思うのですが、どうも永続きしません。
困ったものです。
もっと誠実にならなければいけませんね。

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■節子への挽歌1728:愛は魔法

節子
フランクルの本の話をもう少し続けます。
節子のことを考えながら、この本(「人間とは何か」)を読んでいたからです。

愛は、それだけで人を幸せにする「恩恵」であるが、それだけではない。
愛は魔法でもある、とフランクはいうのです。
そういわれると、たしかにそうです。
フランクルは、こうつづけます。

愛する者にとって世界は魔法をかけられ、愛によって世界に価値が加えられるのである。
愛する人間は、愛によって、価値の豊かさに対する人間的な共感性を高める。
宇宙全体は一層広く深い価値を有するものになり、愛する者のみが見ることのできる価値の光の中に輝くのである。
なぜなら、愛はよく言われるように盲目にするものではなく、視力を強めるものであり、価値を洞察させるものであるからである。
誰かを、あるいは何かを、愛すると、世界は一変する。
愛によって、世界は輝きだす。
それまでなんでもなかったものが意味を持ち出す。
価値を持ち出すのです。
すべての時間が至福の時間になり、永遠に続くような気になります。
それは、私が体験したことでもあります。
まさに、愛は魔法です。

問題は、その魔法が解けてしまった時です。
愛はなくなったわけではないのですから、魔法は解けてはいないはずですが、あれほど輝いていた世界が、無表情で退屈な世界に一変してしまいます。
輝きの幻覚は、節子との思い出と共に、時々浮かんではきますが、以前とは違った世界がそこにある。
これはどうしたことでしょう。
あきらかに矛盾があります。
愛が永遠であるならば、魔法もまた永遠でなければいけない。
にもかかわらず、世界の輝きは消え失せてしまいました。
まるで、その輝きは、愛する者によって引き起こされていたかのように。
その輝きを支えていた存在がいなくなったために、輝きがとまったかのように。
まるで、世界の輝きは節子と共に、彼岸に行ってしまったようです。
残されたのは、生きる価値がないとさえ思いたくなるような、退屈な無表情な世界です。
もう魔法は戻ってこないのでしょうか。

フランクルは、「愛によって、価値の豊かさに対する人間的な共感性が高まる」と書いています。
とても納得できますし、私も実感しています。
価値の豊かさは、以前よりも間違いなくよく感じられますし、その感覚は節子がいなくなってむしろさらに高まったように思います。
にもかかわらず、世界は輝きを失ってしまった。

この矛盾が、まだなかなか解けません。
実は何となく答はすぐそこにあるような気がしているのですが、うまく説明できません。
たぶん、私はまだ、愛の魔法にかかっているのでしょう。
時間が少したったら、またフランクルを読み直してみようと思います。

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■節子への挽歌1727:「不幸な」愛というものは存在しない

節子
「愛は、どんな場合でも、愛する者を豊かにせざるをえない」とフランクルは書いています。
とても共感できます。
「悲恋」という言葉はありますが、「悲愛」という言葉はありません。
本来的に、恋は他動詞であり、愛は自動詞だからだと思います。

フランクルはこう書いています。

「不幸な」愛というものは存在しない。
というのは、私は本当に愛しているか、本当には愛していないかのどちらかであるが、もし私が本当に愛している場合には、それが報われるか否かにかかわらず、私は豊かにされていると感じるのであり、また私が本当に愛してはいない場合には、私は他の人間の人格を本当に「思っている」のではなく、その人格を離れて、その人が「持っている」単なる身体的なものや(心理的な)性格特性を見ているにすぎない。
この場合は私はそもそも愛する人間ではないのである。

誰かを愛すると、その人の価値が見えるようになり、それは自らを豊かにしてくれる、ともフランクルは書いています。
今となって思えば、私の生き方が(私にとって)とても豊かになったのは、節子を愛する事ができたおかげだと思います。
たしかに私には、節子の身体的なものや心理的なものも大きな価値を持っていますが、それも含めて、節子を愛したということそのものが、私の人生の意味を深めてくれたように思うのです。

思った以上に早い終わりは、悲しさもありますが、フランクルが言うように、だからと言って、「不幸」とはいえません。
それに、節子との一緒の暮らしは終わりましたが、愛が終わったわけではない。
私は今もなお、節子を愛していますし、節子もたぶん私を愛しているでしょう。
そう思えば、悲しむことはないわけです。
悲しいのは、ただただ節子と話したり抱きあったりできないだけの話です。
でもそれもまた、節子を愛したことで与えられた私の人生の意味の一つなのです。

むかし読んだフランクルと今度読んだフランクルとはかなり印象が違います。
フランクルは最後の最後まで原稿を書き直していたといいますから、内容も少し変わっているのかもしれませんが、私の意識が大きく変わっているのでしょう。
「不幸な」愛というものは存在しない。
実に共感できる言葉です。
いまの状況を嘆きたい気持ちはもちろん強いですが、一方で、いまの幸せをきちんと認識しないといけません。

愛する人を失った人たちにも、この豊かな気持ちを分かち合いたい気もします。

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2012/05/29

■節子への挽歌1726:誕生日の意味

節子
私も明日で71歳です。
信じられないような年齢です。
まさかこの歳まで自分が生きているとは思ってもいませんでした。
しかし気分的にはまだ学生の頃とそう変わってはいないのです。
節子がもし元気だったら、まだまだ青春を謳歌している気分でしょう。
節子がいなくなってから、私の時間軸はどうも狂い続けています。
5年前でストップしているようであり、はるかな時間を過ごしたようであり、自分の歳もわかりにくくなっています。
ただ、節子は62歳で止まってしまったので、私の年齢感覚もそれに大きく影響されているのは間違いありません。

人の年齢感覚は不思議です、
小学生時代の友人たちといると、みんなその時に気分に戻ってしまいます。
まさに人との関係性のなかに、年齢があるのです。
そして自分を基準に人の年齢を感じてしまいます。
私は今でも60代の人を見ると、私よりも年上に感じます。
客観的には私のほうがずっと年上なのですが、どうしても年上に感じてしまうのです。
自分の姿は自分では見られません。
鏡で見ることはありますが、鏡の中の自分をまじまじと見ることはそうはありませんし、なによりも私の場合、鏡の中の自分よりも私の意識の中の自分のほうが自分だと思っています。

節子と日々暮らしていたら、それ相応に「老い」を感じられるかもしれませんが、節子がいないいまは、むしろ「老い」を感じられないような気がします。
だからこそ、逆に心身のギャップから過剰な疲労を背負い込んでしまうのかもしれません。

ジュン夫婦が今日は一日はやい私の誕生日を祝ってくれました。
ナポリ土産のパスタで海鮮料理を作ってくれました。
とても美味しかったです。
節子がいたらどんなに喜んだことでしょう。
Photo

料理はとても美味しかったのですが、いまはもう、私には誕生日はほとんど意味のないものになってしまいました。
誕生日は、やはり子供たちにではなく、愛する妻に祝ってほしい記念日です。
妻と共に人生を重ねることには意味がありますが、一人で人生を重ねていくことの意味は、残念ながらあまり実感できないからです。
ちょっとひねくれてしまっているのかもしれませんが。

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2012/05/28

■節子への挽歌1725:あらゆる存在は関係存在

昨日の挽歌に出てきた「相在」と言う言葉が少しわかりにくかったかもしれません。
その前のフランクルの文章を紹介しなかったからです。
その文章も、とても共感できる言葉です。

一つの存在者は他の存在者と関係づけられることによってはじめて、両者は本質的に存在しうるのである。
それぞれ互いに他の存在者であるものとしての存在者間の関係が、ある意味で存在者に先行している。
存在は他在である。
言い換えれば、存在は閑係としての他在であり、本来ただ関係なので「ある」。
つまり、あらゆる存在は関係存在である。
存在は閑係としての他在であり、本来あるのはただ関係だけ。つまりそれが「相在」ということです。
まるで仏教の経典を読んでいるようです。
そして、それは私の考えと重なっています。
人は一人では存在できずに、誰かがいるから存在しうるのです。
さびしがりやだった私の、それは小さい頃からの考えでもありました。
私は、孤独でいることも好きでしたが、それはこうした考えがあればこそです。
孤独でいることで、すべての人やすべての自然、あるいはすべての存在とつながりあえるからです。
しかし、節子と20年ほど一緒に暮らした頃から、少しずつ私は変わってきました。
すべての存在との関わりの結節点であるべき私の中に、節子が入り込んできたのです。
世界が変わり、私が変わりました。
いまの私は、節子との関係の中で生まれたのです。
一度、変わると、人はもう元には戻れません。
前に進むしかない。
そして、節子のいない私は、いまやもう存在さえできないわけです。

おかしな話ですが、節子が彼岸に旅立っても、私たちの関係は此岸にそのまま残っています。
では、もし私が彼岸に旅立ったらどうなるのか。
もしかしたら、それでも私たちの関係は此岸に残り続けるのかもしれません。

私は遺跡が大好きです。
遺跡に立つとそこで生活を営んでいた人たちの声が聞えてくるような気がするからです。
そしてとても懐かしい気持ちになれるのです。
遺跡を訪れても、私に残るのは風景ではなく、そうした雰囲気なのです。

此岸では見えない地球の風景があるのではないのか。
そんなことを節子と話したこともありますが、節子は今それを見ているのかもしれません。
「愛が愛される人間の死をも超えて持続する」(フランクル)ということは、関係は決して消えることがないからなのです。
何しろ関係を変えたくても、もうその相手が見えなくなっているのですから、此岸からは変えようがないのです。
だから、愛は永遠なのです。
今の私には、終わらせる術がないわけです。
困ったものですが、これは素直に受けいれねばいけません。

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2012/05/27

■節子への挽歌1724:箱根と湯河原

節子
先週、1年ぶりに湯河原に寄ってきました。
宿泊しようと思っていたのですが、やはり一人で過ごすには辛すぎました。
湯河原は、私たちの終の棲家になるはずでした。
その計画はもう夢のまた夢になってしまいました。

湯河原に寄ったのは、前日に箱根で合宿だったからです。
ホテルの宿泊客のご夫婦が山のホテルの話をしていました。
きっと今頃はつつじが満開でしょう。
節子が元気だった頃に、2人で行ったことを思い出します。
その時は食事だけでしたが、泊まりに行く計画はついに実現できませんでした。
あれほど通った箱根ですら、やり残したことが山のようにあります。
ともかく節子の旅立ちは早すぎました。

小涌園でバスを待っていたら、ガラスの森美術館行きのバスが来ました。
箱根ガラスの森美術館も、節子は大好きでした。
私も2回ほど付き合いましたが、節子は友だちとも行っているはずです。
次に来たバスは湿生花園行き。
ここも節子がごひいきのところでした。
それにしても今回はなぜかバスを待っている間に、節子を思いださせるバスが立て続けに来ました。
これも何かの意味があるのでしょうか。

箱根は仕事の関係で、いまも毎年、強羅か小涌園で宿泊していますが、節子がいなくなってからは一度も芦ノ湖まであがったことはありません。
今回は時間があったので、その気になれば芦ノ湖経由で湯河原に行けたのですが、やはりまだその気にはなれません。
節子とは毎年数回行っていましたが、もうかなり様子も変わってしまっているでしょう。

そういえば、湯河原もだいぶ変わりました。
こうやって風景はどんどん変わっていきますが、私の心象風景は節子がいた頃のままにとどまっています。
私たちが記憶している箱根や湯河原は、過去のものになってしまっていくのでしょう。
そして私たち自身もまた、過去に埋もれていく。

節子
彼岸からの箱根や湯河原の風景はどんな感じですか。
私が見る箱根や湯河原は、節子がいないせいか、もの悲しくさびしいです。

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■節子への挽歌1723:愛は死よりも強い

節子
フランクルは「人間とは何か」でこう書いています。

人間が本当に愛しているかぎり、その愛において、自分の心が実際に相手の精神的人格の一回性と唯一性に向けられているということは、それを体験している人間にはそのまま実感されることである。
いまは、それがよくわかります。
しかしそこから話は少しややこしくなります。
愛は志向的行為なのである。愛が志向するのは他者の相在であり、それは、究極的に現存在から独立している。つまり、それは「存在」には依存しない「本質」であり、そのかぎり存在を超越しているのである。
こうしてのみ、愛が愛される人間の死をも超えて持続するということが理解されうるのであり、ここから初めて、愛が死よりも、すなわち愛される人間の存在の無化よりも「強い」ということが理解されるのである。
なにやらわかったようでわからないのですが、ただなんとなく頷ける気もします。
続けて書かれていることを読むと、もう少し納得できるかもしれません・
愛される人間の現存在は死によって無化されるとしても、その相在は死によっても無くなることはない。その人の無比の本質は、すべての真に本質的なものと同じく、時間を超えたものであり、そのかぎり過ぎ去ることのないものである。
愛は、愛される者の身体性をほとんど問題とせず、そのために愛はその人の死を越えて持続し、自分自身の死まで存続するのである。実際に愛している者にとって、愛される者の死を現実に捉えることは決してできない。それは、その人が自分自身の死を「捉える」ことができないのと同様である。
私がとても共感できたのは、「実際に愛している者にとって、愛される者の死を現実に捉えることは決してできない」というところです。
まさに、いまの私がそうなのです。
どうもまだ節子がいないという現実感がありません。
笑われそうですが、毎朝、節子に般若心経をあげながら、どこかからひょっこり節子が出てくるような気がしてならないのです。
フランクルは、「愛はその人の死を越えて持続し、自分自身の死まで存続する」とも言っています。
愛は死によって断ち切られることはないのです。

では、愛とは何か。
愛とは実は生きることではないかと、最近思うようになってきました。
愛がなくなってしまう時、人の生は終わるのです。
だとしたら、節子の生はまだ終わってはいません。
私の生を、今も支えてくれているのです。
少なくとも、節子がいなかったら、私の生はいまとはまったく違ったものになったでしょう。
だとしたら、節子と一緒に育ててきた、この生を、もっと大事にしなければいけません。
フランクルは、そう言っているような気がします。
生き方を少し考え直さなければいけません。
共に相在する節子に怒られそうです。

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■節子への挽歌1722:随流去

フランクルの話を書こうと思っていたのですが、昨日の挽歌を書いていて、「随流去」という言葉を思い出しました。
ちょうど、1週間前に、テレビの「こころの時代」で聞いた言葉です。
回りの流れに身を任せて、しかし思うがままに生きていくというのが、私の理想なのですが、そうしたことにつながっている言葉なので、心に残っていました。

随流去。
流れに従って去る、という言葉ですが、これは大梅禅師の言葉として伝えられています。
大梅禅師は、長い期間、山に篭って行をされていたことで有名な唐の時代の高僧です。
杖になる木を探しに山に入ったある修行僧が、路に迷ってしまいます。
そして、たまたまたどりついた大梅禅師の庵で、「山を抜け出るにはどちらに行ったらよいでしょうか」と訊いたところ、大梅禅師は「随流去」と応えたという話です。

「流れに随って去(ゆ)きなさい」、大梅禅師は川に沿って行けば山を抜け出られることを教えてくれたのです。
川の水は低いほうに流れていきますから、その流れに沿って歩いていけば里に導かれるというわけです。
この言葉には、自分の判断ではなく、大きな真理に従って歩いて行けばいい、という意味が込められています。
真理は、川の流れのように、どんな状況にも揺らぐことなく、ぶれることなく低きに向かって流れていきます。
壁にぶつかっても、必ず進路を見つけ出していくのです。

これは、私が目指している生き方そのものです。
十分に出来ているとは思いませんが、私ができるだけ直感を大事にしているのは、生命には真理が宿っていると思っているからです。

もちろん、流れに随っていくことは、流れに流されることは違います。
心を安らかにして思いを発すれば、流れの本流が見えてくるものです。

なぜこんなことを書こうと思ったかといえば、最近、どうも大きな流れではない、小さな流れに惑わされがちだからです。
節子がいなくなったのも、大きな流れから見れば、きちんとした意味を持っているのでしょう。
右往左往してはいけない。
そのことを、節子は私に教えていってくれたはずです。
節子がいなくなった今も、大きな流れは滔々と流れているのです。
随流去。
流れに随うならば、最近の不安感は消えていくような気がしてきました。
節子の生き方を思い出さなければいけません。

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2012/05/26

■節子への挽歌1721:精神のカ動性

節子
最近、どうして気が萎えているのかわからなかったのですが、フランクルの「人間とは何か」を読んでいたら、こんな文章が出てきました。

人間は、ある一定の、健全で、適度な緊張を必要としている、と私は考えるのである。大切なことは、どんな代価を払っても恒常性(ホメオスタシス)を維持させることではなく、精神のカ動性なのである。
私にとって、節子は「健全で適度な緊張感」を与えてくれる存在だったのです。

節子を見送ってからは、精神のカ動性を意識的に封じ込めてきているような気がします。
意識的に、というのは必ずしも正しくないかもしれません。
生命現象が意識よりも勝っているといったほうがいいでしょう。
つまり、今の私は、意識は萎えているのに、生命は決して萎えていないのです。
生命の感受性は高まり、視界は広がり、意識の世界を超えて、生命が動き出している。
存在しない節子までも実感できるほどに、生命は過敏になっています。
その一方で、意識は呪縛されたようにひたすら「その時点」にとどまろうとしています。
「意識を放棄した意識」、そんな感じさえします。

節子がいなくなってから、ある意味で、意識は弛緩しっぱなしです。
何かを成そうという気は後退し、流れに随うという生き方に変わってきています。
何かを成すほどの意欲が生まれない。
まあ平たくいえば、「もうどうでもいいか」というような気分なのです。
生命のホメオスタシスに心身をゆだねて、怠惰に生きている、そんな状況にあります。
適度な緊張感のないままに、精神の力動性は作動せず、どこかで精神が萎えだしている。
そして、その隙間をぬって過度な緊張感が入り込んできて、いっそう気を萎えさせている、そんな状況なのです。

私だけではないと思うのですが、愛する人がいなくなると、人生は弛緩します。
どうでもよくなってしまう。
と同時に、健全でもなく適度でもない緊張感に襲われます。
緊張と弛緩は矛盾すると思う人もいるでしょうが、私の場合は、その両者が間違いなく共存しています。
つまり、精神、あるいは気が、大きく触れているのです。
その理由も、フランクルは書いています。

愛はよく言われるように盲目にするものではなく、視力を強めるものであり、価値を洞察させるものである。
生命現象も、意識現象も、愛によって増幅させられます。
しかし、その「愛」の対象が実感できなくなると、意識は混乱してしまう。
異常な疲労感は、そうした中で発生するのかもしれません。

フランクルの本から気づいたことはたくさんあります。
あまりに多すぎて、うまく書けませんが、少し書き続けてみようと思います。

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■節子への挽歌1720:逆さ虹

節子
気分を変えて動き出すはずが、なかなかそう簡単ではありません。
しかし、挽歌の読者からは、
挽歌の更新がないので心配していました。

もしかして、奥さまの後を追われてしまったのではないかなどと考えてしまいました。
とコメントまでもらいました。
これではいけないと思いながらも、なかなか気が乗ってきません。

お昼ごろ、娘から電話があり、めずらしい虹が出ているというのです。
急いで外に出てみましたが、場所の違いからかあんまりはっきりはしません。
しかしたしかに奇妙な虹です。
娘の友人が撮った写真を掲載させてもらいます。

Photo

「逆さ虹」と言って、時々、各地で目撃されているようですが、イギリスのある宇宙物理学者が「60年間生きてきたが、初めて見た」とコメントしているほど、めずらしいのだそうです。
それに見る角度によって、位置も変わってくるそうです。
ネットによれば、見ることができた人は非常に運がいいとのことです。
私もまあ、運がよかったのでしょうか。

この数週間、どうもあんまり運に恵まれませんでした。
みずからの気が萎えていると、運は寄り付いてくれません。
気分的にはなかなかマイナススパイラルから抜け出られずにいます。

実際に人は、生きる気を失うと死んでしまうことは、いろんな人が報告しています。
意図的にではなくても、結果的に節子の後を追うようになっては節子に合わす顔もありません。
節子には、あれほど「大変な生」を続けさせておきながら、自分が生を投げてはいけません。
そんなことをしたら、節子に追いかえさせられそうです。

逆さ虹も見たことですから、気を起こして、挽歌も書きましょう。

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■生活保護とは「お金の問題」なのでしょうか

お笑いコンビ「次長課長」の河本準一さんは、私の好きなタレントの一人です。
彼の生い立ちの話をテレビで見て、以来、彼が好きになりました。
彼の出る番組も時々見ていました。
しかし、その河本さんが、いま「生活保護」の問題で社会をにぎわせています。
なにかとてもいやな事件ですが、この事件のおかげで、生活保護の問題が話題になりだしたのは歓迎すべきかもしれません。
生活保護は、昨今の「生政治」の本質に関わる問題だろうと思っています。

私自身は、社会はすべての人の支え(役割分担)によって構成されているので、すべての人が安心して暮らせるようなベーシックインカムが導入されるべきだと思っています。
家庭でも、子供や年寄りや病気の人がみんな当然に支えられている構造を社会にも展開すれば、きっと社会は気持ちの良いものになるだろうと思っているのです。
もっとも最近の家庭は、必ずしもそうではないようですが、そこにこそ。まさに社会の縮図を見てしまいます。
言い換えれば、そうした支え合いの家族関係がきちんとあれば、社会もまたそうした構造になるように思います。
その逆も成り立つわけで、どこかの時点で、そのポジティブスパイラルは反転し、逆のいずれもが「支え合い」はなく「金銭契約」(取り合い)構造に向かっているように思います。

金銭的な生活保護政策は、あくまでも緊急避難的なものではないかと思いますが、いまや恒常化しつつあります。
生活保護とはお金を支給するということ、という考えにだれも何の疑問も感じることなく受け入れているのが、私にはおぞましいです。
これまで2回ほど、そうした話し合いの場に居合わせましたが、みんなやはりお金の問題にしか関心がないようで、驚きました。
生活保護は、断じて金の問題ではありません。
そもそも「保護」という言葉がおかしいのかもしれません。
福祉や医療の世界には、私には驚くような言葉が充満していますが、「保護」も安直に使われている言葉の一つだろうと思います。

河本さんの事件は、そうしたことを浮き彫りにしてくれています。
生活保護世帯よりも私の家族たちの年収はたぶん低いと思いますが、それぞれみんな豊かに暮らせているのは、それなりに生き方を工夫しているおかげです。
時々、自分のためではなく、お金が必要になることはありますが、そうした時に感ずるのは、お金の恐さです。
お金に依存しだした途端に、生活は「保護」されなくなるのかもしれません。
河本さんの事件で、そういうところまで話が広がるといいのですが。

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2012/05/25

■ハーメルンの笛吹き男に従う子供の群

書庫である資料を探していたら「四番目の恐怖」という広瀬隆と広河龍一の共著の本を見つけました。
1988年に講談社から出版された本です。
ぱらぱらと見てみたら、あまりに昨年の福島原発につながる記述が多いので驚きました。
発電コストに関しても、1987年に通産省資源エネルギー庁によるコスト計算が紹介されていますが、この時の数字では原子力の発電コストはキロワット時あたりで12円、石油火力で10円となっています。
当時も原発のほうのコストが高いことがきちんと出ていたわけです。
それに電力需給のトリックもとてもわかりやすく書かれています。

あとがきに、こう書かれています。

原子力が危険すぎる事実を、すでに国民の誰もが知ってしまった。それでも一部の原子力関係者が強行論を吐き、1億2千万人を弾劾から突き落とそうとしている、私たちは、ハーメルンの笛吹き男に従う子供の群ではないのだ。

なんら当時と代わっていないことに唖然としました。
つまり20年以上前に、いまと同じ状況があったのです。
私もそれを忘れてしまっていました。
広瀬さんの思いとは違って、私たちはハーメルンの笛吹き男に従う子供の群だったわけです。

ちなみに、四番目の恐怖とは。青森県六ヶ所村の再処理工場の話です。
それまでの3つは、スリーマイル島、チェルノブイリ、そしてイギリスのウィンズケールのことです。

昨年の福島原発事故の後、1970年代から80年代にかけて書かれた原発関連の本を何冊か読み直しましたが、そうした本の中にすでに福島原発事故への不安や電力需給の話はかなり明確に書かれていることに驚かされます。
私は、そうした本を読んでいて、それなりに原発への評価は明確にしていたのですが、なんら行動を起こしませんでしたし、そのうちにそうした危機感さえも風化させていたわけです。
まさにハーメルンの笛吹き男に魂を抜かれていたわけです。
恥じなければいけません。

また20年後には、同じような状況になっているのでしょうか。
すでに、原発への不安感はかなり風化し始めています。
それにしても笛吹き男の笛の音は、実に快いのです。
こうしてみんなまたせっせと電力消費者に戻っていくのでしょうね。
心しなければいけません。

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■節子への挽歌1719:久しぶりの挽歌

節子
最近、気が極度に弱っているのを感じます。
思い当る理由はあるのですが、まあ以前の私であれば、そうたいした問題でもありません。
節子にはよく言いましたが、「それがどう転ぼうと、太陽は回っているから大丈夫だよ」と言えたでしょう。
今も、頭ではそう思えるのですが、どうも心身がついてきません。
不安感で覆われ、何かとても寒くなるような気がするのです。
人の温かさが、ほしいです。
こんなことは、これまで経験したこともありません。
節子がいなくなって今日で1727日ですが、その間のいろんな不安感が鬱積してしまっているのかもしれません。

ある友人は、数日前にあるメーリングリストへの私の投稿を読んで、心遣いのメールをくれました。

いつも前向きで好奇心旺盛なのでネガティブになる発言は 今日の金環日食と同じくらいビックリします。
でも、佐藤さんもやはり人間だった と思いましたので安心しました。
この人は、私以上に前向きで好奇心旺盛の人ですが、私の気配を感じたのでしょう。
私は表情はもちろんですが、文章でさえも自分を隠せない性質のようです。

いま調べたら、挽歌は16日に書いて以来、書いていません。
こんなことも初めてです。
これまでは書けなくてもせいぜい2日でした。
それに時評編も書いていません。
挽歌の読者はもしかしたら、心配してくださっている人もいるかもしれません。
すみません。
むしろそれが気になってしまっていたのですが、しかし書けない時は書けないものです。

挽歌を書かなかった間に、アウシュビッツを体験した神経科医のフランクルの「人間とは何か」を、最新版の翻訳で読みました。
フランクルの思いが、とても素直に心に入ってきました。
特に、愛や死に関する記述にはまったく違和感なく、素直に心を開けました。
しかし、同時に、フランクルの言葉に共振しすぎて、沈んでしまいがちになってしまっていました。

極めて俗世間的な難題にもぶつかっていました。
気が弱くなっていたからでしょうが、人への不信感に悩まされていました。
世の中には悪い人などいないのだという、節子も聞き飽きていただろう、私の信念が少し揺らぐほどでした。
それがまた自己嫌悪を呼び起こし、ますます気を削いでいたのです。

まだそうした状況から抜け出たわけではありません。
不安感が心身を覆っている状況もさほど改善されてはいませんが、だからこそ挽歌を書き出そうと思いなおしました。
さて、1週間かけて、挽回しましょう。
節子に向かって、何かを書いていれば、きっと気が戻ってくるでしょう。
止まっていると、ますます心身が冷えていきそうです。
今日も寒い日になりましたが、私のせいでしょうか。
そうかもしれない、そんな気さえするほど、寒いです。

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2012/05/18

■原発と原爆は同じものではないのでしょうか

昨日、技術カフェという集まりをやりました。
そこで原発の問題が少し出たのですが、参加者の一人から「なぜ原発をなくすべきか、誰にでもわかるように一言で話せしてほしい」といわれました。
「原発と原爆は同じ原理で成り立っているものだからです」と応えましたが、納得してもらえませんでした。
こんな簡単なことがなぜわからないのか、私にはどうも信じられません。
つまり、それだけ私たちの頭は先入観で埋まっているのです。
みんな学校教育で成績を上げようとした結果でしょう。
知識を身につけてしまうと、問題を複雑にしたくなってしまうのです。
そのあたりは10年ほど前に話題になったエンゲストロームの「拡張学習理論」が的確に指摘しています。

原発の安全運転など、どうでも良い話で、原発と原爆が同じだと理解すれば、問題は極めて簡単なのです。
学者には仕事になっても、実際には無意味な研究課題でしょう。
原爆の安全使用を考えているようなものです。

沖縄に基地がないと困るという人もいます。
日本が攻められるからだといいます。
基地がなければ攻められるのか。
私にはわかりませんが、さらに言えば、攻められて何が悪いのか、です。
今日、私のフェイスブックでそんな議論が盛んにされています。
でも私には、基地や軍隊は全く不要な存在のように思えます。
戦争が嫌いだからです。

問題はシンプルに考えれば良いと思いますが、どうしてみんな難しく考えるのでしょうか。
学校でいろいろと勉強してきたせいでしょうか。
それとも私の学び方が間違っていたのでしょうか。
どうも誰と議論していても、いつもどこか根本的なところでかみ合いません。
困ったものです。

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2012/05/16

■節子への挽歌1718:「去年マリエンバードで」

「去年マリエンバードで」という映画をテレビで観ました。
私が大学生の頃に話題になった映画です。
芥川龍之介の『藪の中』を下敷きにしたものですが、その作り方が大きな話題を呼びました。
4つのシナリをつくり、それぞれを撮影し、その4作品を編集して一つの作品にするという手法です。
『藪の中』は、黒澤明によって『羅生門』という映画になっていますが、それに触発されて、アラン・レネ監督がつくった映画です。
アラン・レネは、アウシュヴィッツ収容所を描いた『夜と霧』で注目された監督です。
私は一時、映画評論家になりたいと思ったことがあり、大学3年の頃は映画館に通い詰めていました。
当時、ヨーロッパの映画もかなり観ましたが、「去年マリエンバードで」は一度しか観ていないのに、一番印象に残っている映画の一つです。

その映画を、半世紀ぶりに観たわけです。
ストーリーはあんまり意味もないのですが、こんな感じです。
主人公の男Xは女Aと再会します。
Xは去年マリエンバートで会ったとAに語りかけるのですが、Aは記憶していません。
しかし、AはXの話を聞くうちに、おぼろげな記憶が浮かんできます。
そして、Aの夫であるMは、「去年マリエンバートで」実際に何が起こったのか知っているのです。
そして最後にXとAは去っていくのです。
まあ、わけのわからない紹介ですが、そんな映画なのです。

そこでは、実は彼岸と此岸が融合しています。
時間軸も複雑に絡み合っている。
さらにいえば、3人の思考が、別々に絡み合いながら、一つの世界を創りあげているのです。
私の理解では、Aは死者です。
映画の中では、MがAを銃で撃つ場面がフラッシュされています。
しかし、Aはすでにその前に生を失っていたかもしれません。
当時のフランス映画のテーマの一つだった「死ぬほどの退屈さ」に覆われていたのです。
ですから、Aは夫に撃たれることで彼岸に蘇ったのです。
彼岸で蘇った死者が見えるXも死者と言えます。
Xもまた、彼岸に生きているわけです。
そして、そのXが見えるMも死者ということになる。
つまり、これは死者の織り成す鎮魂歌なのです。

なにやらややこしい話を書いてしまいましたが、愛とか死とかをいろいろと考えていた若い頃を思い出しました。
あの頃は、ミケランジェロ・アントニオーニとかイングマール・ ベルイマンにはまっていました。
そこに節子が現れた。
そして人生が変わったのです。
シンプルな人生に、です。
節子に感謝しなければいけません。

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2012/05/15

■原理原則はシンプルでなければいけません

鳩山元首相が15日、沖縄県宜野湾市で講演し、米軍普天間飛行場の移設問題で「最低でも県外」と発言したことについて「ご迷惑をおかけしたことは申し訳なく、心からおわびしたい。同僚議員や官僚を説得できなかった不明を恥じる」と陳謝した、という記事が朝日新聞に出ていました。
「沖縄の皆さんが基地問題に悩まされ続けていることについて(解決策を)少しでも進めたかったが、自分の思いが先に立ちすぎて綿密なスケジュールを立てられなかった」と釈明し、さらに、「他国の軍隊が一国の領土に居続けるのは異常。独立国の姿を取り戻さないといけない」とも述べたそうです。
これに関して、自民党の溝手参院幹事長は記者会見で、「ちゃんちゃらおかしい」と話したとネットの産経新聞には書かれています。

私は、鳩山さんが「県外・国外」を言い出したことを、今でも高く評価しています。
もし当時の外相だった岡田さんや他の閣僚が本気でそれを支えたら、そしてマスコミや国民が、本気でそれを支援したら、実現しただろうとも思っています。
そうした「異常」な状況の上に居座っている利権集団が、鳩山さんの思いを壊したのではないかと勘繰っています。

それが事実かどうかは、もちろんわかりませんが、それにしてもなぜあの時に、国民はもっと鳩山さんを支持しなかったのでしょうか。
最初から、そんな事はできないと諦めていた人が多かったように思います。
それでは、成るものも成りません。
政権交代への期待や、友愛政治への期待も、裏切られました。
たしかに鳩山さんの責任は大きいでしょう。
しかしそれ以上に、それを支持しなかった私たちの責任を感じます。
「友愛」を笑っていた人たちが、絆とか支え合いとか言っても、私には虚しく感じます。
「友愛」精神を馬鹿にして、格差を拡大させてのは、私たちでしょう。

それにしても、「他国の軍隊が一国の領土に居続けるのは異常」ということが、なぜ鳩山節と嘲笑されてしまうのか。
原理原則に立脚しない政治は成り立ちません。
原理原則はシンプルでなければいけません。
それは私たちの生き方においても、同じことです。

原発の評価も、極めてシンプルに考えれば、だれもが同じ結論に達すると私は思うのですが、そうならないのが不思議でなりません。

今日、テレビで東電の役員の方が、節電のための夜間電力使用の仕組みを説明していました。
司会者が、最後にところであなたはそうするのですかと質問したら、なんと「私は申し込みません」と応えました。
聞いていて私は頭が混乱しましたが、もっとみんなシンプルに生きたいものです。
一人称自動詞で考えれば、物事はすべてシンプルに見えてくるはずです。

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■節子への挽歌1717:粗雑な生き方

節子
オフィスの黒めだかが全滅してしまいました。
とても残念です。
この数日、あまりオフィスに行かなかったのと、行ってもめだかに声をかけなかったからかもしれません。
だいぶ水が汚れていたので、水槽を掃除しようと思いながら、先延ばしにしていたのが失敗でした。
そういえば、せっかく冬を越したミニシクラメンも枯らせてしまいました。
いずれもとても元気だったので、ついつい気を抜いてしまいました。
生きているものとは、やはりていねいに付き合わないといけません。
とても反省しています。

最近、どうも生き方が粗雑になってきているような気がします。
節子がいたらきっと注意するでしょうが、いろんな意味で「粗雑」なのです。
もしいま、私が突然に生をやめたら、迷惑を受ける人は少なくないでしょう。
一日一日を大事に生きることを、節子から学んだと書いておきながら、最近の生き方はいささか「投げやり」になっています。
身体の不調が起こっても、まあいいかと思います。
今日やろうと思っていたことができなくても、まあいいかと思ってしまう。
気になることがあっても、ついつい見ない振りをしてしまう。
節子が一番怒りそうな生き方になってきています。

黒めだかの死は、もしかしたら、それを諭してくれているのかもしれません。
そういえば、最近はよくないことが頻発していますが、これももしかしたら私の生き方への警告かもしれません。
いまここに生きているものと誠実に付き合わずして、
いまここには生きていないものと誠実に付き合えるはずがありません。

実は、そのことを最近強く意識しすぎてしまっているために、なんだかとても生きにくくなっているのです。
気は、沈みだすとどんどん沈む一方です。
どこかで反転しないといけません。
愛する人を失った人は、どうやって気を反転させているのでしょうか。
私にも体験があるはずですが、そうもそれが思い出せません。

武田さんがいうように、もしかしたらちょっと危ういのかもしれません。
挽歌が書けなくなってきているのは、要注意ですね。
雨の日は、特に気が沈んでしまいます。

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2012/05/14

■節子への挽歌1716:初夏を感ずるのに気が起きません

節子
時に初夏を感じさせる、気持ちのいい季節になりました。
こうした時期になると、節子は必ずどこかに出かける計画を立ててくれました。
あの頃が懐かしいです。

今日は代官山にある友人のオフィスに行きました。
代官山にオフィスを持っている友人は他にも2人いるのですが、そのすぐ近くを通っても立ち寄る気になれません。
これは、節子を見送ってから私に起こった変化の一つです。
以前は、どこかに行ったら、必ずといっていいほど、近くの友人のところには顔を出したくなりました。
いまは全く正反対になってしまったのです。

昨日、ジュンからイタリアのお土産で欲しいものはあるかと訊かれました。
何にもないよ、と応えました。
節子のいる頃だったら、たとえば、ふくろうの置物とかベスビオス火山の溶岩とか、何か欲しいものが浮かんだはずです。
しかし今では、ふくろうのコレクションにも興味がなくなりました。
心は、もしかしたらもう、彼岸に行っているのかもしれません。

スペインの巡礼地サンティアゴ・デ・コンポステーラを歩いた鈴木さんから、昨日、手紙が来ました。
発作的にまたハガキが書きたくなったので、と書いてありました。
そして、巡礼した時の資料を処分しました、ともありました。
鈴木さんは、私よりずっと若いのですが、できるだけ物を持たない、聖者のような暮らしをしています。
20年ほど前に鈴木さんに会ったときから、それは一貫している彼の生き方です。
節子の闘病中には、時々、美味しいお菓子を節子に贈ってきてくれました。
節子は、しかし直接お礼を言う機会を得ることはできませんでした。

鈴木さんは、何を支えに生きているのだろうか。
急に鈴木さんに会いたくなりました。

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■繰り返し「問題の立て方」みついて

何回か書いたことですが、また書きたくなりました。
それは「問題の立て方」のことです。
相変わらずほとんどの人が、問題を出してもらって、それを解く姿勢で生きています。
まさに「お上」に従う生き方です。
私は、大切なのは、自分で問題を立てることだと思っています。

問題を立てる時に重要なのは、発想の起点(視座)とビジョン(視野:問題の目的)です。
そもそも問題を立てることで、ほとんどのことは決まってきます。
問題を解くことを教える学校は、私には教育機関ではなく、訓練機関でしかありません。

たとえば小沢事件は、そもそも起訴された時に問題は立てられていました。
その問題でいえば、判決は副次効果にすぎないのかもしれません。
起訴だけで、問題の目的はかなり達せられていたからです。
問題を与えられた国民は、学校教育で学んだように、小沢さんのイメージを構築しました。
日本人は、問題を立てるのは不得手ですが、問題を解くのは得手ですから。

消費税増税もそうでしょう。
いまの立て方をされたら、消費税増税には反対できません。
つまり問題にはならない問題なのです。
せいぜいが「選択問題の選択肢」でしかありません。
訓練機関で叩き込まれた従順な訓練生は、それを問題だと後生大事に扱っているのですが。
そもそも時間軸もない、現場とは無縁な、数字の世界の問題設定には抗えないのです。
論理が完結しているからです。
そうしたスタティックな学問が世界を壊してきたはずなのですが、そのなかで訓練されてきた私たちは、なかなかそこから抜けられません。

電力需給はもっとわかりやすい事例です。
「供給が足りない」を起点にするか、「需要が多すぎる」を起点にするかで、問題は全く違ってきます。
「経済成長を目指すか」と「持続可能性を目指すか」でも、問題は全く変わってきます。
そして、どういう「問題」を立てるかで、行動は全く変わります。
もし、本気で私たち人間が住み続けられることを目指すのであれば、つまり地球環境を大事にし、持続可能性を重視するのであれば、供給が足りないなどという発想は出てこないでしょう。
もし、「絆」や「支え合う」「つながり」を本気で回復したいのであれば、電力需給が厳しい状況は実に望ましい状況として、それを活かす方向で問題を立てられるでしょう。

昨年も書きましたが、個人レベルにおいては、そもそも「節電」などという傲慢な発想を捨てて、自らの生き方を問い直していく契機にすればいいと思います。
できれば、併せて、産業のあり方も、そういう方向になればと思います。
電力を過剰に使う産業のあり方こそが、私には違和感があります。
昨年せっかく電力消費量が減って気持ちよくなったのに、また以前のような過剰電力消費社会に戻ってきています。
ちなみに常磐線(我孫子~綾瀬間)の車内温調は、私にはいつも過剰で不快です。
メールで何回か提案しましたが、変わりません。
私が、異常なのかもしれませんが。

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2012/05/13

■節子への挽歌1715:手巻き寿司文化

節子
今日は母の日でした。
娘がバラとカーネーションの花を供えていました。
まあ今年の母の日はそれだけでした。

夕食は娘たちと3人で手巻き寿司パーティでした。
母の日だからではありません。
ジュン夫婦が明日からイタリア旅行なのです。
峰行のお母さんたちも一緒です。
それで今日は、わが家だけですが、ささやかな壮行会でした。
わが家では、こういう時には手巻き寿司パーティというのが、節子がつくった文化です。
その文化がいまも残っているのです。
ジュンのパートナーはイタリアンレストランをやっているので、ジュンは夕食をわが家で食べることが多いのですが、今日もそんなわけで、3人での手巻き寿司でした。

もっとも節子の時代の手巻き寿司とはだいぶ違います。
節子は張り切って、回転式の手巻き寿司セットをテーブルの上に置き、ネタも豊富でしたが、最近は節約家のユカの仕切りなので、いささかネタに不満があります。
それにネタの種類がちょっと違うのです。
なんだかよくわかりませんが、今日はアボガドまでありました。

わが家の手巻き寿司の文化はいつから始まったのでしょうか。
私の両親と同居しだした頃からでしょうか。
私の両親は、むしろチラシ寿司文化でしたが、節子はそこに手巻き寿司を持ち込んだのです。

手巻き寿司を食べながら、ジュンが言いました。
節子がいたら一緒にイタリアに行くというだろうなと言うのです。
ユカは行かないだろうと言いました。
私は、もし私が一緒に行くといえば、行くだろうと言いました。
やはり家族それぞれの節子像は、微妙に違うようです。

さてどれが正解でしょうか。
もちろん私のが正解であることは間違いありません。
節子は私と行動を共にすることを最優先していましたから。
いや、そうでもなかったかな。
もしかしたらジュンが正解かもしれません。
節子は、意外と私よりも優先していたことがいろいろとありました。
それに、彼岸にも一人で旅立ってしまいましたし。
でもまあ、きっと今は、後悔していることでしょう。
彼岸への旅は、私を置いていくべきではありませんでした。
方向音痴の節子は苦労していることでしょう。
困ったものです。

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■節子への挽歌1714:常紅樹

節子
庭のモミジが陽光を受けてきれいに輝いていました。
このモミジは春も夏も秋も、いつも紅葉です。
名前を忘れてしまいましたが、節子は好きでした。

Photo

この写真をフェイスブックに掲載したら、宮内さんがこんな書き込みをしてくれました。

常緑樹ならぬ常紅樹ですね
そのような呼び方があるかどうかはわかりませんが。
樹木を見るたび、会ったことがないのに節子さんのことを考えます。

宮内さんは、節子がいなくなってから知り合ったのですが、献花台の前でギターを弾いてくれました。
節子に会っていない人にも思い出してもらえる。
節子は幸せ者ですね。

このモミジを上から見るとこんな感じです。
Photo_3

宮内さんは、先日も我孫子駅の花壇の写真をフェイスブックに載せてくれました。
節子の仲間たちが手入れしているのを知っていてくださるのです。
うれしいことです。

ちなみに、わが家の庭の花木はかなりだめにしてしまいましたが、節子が好きだった花が次々と咲き出しています。
節子が活躍している風景が目に浮かびます。

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2012/05/12

■原発の安全廃炉計画の必要性

先日、このブログで、脱原発しても原子力技術者も原子力関係の仕事も、減らないから、雇用か脱原発の問題は存在しない、と書きました。

今日の後藤さんの講演「そもそも原発の安全運転は可能か」の最後に質疑応答の時間があったので、2つ質問させてもらいました。
一つは、「そもそも原発の安全廃炉は可能か。どのくらいの時間がかかるのか」でした。
残念ながら明確な回答はありませんでした。
その代わりに、きわめて「原子力ムラ住民」的な答が返ってきました。
「原子力関係企業は数年前から廃炉ビジネスがこれからの大きな市場と考えており、これでまたしばらくは仕事が出来ると考えている」。
まさに「産業がさらに新しい産業の市場を拡大する」という「産業のジレンマ」がしっかりと取り込まれているわけです。
顧客の創造を目指すドラッカー経営学の思う壺ですね。
その回答にはいささか失望してしまいましたが、まあ思っていた通りのことを原子力技術者から聞けました。

しかし問題は、安全廃炉の道のりです。
かなりの時間がかかるでしょう。
しかもそこからは経済価値は生まれてこないのです。
そこに悩ましさがあります。
しかも「安全確保〕はかなり難しいでしょう。
今でも産業廃棄物の不法投棄が続発していますが、そんなことをされたら、とうてい「安全廃炉」とは言えません。
脱原発を唱える人たちは、安全廃炉計画を議論するべきかもしれません。

実はもう一つ質問しました。
原発に飛行機が衝突したらどうなるか。
後藤さんはすでにシミュレーションしていました。
しかし、その答も残念ながら私にはピント外れでした。
厚いコンクリート壁は大丈夫かもしれないが、扉が持たないと言う話でした。
私の関心事は、爆発するのか、放射線量はどのくらい拡散するのか、という現象的な話でした。
しかしやはり技術者はそういうところにはあまり関心がいかないようです。
生活者の世界と技術者の世界は、やはりかなり違うようです。

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■原発は安全か

自らも原子力プラント設計技術者として「原子力ムラ」の一人だった、後藤政志さんの講演を聴いてきました。
タイトルは「そもそも原発の安全運転は可能か」でした。
主催したのは、私の友人の佐藤国仁さんです。
国仁さんは、鉄道関係の安全性の専門家ですが、昨年の福島原発事故を契機に、原発の問題に積極的に関わり、その活動の一環として「原発の安全性と縮小社会」をテーマにした3回連続講演会を企画したのです。
今日はその1回目でした。

私は基本的に、原子力ムラの人たちや大学の原子力関係の学者の話は信じていませんが、3.11以後の行動によって、少し信頼できる人もいるのだと思うようになってきました。
後藤さんは、3.11以後、いち早くユーチューブなどで情報発信してきた人です。
ユーチューブでは、何回もお話を聞かせてもらいましたが、やはり直接にお話を聴くとユーチューブでは伝わってこないものが伝わってきます。

後藤さんは、ストレステスト聴取会の委員の一人でもあります。
前にこのブログでも書いたような記憶がありますが、茶番とも言える委員会の流れに怒りの告発をした委員のお一人です。
後藤さんは、昨年末に、NPO法人APASTを立ち上げて、原発を含む現代科学技術のあり方と、適正なエネルギー消費社会実現に向けての調査研究や啓発事業に取り組みだしています。

それでも原発関係技術者への私の不信感はきわめて強いので、最初は少し斜に構えて聴いていました。
お話しになることは、ほぼすべて共感できるのですが、「何をいまさら」という思いがどうしても拭えないのです。
ところが、途中で後藤さんが「私にはもう原子力プラントは設計できない」と話しました。
こうした一人称自動詞の発言は、いつも私の心を開かせます。
そこでやっと私は、後藤さんの話を素直に聴きだせるようになりました。
そして、その後で、後藤さんは「原子力はなぜ危険か」を話しました。
原発は、実は本質的に「安全ではない」のです。
問題は、「安全運転」ではなく「存在の安全性」なのです。
ようやく私の関心事に重なりました。
土曜日の朝早くから、講演を聴きに来た甲斐がありました。

後藤さんは、まだ危険は去ってはいないといいました。
水蒸気爆発の危機も再臨界の危機も、依然としてあるのです。
そのことも明言されました。
安堵しました。この人は嘘は言わないと。
嘘を言わない人が増えていけば、原発問題は安全になっていくでしょう。
そして、原発は安全ではありえないことが見えてくるでしょう。

後藤さんはこうも言いました。
「外部に対して原子力プラントは安全だと言い続けてきた結果、自らも安全だと思い込むようになってしまった」と。明確ではありませんでしたが、これは後藤さんにも当てはまっているはずです。
反省がないところに真実はありません。

原発は、御用学者の斑目さんですら、安全とはいえないといったのです。
それを政治家が安全宣言して、海外に輸出するのです。
後藤さんは、海外で事故を起こした時にどう責任を取るのかと言いました。
財政再建などはまた吹っ飛んでしまうでしょう。
マネタリーエコノミーは政府もサブシステムに組み込んでしまったようです。

講演で聴いてきた話を書こうと思ったのに、また違う話を書いてしまいました。
でもまあ、これが今日の講演で、私が思ったことです。

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■節子への挽歌1713:安らかだが退屈な日々

節子
この挽歌に時々投稿してくれる人が、最近の投稿で「死は安らぎ」だと書いてきてくれました。
その方も伴侶を亡くされましたが、「妻のいない現世から解放されて、彼岸で妻に会える」からと書いています。
死が安らぎだと思えることは、たぶん今の生も安らぎだといえるように思います。
その人は、その前のコメントで、

「自分を愛してくれる人が傍にいる。それだけで、人は死の恐怖をも忘れ去ることができるのかもしれませんね」
と書いていますが、死を安らぎだと思えることは、間違いなく今もなお「愛する人が傍にいる」ということでしょう。
問題は、それがなかなか「実感」できないことです。

実感できないことは、しかし、悪いだけではありません。
節子が元気だった頃、私たちはよく夫婦喧嘩をしました。
夫婦が決裂してしまうような危機もなかったわけではありません。
現実に毎日一緒にいれば、いいことだけではありません。
煩わしいこともあれば、安らげないこともある。
それは当然と言っていいでしょう。
どんなに愛し合っていても、ちょっとしたことで壊れてしまうこともあります。
もっと言えば、愛し合っていても終わってしまうことだってないとはいえません。

しかし、実際に隣に節子がいないいまは、もう愛が壊れることなどないのです。
節子の欠点が新たに発見されることもないですし、節子に嫌われることもない。
つまり、節子との関係は、もう変化しようもない。壊れようがないのです。
という意味で、安らかな生が確保されているのです。

もっとも、安らかさがいいわけではありません。
いつ嫌われるかもしれず、いつ嫌いになるかもしれない、そんな生のほうが魅力的ではあります。
そうした緊張感や刺激がないのが、どうも最近の私の気力が出ない原因かもしれないな、と思い出しています。
人生がますます退屈に感じられるこの頃です。

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2012/05/11

■君が代と日の丸はトロイの木馬

少し書くのが遅れましたが、先日、「大阪維新の会」の市議団が議員提案を予定していた「家庭教育支援条例案」は、反対が多かったので提案を見送ったという報道がありました。
この条例案は、たとえば、「児童虐待や子どもの非行などを発達障害と関連付け、親の愛情不足が原因」とするなど、私が読んでも首を傾げたくなる内容でした。
提案見送りでよかったですが、大阪維新の会や橋下市長の教育観は、私にはとんでもないもののように思えます。
たとえば、橋下時代になってからの君が代不起立の教師の処分の激しさは、常軌を失しているように思います。

先日、元教師の方が湯島に来ました。
20年以上前に教師から労働組合に転じた方です。
まったく別の話でやってきたのですが、少しだけ教育の話になりました。
その人が教師だった頃は、まだ教師が一目置かれていた時代でしたが、いまはその逆です。
教師も、親も、それぞれに権威が残っていた時代は、問題もいろいろとあったと思いますが、子どもたちは「あったかく」守られていたように思います。
今の学校はまったくそうではありません。

朝日新聞の記者を経て、ドキュメンタリーライターになった田中仲尚さんの「ルポ 良心と義務」(岩波新書)は、「日の丸・君が代」問題でいかに学校が荒廃してきているかを描き出しています。
田中さんは、これまでにも教育や憲法に関して、とても誠実なドキュメンタリーを書いていて、私はほとんど読ませてもらっていますが、いつも身震いしてしまいます。
大人たちが「資本のための経済活動」に取り込まれているうちに、その子どもたちが大切な時間を過ごす小中学校がとんでもなくすさんだ場所になっていることに多くの親は気づいていないのでしょうが、これは実に恐ろしいことです。
もし子どもたちのことを考えるのであれば、ぜひ読んでいただきたい本です。
新聞やテレビなどのモンタージュされた報道に触れるだけでは、事の実相はまったく見えてはきません。
原発もそうやって隠されてきたわけですが、実はその気になれば、見えたはずなのです。
それと同じことが、いま学校でも進んでいるのです。

シリアなどの紛争地では、子どもたちはどう育っているのだろうかと時々思います。
シリアでは今日も大きな爆発事件が報道されていますが、それを見ていて、なぜか日本の学校の風景が頭に浮かんできました。
今の日本の小中学校は、最近のシリアとどこか本質的にはつながっているのではないか。
大人たちがののしりあい争い合っている状況で育つ子どもたちは、どんな社会を作り出すのでしょうか。

君が代と日の丸は、トロイの木馬なのかもしれません。
「愛国心」もそうですね。
自信のない権力者にとっては、人が育たなければ権力保持は安泰です。
愚民政策がどんどんと深まっているような気がします。
それに司法とマスコミが加担している。そんな気がしてなりません。

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■電力需給検討会の会議室が実体を象徴しています

テレビニュースを見ていた娘が、「電力需給検討会」の会議室は電気がこうこうとついていたと言っていたので、次のニュースの時に私も気をつけて見ていました。
映像は会議室の天井の蛍光灯を映してから座席にアングルを動かしています。
この映像を撮った人も、間違いなく娘と同じ感想を持ったに違いありません。
カメラマンの怒りが伝わってきます。

それにしても電力が足りるとか足りないとか、馬鹿らしい議論です。
基軸がしっかりしていませんから、どんな議論もできるでしょうが、足りなければ使用量を減らせば良いだけの話です。
そしてどうしたら需給に破綻を起こさないですむかを考えればいいでしょう。
持続可能性とか環境問題とかいう理念はどこにいったのでしょうか。
まさか環境問題は温暖化問題だけだと思ってはいないでしょう。
二酸化炭素が温暖化を加速させることは証明されていませんが、原発事故が環境を破壊する事はすでに実証済みなのです。
供給不足だったら供給を増やそうと思っている人に、持続可能性は語る資格はないでしょう。
言葉だけで生きるのはやめてほしいです。
要は需給検討会ではなくて、原発再稼動作戦会議ですが、そこで古賀さんたちも怒る振りをするだけではなく、本質的な議論をしてほしいものです。

しかしそうしたことを私たちは笑ってはいられません。
私たちも、たぶん同じようなことを気づかずにやっているのです。
何回も書いていますが、それこそが「近代の罠」なのです。

ちなみに、電力会社は、電力を売って利益を上げています。
節電キャンペーンを本気でやれる仕組みにはなっていないのです。
電力が求められれば、そこに高品質な電力をできるだけ「安く」提供するのが、電力会社の使命です。
彼らの頭にあるのは、いかに供給するかです。
そして以下に需要を増加させるか、です。
それは決して悪いことではありません。
それが彼らの使命ですから。

つまり時代の変わり目と言うのは、企業のミッションと仕組みを変えないといけないということです。
それに取り組んでいる企業は、私が知る限り、大企業には皆無です。
そろそろドラッカー信仰から抜け出なければいけません。
いまの主流の経済学も経営学も、不足の時代のパラダイムに基づいています。
新しいパラダイムは生まれだしていますが、そこへのわずかばかしの想像力をもつ人がいたら、企業や経済は変わりだすかもしれません。
25年前から、そう思い続けていますが、なかなかその方向に向かわないのが残念です。

それにしても、多くの人は今の企業や社会のあり方に満足していないのに、どうして生き方を変えないのでしょうか。
よほど強い呪縛が世界を覆っているのでしょう。

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2012/05/10

■節子への挽歌1712:重荷を背負い合う

節子
最近どうも疲れが抜けません。
それに肩こりがすごいのです。
いささか悩ましい重荷を抱えているせいかもしれません。
重荷にうなされて夜中に目が覚めることもあります。
目が覚めると心配が高まって眠れなくなります。
節子がいた頃は、こんなことはありませんでした。
重荷は、一人で背負っていると疲れます。

もっとも、節子がいた頃も重荷から自由だったわけではありません。
そもそも節子の病気自体が、私たちにはとても重い問題でした。
医師から覚悟してくださいと言われても、覚悟する気にはなれませんでしたが、私にも節子にも、とても重い荷物だったことは間違いありません。
夜中に心配で目が覚めたことも少なくありません。
しかし、それでも隣に伴侶が寝ているだけで、安堵できました。
どうしても不安が収まらない時には、相手を起こして一言二言話せば安堵できたのです。
重荷を背負い合う相手がいれば、重荷も重荷になりません。

しかし、一人だとちょっとした重荷にも心が暗くなることもあります。
「だいじょう」と言ってくれる人がいないと、心配は増幅してしまうのです。
今から思うと、私たちが楽観的でいられたのは、お互いに「だいじょう」と言い合ってきたからかもしれません。
その一言があるかないかで、状況は全く変わってしまうのです。

重荷を背負い合う関係を社会に復活しようという話は、コムケア活動を始めた時に行きついた発想です。
その集まりでは、いつもその話をさせてもらいました。
ある人は、その言葉に感激したと言いながらも、でもやはり他者の重荷を背負うのはちょっと腰が引けてしまうと、後で耳元でささやいてくれました。
その話も節子にしたことがありますが、重荷を背負うことに関しては、節子ときちんと話したことはありませんでした。
でも節子は、いつも私の重荷をシェアしてくれましたし、私も節子の重荷をシェアしてきたと思います。

節子がいなくなって重荷は軽くなったのか。
そんなことはありません。
ますます重くなってきています。
最近は半端ではなく肩が凝ります。
節子がいたら揉んでもらうのですが、やはり娘には頼みにくいです。
不思議なものです。

重荷を背負い合う生き方は、そろそろ私には無理なのかもしれません。
最近、そんな気がしてなりません。

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■支援者の犯罪

選挙の前に、「○○をよろしく」とか「○○事務所ですが、今日は投票日ですがもう投票に行かれましたか」というような電話があると、私はその候補に投票しようと思っていても、投票はしないようにしています。
理由は言うまでもないでしょう。
そういうことが毎回起こりますので、最近は市会議員選挙がとても憂鬱です。

それはともかく、数日前にメーリングリストで、小沢事件の控訴をしないように3人の検察側弁護士に電話しようと、電話番号まで書いた呼びかけがまわってきました。
その人は、自分は3人と電話で話したとも書いていました。
その人の、これまでのメーリングリストへの投稿記事は、私には共感できるものが多かったのですが、これからはもう読まないことにしました。
そのメールを読んだ時に、もしかしたら控訴されるかもしれないと思いました。
しかし、まさか本当にそうなるとは思ってもいませんでした。
今回の控訴の引き金は、たぶん小沢さんの支援者が引いたと思います。
小沢さんは不幸な支援者を持ってしまったわけです。

こうした事例はたくさんあります。
自称「支援者」の多くは、支援する人の存在に寄生している人ですから、主体性は皆無です。
支援する人の都合などは一切考えません。
「支援」されている人にとっては、実に迷惑な存在でしょう。
それが芸能や経済の世界であれば、まあ被害はさほどではないのですが、政権に関わるような政治の問題となると影響が大きいです。
しかし、そうした人を罰することは難しいでしょう。
その人は、自己の「正義感」をますます高め、活動はエスカレートしていくでしょう。
彼にとっては、挫折こそが好ましい結果を生むわけです。
これは「産業のジレンマ」と私が読んでいるものと通じています。
つまり「近代のジレンマ」なのです。

小沢控訴でがっくりしてしまい、どうもまた元気が出てきません。
たった3人の弁護士が国の命運を決めてしまう仕組みにも、改めて驚かされます。
3人はこれでしばらくまた仕事を得られます。
ここにも「近代のジレンマ」が存在しています。
近代の仕事は、見事にオートポエティックなのかもしれません。
なんだかクラインの壺にはまってしまっているような、不気味さを感じます。

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2012/05/09

■節子への挽歌1711:「私にとって一番大事なのは家族です」

節子
名古屋に本社がある企業の社長が湯島に来てくれました。
今年の初めに社長だった兄が急逝したため、社長になってしまったのです。
たぶん本人の意図ではなかったと思います。
前の社長も湯島に何回か来ていますが、2人の生き方はかなり違います。
社長の大変さをそれなりに知っていますので、まあ気分転換にでも立ち寄ったらとはなしていたのですが、昨夜、わざわざ横浜の出張のついでに立ち寄ってくれたのです。
2時間ほどいろいろと話しました。

最後にポツンと言いました。
私にとって一番大事なのは家族です、と。
その話し方が、心に響きました。
彼の人柄が出ています。
私も何人かの社長と接点はありましたが、これまで「人間」を感じた人はそう多くはありません。
まあ10人いるかいないかです。
いうまでもなく私が付き合うのは「社長」ではなく「人間」ですので、付き合いはそう多くはないのです。

家族がすべてではないですが、人は一人では生きてはいけません。
家族や友人に支えられて生きています。
昨今は、そうした家族や友人がなんだか功利主義的な関係になってきているような気もしますが、大企業の社長からぽつんと「私にとって一番大事なのは家族です」という言葉が出てくると、何やら無性にうれしくなります。
言うまでもなく、彼は友人も大事にしているでしょう。

私もまた、「私にとって一番大事なのは家族」と言い切ってきましたし、自分の意識の上では、そう行動もしてきました。
節子がいる時には、その家族の象徴が節子でしたが、節子がいなくなってそれが少し見えなくなってきていました。
彼の言葉を聞いて、いろいろと思うことがありました。

社長は明日また東京に来るそうです。
しかし今夜は名古屋に帰るといいます。
なぜなら家族と食事を一緒にしたいからだそうです。
彼がますます好きになりました。

節子がいる時に、彼と出会えればよかったと、つくづく思います。

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2012/05/08

■節子への挽歌1710:武田さんの心配

節子
武田さんから電話がかかってきました。
私は今、あるちょっとした問題に関わっているのですが、それを心配しての電話です。
私はいま、知人の事業家の事業再生の相談に乗っているのですが、私が巻き込まれて、自宅も手放し、路頭に迷うのではないかと武田さんはすごく心配しています。
実は、先日、私自身も少し心配になって眠れなくなったことがあるのですが、その話をうっかり武田さんにしてしまったのです。
なにしろ私は隠すということができない単細胞で、ついつい言わなくていいことが口から出てしまうのです。
その時の私の様子が、これまでになかったような深刻さを漂わせていたそうです。
今まであんな佐藤さんは見たことがないと、武田さんは言うのです。

心配させて悪いことをしてしまいました。
持つべきものは友だちだと思い一瞬感謝の念をいだきましたが、その後の武田さんの言葉でその念は消え去りました。
奥さん、つまり節子のことですが、節子の押さえがあったのでまあ大丈夫だったけど、佐藤さんは馬鹿だから、それがなくなった今、何をするかわからないというのです。
まあ私はあんまり賢くはないのですが、こう正面から当然のように馬鹿といわれるとは困ったものです。
まるで節子よりも私のほうが馬鹿みたいではないですか。
まあしかし、武田さんも馬鹿なので、許すことにしましょう。
馬鹿のよさは馬鹿だけが知っているものですから。

まあそんなことはどうでもいいのですが、武田さんから見ると、私は節子のおかげで道を外していなかったようなのです。
その節子がいなくなったので、武田さんは心配してくれているのです。
やはり感謝しなければいけません。

伴侶を亡くして、投げやりになったり、無分別の行動をとったりしてしまう人もいるようです。
しかし私は伴侶がいる時から、けっこう無分別だったからその心配はありません。
武田さんは保証人になると大変だというのですが、それは娘からも言われています。
私はお金は持っていませんが、不幸にしてわが家の所有名義は私になっているのです。
武田さんはそれを心配しているのです。
節子名義にしておくべきでした。
資産家は辛いものです。いやはや。

しかし、それにしても、武田さんはいつも節子の肩を持ちます。
私在っての節子だったことをいつか思い知らさなければいけません。
しかし、その前に今の事業再生の課題を乗り越えないといけません。
さてさてうまくいくでしょうか。
私を信頼してお金を提供してくれた人のために、がんばらなくてはいけません。
うまくいけば、私の会社の借金も返せるかもしれませんが、うまくいかない場合は、さてどうするか。
それが問題です。
人生はなかなかうまくいきません。だから人生なのですが。

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2012/05/07

■節子への挽歌1709:タケノコイタリアン

節子
今日はユカとジュンと3人でエヴィーバに行きました。
ジュンのパートナーの峰行がやっているイタリアンレストランです。
夕食に3人で行くのは初めてです。
私がタケノコ好きなのを知って、タケノコイタリアンにしてくれたのです。
前菜もメインもみんなタケノコ入りです。

まず前菜はホタルイカとタケノコのマリネです。
ユカがホタルイカが好きですが、私のためにタケノコも入れてくれました。
タケノコとたらの芽とズッキーニの花のフリットは、みんなとても美味しかったです。
バーニャカウダにもタケノコをいれてもらいましたが、これまでは苦手だったバーニャカウダがとても美味しく、ついでに私はセロリも追加するほどでした。
バーニャカウダは、魚の臭みが苦手なのですが、エヴィーバのは大丈夫です。
メインディッシュは私の好物の干し鱈のパスタです。
エヴィーバのパスタはみんな手打ちですが、今夜は8種類が用意されていました。

Photo

私は娘たちのお薦めで、オレキエッテにしました。
私は、オレキエッテという名前も知りませんでしたが。
適度の歯応えで、とても美味しかったです。
ユカはホタルイカの入りのイカスミパスタでしたが、それにもタケノコを入れてもらい、私も少しシェアしました。
もう一つ、フィレンツェ風のトリッパを娘たちは頼みましたが、私には無理だろうと言っていましたが、食べたら実に美味しいので、私も堪能させてもらいました。
牛の内臓だそうです。
最後はイチゴのラビオリ。お店の野澤さんがイチゴを特別にタップリ入れてくれました。
そして最後のデザートはなにやら聞きなれない名前でしたが、要はシャーベットのようなものでした。
濃厚なイチゴ味で、初めての触感でした。
連休明けの月曜だったのでお客様も少なく、料理の話を聞きながら堪能させてもらいました。
エヴィーバのイタリアンは、味がさわやかでとても美味しいのです。

返す返すも残念なのは、節子がいないことです。
節子がいたらどんなに楽しんだことでしょう。
節子が大好きになりそうなお店ですし、メニューなのです。
それが残念で残念でなりません。

節子の分まで食べてしまったせいか、帰宅したら急にお腹が満腹になって苦しいくらいです。
間違いなく、節子も、私の口を借りて食べていましたね。
そうでなければ、こんなに苦しくなるはずがありません。
エヴィーバにいた時には、もっと食べられそうだったのに、不思議です。

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■コミュニティケアと在宅ケアの深いつながり

今日、あるメーリングリストで在宅ケアに関する集まりの案内がまわってきました。
その最後に、私への呼びかけがあったので、返信しました。
そこに書いたことを少し補足して掲載します。
最近どうも時評編を書くモチベーションがわいてこないのです。

先日、NHKの「こころの時代」で京都大学のカール・ベッカーさんが「理想の終焉」について話していました。
そこで、ベッカーさんは、

現在の日本人は、日本人らしくなくなった。
バブル以降、日本人の考え方が個々人の死について、看取りをしなくなったために、死を恐れない国民から、死を恐れ 怖がる国民になった。
と話していました。

とても共感できました。
私がコムケア活動に取り組もうと考えたのは、2000年頃です。
当時、「コミュニティケア」と言う言葉が広がっていましたが、その背後に、施設福祉を減らして医療費を削減しようという雰囲気を感じていました。
ですから私にはその分野の人たちが語る「コミュニティケア」という言葉が空虚に聞えていました。
そこであえて、「コミュニティケア」という言葉を使い、そこに「重荷を背負い合う関係」こそコミュニティケアの意味だと強調したのです。
当時の集まりなどで、そうしたことを話させてもらったりしました。
一部の人からは評価してもらいましたが、ほとんどの人は、私の意図にはあまり関心を持ちませんでした。

「重荷を背負い合う関係」の基本は、私は家庭もしくは家族にあると思っています。
家族と家庭とは、私の意識の中では必ずしも同じではありませんが。
しかし家族はなかなか話題になりだしませんでした。
私の記憶では5年ほど前から家族関係のNPO以外のNPOの世界でも家族問題を言葉にする人が増えてきました。
しかし、あまり盛り上がりませんでした。
みんなもう「家族」や「家庭」には期待していないのかもしれないと思うほどです。
今年、コムケアサロンでも一度、家族をテーマにしましたが、やはり難しいテーマでした。

コミュニティケアは日本の場合、脱施設発想だけで地域のあり方を問い直すところまでいきませんでした。
その一つの理由は、家族(家庭)の視点が弱かったからだと思います。
「コミュニティ」という概念も曖昧でした。
それでは「コミュニティケア」が実体化することはありません。

たとえば、介護の社会化ということ場が、介護保険導入時に盛んに言われました。
しかし結果は介護の市場化でしかありませんでした。
ここでも「社会」の意味が曖昧だったからです。

在宅ケアが問題になること自体に、私は大きな違和感がありますが、
逆に言えば、そこにこそ、今の私たちの生き方や社会のあり方の根本問題があるような気もします。
在宅ケアに含意されていることはとても大きいのです。

問題は介護や看取りだけではなく、普段の生き方です。
ベッカーさんの指摘も、私たちの生き方を問うているように思います。
在宅ケアの問題には、まさに今の私たちの生き方が凝縮されているように思います。
そして、それはこれからの私たちの社会のあり方を方向づけるでしょう。

一度、湯島で、在宅ケアと私たちの生き方について、サロンをしたくなりました。

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2012/05/06

■節子への挽歌1708:不幸なのか幸せなのかは瑣末な話

長い連休が終わりました。
今年の連休は。不幸なバス事故からはじまり、最後は北関東地域での竜巻騒ぎでした。
使者を伴う人災で始まり、使者を伴う天災で終わりました。
私はこの9日間、意味のあることは何もせずに、無駄に時間を過ごしていました。
節子がいなくなってからの5月の連休は、いつもこんな感じで過ごしているような気がします。
「楽しもう」とか「どこかに行こう」という気はまったく起きないのです。
不思議といえば不思議です。
禁欲的になったといえるかもしれませんが、なにか楽しいとか美味しいとか、そういった気分を味わうことへの意欲が完全と言っていいほどに消え去っているのです。

世間が華やかになることへの抵抗はありません。
世間が賑やかに、楽しい状況になることはむしろうれしいことです。
「やっかみ気分」はなくなっています。
一時は、そうした気分がまったくなかったわけでもありません。
しかし、いまは明るい話を聞けばうれしくなります。
むしろ世の中の暗い話や悲しい話は聞きたくありません。

こういう状況になって感じるのは、世間は他者の不幸の話を好んでいるのではないかということです。
ともかくテレビや新聞で報道されるのは、悲しい話が多いのです。
そういう話は、私はもう聞きたくありません。
事故であろうと事件であろうと、なんでこうも詳しく報道するのかと思うことが少なくありません。
特に被害者が涙ながらに語るシーンは、見たくもありません。
あとでとても後悔するのではないかという危惧もあります。

気のせいか、今年の連休の間の報道は、あまり明るくありませんでした。
昨年もそうでした。
3.11やバスの事故のせいかもしれませんが、もしかしたらそれだけではないのかもしれません。
社会全体が、あるいは多くの人たちが、疲れているからでしょうか。
他者の不幸を知りたがっているのでしょうか。
他者の不幸を知りたい人は、たぶん自らも不幸なのでしょう。

しかし本当の不幸を体験すると、人は幸せになれるものです。
不幸と幸せは、ほんとうにコインの裏表です。
最近つくづくそう思います。
自分が不幸なのか幸せなのか、まったくわからなくなってきました。
そもそもそんなことは瑣末なことなのではないかと思うようになってきているのです。

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■「私の中の私自身よりも大いなる何者か」

「マクスウェルの悪魔」で有名な物理学者ジェームズ・マクスウェルは、その臨終の床で友人に次のように語ったそうです。
「私自身と呼ばれているものによって成されたことは、私の中の私自身よりも大いなる何者かによって成されたような気がする」。

最近、意識の誕生とか意識の実体とかといった関係の本を数冊読んだのですが、この話は「ユーザーイリュージョン 意識という幻想」という本で知りました。
マクスウェルに限らず、こうした感想を述べた人は少なくないでしょうし、さまざまな偉業を達成した人の物語を読むと、そこに個人を超えた「何か」の働きを感じます。
私が、知的所有権を認められないのは、そうした思いからです。

東芝の社員時代に日本語ワープロの変換機能を単独で発明したのに、正当な対価を受け取っていないとして、元社員が同社に約3億円を求めた訴訟の和解が成立したという記事が一昨日の新聞に出ていました。
こうした訴訟はこれまでにもいくつかありました。
それが悪いとは言いませんが、何かとてもさびしい気がします。
誤解されそうですが、訴訟を起こした元社員を非難しているのではありません。
その人が訴訟まで起こすには、それなりの理由や状況があるのでしょう。
そうしたことも知らずに、無責任の批判はできませんし、どちらかといえば、現場で汗してがんばった元社員の応援をしたいと思います。

私がさびしいと思うのは、元社員も現在の会社経営者も、マクスウェルのような気づきがないのだろうかという「さびしさ」です。
知の発見は、お金では換算できないほどの大きな喜びではないか。
そしてそれをたくさんの人たちが使って喜んでくれることが最大の幸せではないか。
その喜び、その価値がどこかに行ってしまっている。
こうしたニュースを知るたびに、いつも思うことです。

知は、すべて人類のものであり、歴史が生み出すものだろうと私は思っています。
ニュートンにしても、マクスウェルにしても、天才的な発見をしていますが、「天才」という言葉がいみじくも示唆しているように、それは「天の才」がたまたま個人に宿っただけではないかと思います。
DNAの螺旋構造の発見のように、時に「天の才」は複数の個人に宿ることもあるからです。
その才が、宿る人は偶然にではなく、やはりそれだけの努力をしているでしょう。
天は、そうした人を見つけて「預言」してくるのだろうと思います。
科学技術の分野だけではありません。
イエスもムハンマドも、いずれも天が選んだ「預言者」です。
生きる知恵もまた、個人に「預言」されたのです。
しかもこれもまた複数の人たちにです。
今から2500年ほど前のことですが。

しかしこれまたさびしいことに、そうした大きな気づきも、宗教教団によって制度化され世俗化(経済化)されてしまったようにも思います。
さびしい時代ですが、それもまた「私の中の私自身よりも大いなる何者」かが仕組んだことです。
どこかにきっと大きな意味があるはずです。

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2012/05/05

■節子への挽歌1707:自立しない宣言

節子
また福井の義姉からどっさりのタケノコが送られてきました。
節子がいなくなっても、私の好物が引き続き届きます。
ありがたいことです。
そのどっさりのタケノコを、娘たちが調理してくれるので、私は相変わらずタケノコ三昧です。

Takeno1

しかし、娘からはもう少し自立したらと盛んに言われます。
しかし私が自立できるわけがありませんので、自立しない宣言をしました。
なんでこの歳になって自立しなければいけないのか。

こういう私の生き方は、たぶんに節子に原因があります。
私たちは、分野分野によって、お互いに依存しきってしまう関係でした。
人には得手不得手がありますから、それを活かしあったほうが、それぞれの人生も関係も良いものになると思っていたのです。
今にして思えば、それは間違っていました。
もし私が先に逝ったら、節子は私以上に苦労したでしょう。
節子は私以上に自立していなかったからです。
つまり、私たちはお互いそれぞれに自立できていない、だめな夫婦だったのです。

しかし不思議なもので、その自立していない2人が組み合わさると、実に自立してしまうのです。
それに、自立していない相手を見ると、自分の自立できないでいる部分は棚に上げて、相手にとっての自分の存在価値を実感できるのです。
ややこしいですが、実は役立つというのは双方向の関係概念です。
誰かに役立っていると思うことほど幸せなことはありませんが、それが可能になるのは、役立てる人がいなければいけません。
つまり、役立つことに価値があるということは、実は役立たせてやることにも同じほどの価値があるのです。
役立つということは相手がなければ成り立ちませんから、当然のことです。

だから私は自立をやめて、娘たちが私に役立てるように、相変わらずだめの生き方をしようと思ったわけです。
節子が聞いたらどう思うでしょうか。
また言いくるめられたと怒るでしょう。
節子はいつも私に言いくるめられていましたが、だからと言って節子の行動が変わることはありませんでした。
これもまた双方向の関係概念だったのかもしれません。
節子が言いくるめられたという時には、だいたいにおいて私の話を聞き流していたからなのです。
そんなおかしな会話をする相手がいなくなったのが、無性にさびしいです。

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2012/05/04

■節子への挽歌1706:“sublime” 崇高なるもの

節子
先日、読んだ「ユーザイリュージョン」の最後の章は「崇高なるもの」と題されていました。
500頁を超える膨大な論考を経た結果、著者が行き着いたのは「崇高なるもの」という概念でした。
それこそが、「人間であることのすばらしさの極みにかかわる価値」だ、と著者のトール・ノーレットランダーシュは言うのです。

「崇高な」の原語は“sublime”です。訳語としては、「荘厳な」というのもあります。
でもなんだかいずれもピンときません。
ノーレットランダーシュは、「意識が人を十分に信頼し、生命を、その自由な流れに任せるような状況や妙技」を“sublime”と言っているからです。
もっともこの文章は、主語が「意識」になっている、少しわかりにくいでしょう。
この本の副題は「意識という幻想」です。
ややこしいのですが、著者は、意識で構成されている〈私〉と意識以外のものも含む〈自分〉とを区別しているのです。
そしてこう書いています。

前意識の人間は〈自分〉でしかないのに対し、意識を持つ人間は、自分は〈私〉でしかないと信じている。人間は〈自分〉しかない段階から、見たところでは〈私〉しかない段階へと移行してきた。〈自分〉の段階では、行動は神々の声に支配されていたが、〈私〉の段階では、意識が自らすべてを支配していると考えている。
前にも書きましたが、意識の誕生をとりあげているジュリアン・ジェインズは、「神々の沈黙」で、人間が意識を持ち出したのはせいぜい3000年ほど前だと言っています。
とんでもない話のように思えるかもしれませんが、この2冊の本を読むと、もうそれは確実なことのように思えてしまいます。
節子がいなくなってからのことを考えると、私にはそのことがとても納得できますし、まさに今、この2冊の本に出会えたのには意味があるとも思っています。
もしかしたら、節子がこの2冊の本を勧めてくれたのかもしれません。

さて問題は“sublime”、崇高なるもの、「生命を、その自由な流れに任せるような状況」です。
ノーレットランダーシュは、それについてもう少し書いています。

人との交わりのコンテクストでも、私たちは他人の目に自分がどう映るかを気にしないでくつろぎ、相手のために、そしてその相手とともに、いられる状況を探し求める。そうすることで、会話の中やベッドの上、はたまたキッチンで、自分をすべてさらけ出すことができる。
互いの存在に臆することなく、ありのままに生きるという状態にあるときは、私たちは崇高な一体感を経験できる。
私と節子は、この意味でお互いに「ありのままに生きる」関係でした。
2人でいる時の、あの安堵感、充実感、至福感は、まさにsublime だったような気がします。
その時間がいま失われてしまったのかもしれません。
私は今も、すべてをさらけだす生き方を志向していますが、それが実現できたのは、節子に対してだけでした。
それが失われたことの空虚さは、やはり埋め合わすことはできません。
少しは近代人として、生きる努力をすべきかもしれません。

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2012/05/03

■4人に1人が自殺を考えたなどと軽々しく報道してほしくないです

昨日の新聞やテレビで、大人の4人に1人は自殺を本気で考えたことがあり、20人に1人はそれが1年以内のことだった、という内閣府の調査が報道されていました。
特に20代では割合が高く、自殺を考えた人は28%、それも「最近1年以内」に自殺を考えた人が10%だったそうです。
内閣府は「自殺者数が多い中高年だけではなく、若い世代への対策も重要」としているそうですが、私は先ずこうした調査結果を無神経に公開する神経に憤りを感じます。
自殺の報道は、自殺を加速させかねないと常々思っているからです。

自殺だけに限りません。
ストーカー事件や殺人事件も、どうしてこうも詳しく事細かに報道するのか、その神経がわかりません。
報道の仕方というものがあるだろうと思うのです。

うつになった場合についても調査結果がでています。
もし報道する側に一人でも当事者がいたら、もう少し報道の仕方も変わるはずです。
調査結果を生データで公表するだけが真実を伝えることではありません。
数字は、所詮は数字でしかありません。
これでまた若い世代の自殺が増えなければいいのですが。

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■節子への挽歌1705:去ってほしくない苦痛

節子
もう一つ、山田さんが話されたことを書いておきましょう。

今度は西田幾多郎の話です。

西田幾多郎は、若い頃、幼い娘を突然亡くします。
昨日まで歌ったり踊ったりしていた幼子が今日、白骨になって帰ってくると、これはどうしたことだろう。
西田幾多郎も嘆き悲しみ、苦しみます。
それを見た友人たちが、「いくら嘆いたって死んだ者はかえってこない」と慰めます。
そうしたことに関して、西田幾多郎はこう書いているのだそうです。
「せめて自分が生きている一生の間だけでも亡くなった子供のことを思い続けてやりたい。それが残された者の使命である」と。

あの西田幾多郎がと思って、調べてみました。
「我が子の死」と題されて『西田幾多郎随筆集』に掲載されている有名な文章でした。
長いですが、引用させてもらいます。

若きも老いたるも死ぬるは人生の常である。
死んだのは我子ばかりでないと思えば、理においては少しも悲しむべき所はない。
しかし人生の常事であっても、悲しいことは悲しい。
飢渇は人間の自然であっても、飢渇は飢渇である。
人は死んだ者はいかにいっても還らぬから、諦めよ、忘れよという。
しかしこれが親に取っては堪え難き苦痛である。
時は凡ての傷を癒やすというのは自然の恵であって、
一方より見れば大切なことかも知らぬが、一方より見れば人間の不人情である。
何とかして忘れたくない、
何か記念を残してやりたい、
せめて我一生だけは思い出してやりたいというのが親の誠である。
(中略)
折にふれ物に感じて思い出すのが、せめてもの慰藉である。
死者に対しての心づくしである。
この悲は苦痛といえば誠に苦痛であろう。
しかし親はこの苦痛の去ることを欲せぬのである。
「親はこの苦痛の去ることを欲せぬ」
去ってほしくない苦痛というのもあるのです。

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■節子への挽歌1704:観点の転回

節子
昨日書いた「こころの時代」で山田邦男さんがフランクルの観点の転回の話を紹介していました。
私も以前、まったく同じことをこの挽歌に書きましたので、大きくうなづけました。
山田さんは概略、こう話されました。

ある老人がフランクルのクリニックに来て「妻に先立たれてその悲しみから立ち直れない」と訴えるのです。
その話をフランクルはじっと聞いていてこういうんです。
「もしあなた自身が亡くなって、あなたが今なめているその苦しみを奥さんが今味わっているとするならば、あなたはそれでもいいですか?」
その老人は、「妻は悲しむだろう。とてもそういうことはさせたくない」といいます。
「そうでしょう。そうだとすればあなたは、奥さんを苦しみから救っているんですよ」
それでその老人は、深くうなづいて立ち去ったと・・・こういうことを言っています。
フランクルは、そこで自分が苦しむということに意味があるのだというのです。
山田さんは、こうやって「観点の転回」を行うと世界は全く違って見えてくる、悲しみも辛さも違ってくるというのです。
よくわかります。
私もそうやって、自らを納得させたこともありますし、そういう思いは今もあります。
しかし、全くその通りなのですが、山田さんもフランクルも、肝心なことを語っていません。
その老人は、立ち直れたのかどうか。
そこに「当事者」と「観察者」の視点の違いがあります。

老人はフランクの話に納得したでしょう。
私も納得できましたから。
しかし、それがどうしたというのでしょう。
問題の所在を見間違えてはいけません。

観点の回転はとても大切ですが、変えられない観点もあるのです。

実は、この文章は書いたものの、どこかすっきりしないところがあって、昨日は公開せずにいました。
読み直して、書き直そうと思っていましたが、うまく書き直せそうもありません。
ですから、このままアップしてしまいます。
念のために言えば、私はフランクルを非難しているのではありません。
彼も十分に「当事者」でしたから。いや私以上に当事者を過ごしてきたはずですから。
しかし、当事者といっても、それは自分だけの当事者なのです。
それを忘れてはいけません。
フランクルの言葉のどこに違和感があるのか、少しわかってきました。
いつか書けるかもしれません。

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2012/05/02

■安さを求める文化からの脱却

最近、毎日のように悲惨な交通事故の報道に接します。
しかし、そうした事故の多くは、本当に「事故」なのでしょうか。
私たちの生き方が、問われているのではないかと思います。

最近の関越自動車道で起きた高速ツアーバス事故長距離バスの事故の場合、運転手の居眠りが原因とされています。
確かに直接的な原因は、そうでしょう。
しかし、果たしてその運転手を私たちは責められるのか。
なぜ彼は居眠りをしてしまったのか。
それは私たちの生き方と深くつながっています。
それはちょうど原発事故の責任の一端を私が担っているのと同じ構造です。

安さだけを求める文化の社会は、破綻します。
私は会社時代に、コストダウン反対論者でした。
大切なのは、コストダウンではなくバリューアップでなければいけません。
コストダウンは、バリューアップの一要素でしかないのです。
コストダウンではなく、コストパフォーマンスを高めることが大切です。
その発想は、今の社会から失われています。

安い電力を買おうとするために、私たちは原発を選びました。
事故があって当然とは言いませんが、事故が起こったらその責任は自分で取らねばいけません。
良いとこどりをする卑しい発想は、捨てねばいけません。
だから私は、今も原発反対のデモに行けずにいます。
原発には反対ですが、そこで発せられる発言には、どうもついていけません。

同じことは今回のバス事故にも当てはまります。
安いということはリスクがあるということです。
安さのしわ寄せは企業経営者や企業出資者には行きません。
必ずと言って良いほど、現場の労働者に行きます。
なぜなら利益を生み出す源泉は、現場の人間の労働にしかないからです。
運転手も無理を承知で引き受けざるを得なかった。
なぜそうしたことになるかといえば、労働力が買い手市場になっているからです。
なぜ買い手市場になっているのか。
それは政府の政策がそれを志向しているからです。
たとえば、脱原発で世論が一致しないのは、脱原発すると雇用がなくなると脅すからです。
発想が完全に間違っています。
脱原発して雇用が不足するなら、どうしたら雇用を増やせるかを考えれば良いだけの話ですが、雇われた人たちにはそんな余裕すらありません。
電力が不足するなら、供給を増やすのではなく消費を減らせば良いだけですが、政府にも消費者にもそんな発想はありません。
生活者であれば、そういう発想も出てきますが、いまやみんな「消費者」になってしまっています。
消費者と企業経営者は、私には「ぐる」にしか見えません。
大型連休でのテレビ報道を見ていると、どうしても「ソドムとゴモラ」の民を思い出してしまいます。
「消費者」にもなれない落ちこぼれの僻目かもしれませんが。

居眠りをした運転手も、癲癇を起こした運転手も、夜通し自動車を飛ばしていた若者たちも、すべて私たちが生み出しているのです。
その認識がなければ、いくら規制をつくっても意味がないように思います。

ストレステストだとか安全性基準だとか、そんなものに安心を託すわけにはいきません。
安全を目指したいなら、まずは自らの生き方を変えなければいけません。
生き方を正してなお、事故に合うのであれば、それは仕方がないことです。
運が悪かったことを嘆くしかありません。

事故の被害者には、いささか不謹慎な言い方かもしれませんが、私は運転手に大きな同情を感じています。
もちろん乗客には、それ以上の同情を感じていますが。

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2012/05/01

■節子への挽歌1703:神を超える

節子
先週の日曜日、NHK「こころの時代」で、山田邦男さんがヴィクトール・フランクルを語っていましたが、録画していたものを見ました。
山田邦男さんはフランクルの多くの著作を日本語に訳されている方です。
先日、読み直した「それでも人生にイエスと言う」も山田さんの翻訳です。

いうまでもなく、フランクルはナチスの強制収容所を生き抜いた精神科医師です。
山田さんは最初にフランクルに会った時に、それまでの緊張感がスーっとほどけ、心が開いたと話されていました。
フランクルには、たぶん、体験からの大きな生命のパワーが宿っていたのでしょう。
私もそんな人になりたいものです。

フランクルが、「人は人生の意味を問うのではなく、自分が人生に問われていることに応えなくてはいけない」と言っているのは有名な話です。
しかし今回、私の心に響いたのは、フランクルは一神教を超えていたという山田さんの言葉です。
私は、一神教がまったくなじめないため、キリスト教が好きになれないのですが、どうも神を超えた存在にフランクルは行き着いているようです。

実はこの3日間、デンマークの科学ジャーナリストの書いた「ユーザーイリュージョン」という本を読んでいました。
読んでいる途中に、思い出して録画していた「こころの時代」を見たのですが、あまりにもつながっているメッセージを受けて、まさにシンクロニシティを感じました。
先日読んだ「神々の沈黙」もそうですが、この本も神を超えています。

今日はちょっと疲れているので、追々また書いていくつもりですが、生命の深さを改めて感じました。
それにしても、実に刺激的な壮大な仮説の本ですが、私が子どもの頃から考え、従ってきたことに実に符合するのです。
節子がいたら、私の話していたことがまんざら独りよがりの仮説ではないことを自慢できたというような内容でした。
それにしても500頁を超える大著を集中して読んだため、ちょっと目が疲れた上に興奮気味です。
こういう時には、いつも節子に無理やり聴かせたものでした。
まあ私が興奮して話しても、節子は聴いているようであんまり聴いてはいませんでしたが。
しかし、話し相手の節子がいないことが、読書にまでもこんなに影響するとは、思ってもいませんでした。

節子の存在の大きさを、改めて感じます。

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