« ■節子への挽歌1714:常紅樹 | トップページ | ■繰り返し「問題の立て方」みついて »

2012/05/13

■節子への挽歌1715:手巻き寿司文化

節子
今日は母の日でした。
娘がバラとカーネーションの花を供えていました。
まあ今年の母の日はそれだけでした。

夕食は娘たちと3人で手巻き寿司パーティでした。
母の日だからではありません。
ジュン夫婦が明日からイタリア旅行なのです。
峰行のお母さんたちも一緒です。
それで今日は、わが家だけですが、ささやかな壮行会でした。
わが家では、こういう時には手巻き寿司パーティというのが、節子がつくった文化です。
その文化がいまも残っているのです。
ジュンのパートナーはイタリアンレストランをやっているので、ジュンは夕食をわが家で食べることが多いのですが、今日もそんなわけで、3人での手巻き寿司でした。

もっとも節子の時代の手巻き寿司とはだいぶ違います。
節子は張り切って、回転式の手巻き寿司セットをテーブルの上に置き、ネタも豊富でしたが、最近は節約家のユカの仕切りなので、いささかネタに不満があります。
それにネタの種類がちょっと違うのです。
なんだかよくわかりませんが、今日はアボガドまでありました。

わが家の手巻き寿司の文化はいつから始まったのでしょうか。
私の両親と同居しだした頃からでしょうか。
私の両親は、むしろチラシ寿司文化でしたが、節子はそこに手巻き寿司を持ち込んだのです。

手巻き寿司を食べながら、ジュンが言いました。
節子がいたら一緒にイタリアに行くというだろうなと言うのです。
ユカは行かないだろうと言いました。
私は、もし私が一緒に行くといえば、行くだろうと言いました。
やはり家族それぞれの節子像は、微妙に違うようです。

さてどれが正解でしょうか。
もちろん私のが正解であることは間違いありません。
節子は私と行動を共にすることを最優先していましたから。
いや、そうでもなかったかな。
もしかしたらジュンが正解かもしれません。
節子は、意外と私よりも優先していたことがいろいろとありました。
それに、彼岸にも一人で旅立ってしまいましたし。
でもまあ、きっと今は、後悔していることでしょう。
彼岸への旅は、私を置いていくべきではありませんでした。
方向音痴の節子は苦労していることでしょう。
困ったものです。

|

« ■節子への挽歌1714:常紅樹 | トップページ | ■繰り返し「問題の立て方」みついて »

妻への挽歌09」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌1715:手巻き寿司文化:

« ■節子への挽歌1714:常紅樹 | トップページ | ■繰り返し「問題の立て方」みついて »