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2012/06/12

■「企業と行政による犯罪行為」

水俣病にずっと関わっていた原田正純さんが亡くなられました。
原田さんの「水俣学」から学ばせてもらったことはたくさんあります。
感謝と共に、ご冥福をお祈りしたいと思います。

ところで、その原田さんの言葉が今朝のテレビで流れていました。
「水俣病は、企業と行政による犯罪行為で事件である」。
少し不正確かもしれませんが、原田さんはそう語っていました。
私も全く同感ですが、残念ながら、その犯罪行為を首謀し、実行した人たちは裁かれてはきませんでした。
企業と行政による犯罪行為は、常に隠蔽され、裁判になっても裁かれることはほとんどありません。
加担していた御用学者やマスコミ関係者は、十分に利得を得て、逃走しています。
彼らには良心は無縁ですので、罪の意識はたぶん最後までなく、謝る人もほとんどありません。
福島原発事故を起こした側の人たちが、いまその繰り返しを再現しています。

私は、原田さんの言葉に「司法」も加えたい気持ちですが、
それはともかく、この言葉で真っ先に頭に浮かんだのは、大飯原発再稼動です。
これはまさに、水俣病の繰り返しではないのか。
明らかに、電力業界と政府の犯罪行為であり、事件ではないのか。
実行犯は、野田首相ですが、首謀者はその後ろにいるのでしょう。
もし原発事故が起こったら、野田首相はどうやって責任をとるのか、だれも質問しませんが、責任など取れるはずがありません。
割腹自殺したところで、責任を取ったことにはなりません。
福島の原発事故の被害者への責任さえ、とれていないのです。
にもかかわらず、言葉の意味もわからずに言葉を使う「無責任」の人の言葉に国民のかなりの人たちが生活をゆだねています。
いまもって、再稼動を歓迎する人がいる。
その感覚が私にはわかりませんが、それほどいまの日本の社会は壊れてきているのでしょう。
みんな守銭奴になってしまったのです。
守銭奴が不穏当なら、マネタリー・エコノミーの信奉者と言うべきかも知れません。
どこまで社会を壊せば気が済むのか。
社会は市場ではなく国民は消費者ではないことを思い出してほしいものです。
私たちも、いい加減、そうした悪夢から目覚めねばいけません。
しかし、目覚めないほうがいいのかもしれません。
目覚めると、いまの社会は実に生きにくい社会ですから。

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