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2012/05/27

■節子への挽歌1724:箱根と湯河原

節子
先週、1年ぶりに湯河原に寄ってきました。
宿泊しようと思っていたのですが、やはり一人で過ごすには辛すぎました。
湯河原は、私たちの終の棲家になるはずでした。
その計画はもう夢のまた夢になってしまいました。

湯河原に寄ったのは、前日に箱根で合宿だったからです。
ホテルの宿泊客のご夫婦が山のホテルの話をしていました。
きっと今頃はつつじが満開でしょう。
節子が元気だった頃に、2人で行ったことを思い出します。
その時は食事だけでしたが、泊まりに行く計画はついに実現できませんでした。
あれほど通った箱根ですら、やり残したことが山のようにあります。
ともかく節子の旅立ちは早すぎました。

小涌園でバスを待っていたら、ガラスの森美術館行きのバスが来ました。
箱根ガラスの森美術館も、節子は大好きでした。
私も2回ほど付き合いましたが、節子は友だちとも行っているはずです。
次に来たバスは湿生花園行き。
ここも節子がごひいきのところでした。
それにしても今回はなぜかバスを待っている間に、節子を思いださせるバスが立て続けに来ました。
これも何かの意味があるのでしょうか。

箱根は仕事の関係で、いまも毎年、強羅か小涌園で宿泊していますが、節子がいなくなってからは一度も芦ノ湖まであがったことはありません。
今回は時間があったので、その気になれば芦ノ湖経由で湯河原に行けたのですが、やはりまだその気にはなれません。
節子とは毎年数回行っていましたが、もうかなり様子も変わってしまっているでしょう。

そういえば、湯河原もだいぶ変わりました。
こうやって風景はどんどん変わっていきますが、私の心象風景は節子がいた頃のままにとどまっています。
私たちが記憶している箱根や湯河原は、過去のものになってしまっていくのでしょう。
そして私たち自身もまた、過去に埋もれていく。

節子
彼岸からの箱根や湯河原の風景はどんな感じですか。
私が見る箱根や湯河原は、節子がいないせいか、もの悲しくさびしいです。

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