■節子への挽歌1757:「問題はいかに生きるかです」
節子
節子の病気が発見された時に、知り合いのお2人の医師に相談しようと思いました。
しかし、相談しかけて、途中で止めました。
なぜならいずれからも、私が最も聞きたくない言葉が発せられたからです。
信頼していただけに、とてもショックでした。
以来、医師を心からは信頼できずにいます。
その言葉は、「死に方の問題です」という言葉です。
病気になった人や家族は、生き方に関心があるのです。
誰も死に方なんか聞いていない。
その言葉を聞いた時には、頭が白くなりました。
私は「生き方」を訊いているのに、彼らは「死」を前提に話している。
医師として、あるまじき姿勢だと、私は思いました。
その人と付き合いを再開するまでにはかなりの時間が必要でした。
お一人とはもう縁はなくなりました。
念のために言えば、彼らは誠実に対応してくれたのでしょう。
彼らには、死が見えていたのです。
しかし、それでは患者の生を躍動などさせられません。
私には「死の商人」としか思えない。
当時は、そこまで思いました。
医師は、病気を治すのではなく、人を生かすことを目指してほしいものです。
思うことあって、久しぶりにスーザン・ソンタグのエッセイを読みました。
アメリカの作家で、村上春樹が受賞したエルサレム賞も受賞しています。
彼女も、癌を患いながらの活動でしたが、数年前に亡くなりました。
その考えには、私にはついていけないところも少なくありませんが、エッセイなどを読むとハッと気づかされることが多いのです。
生き方において行きづまったら読みたくなる作家の一人です。
そのソンタグが、こう語っていました。
大江健三郎との往復書簡の中に出てくる文章です。
今回初めて気づきました。
「私たちがいずれ死ぬことは確実です。問題はいかに生きるかです。」
生き方を考えている人と死に方を考えている人がいる。
節子は、最後まで前者でした。
私も、そうありたいと思っています。
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コメント
佐藤様
お言葉ありがとうございます。
私はこれからの生、「生きること」を模索中なのです。
彼の病気を覚悟したとき、藁をもつかむように探して出会った佐藤様のブログ。
私のお気に入りでのファイル名はその時から「これから」なのです。
彼は頭で考えるより、とても現実を生き楽しむ人でした。私の無邪気な面を引き出してくれた奇跡の人でした。
そして、最後までりっぱでした。その瞬間も私の呼びかけに手を握り返してくれたのです。私はどんなに泣いても最後にはそのことに思い至り、
こうして生き続けることができるのです。
尽くしきれなかった私を許し、なお残していく私に力をくれたのです。だからこそ彼を送る会でも、
「彼が与えてくれた愛と力でこれから私は生きていきます。いつか私もこの世を去り、真に彼と一つになるその日まで。」と語りました。
でも、ご理解いただけると思いますが、日々襲ってくる胸を突き上げるような哀しみとさびしさはどうしようもありません。
先日のコメントの段階では、そうした思いも突き抜けて利他に生きなければというあせりともどかしさに囚われていました。
ただ、「模索中」の私は今日読み終えた本から、あせる必要はないと背中をたたかれたように感じました。少し気分が楽になりました。
「過去を大事にすること」も教わりました。「見えない未来ではなく、毎日をより良い過去にするために生きる」
私には幸せな過去がある、もちろんそのように思ってきたのですが、やはり誰かに背中を押して欲しい時があるのですね。
佐藤様は、多くのネットワークの中やプロジェクトでそれこそ「人のために時間を使って」いらっしゃいます。この挽歌でさえも、私のような者に心かけてくださいます。
本当に有難い事だと私も思っています。
私はずっと、いつかは湯島に伺いたいと思っていました。その節はぜひよろしくお願いします。
patti
投稿: patti | 2012/06/24 22:59
pattiさん
そうですね。ゆっくり進むのが良いですね。迷いながら、時々、戻りながら。
私も、いろいろと書いていますが、基本は「流れ」にまかせています。
私にはあまり「利他」の発想はないのです。
いつも基本は、自分です。
ただ、少しだけその自分の世界と他者の世界のつながりを実感できているかもしれません。
それも妻との暮らしの中で、身につけてきた気がします。
気が向いたらいつでも湯島にどうぞ。
ありがとうございました。
投稿: 佐藤修 | 2012/06/25 07:34