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2012/06/07

■節子への挽歌1739:苦楽を共にすることこそ人生の喜び

節子
いま、ある起業経営者の相談に乗っています。
その人は、10年以上前に会社を辞めて起業したのですが、いまは少し苦境にあります。
余計なお世話と思いながらも、こうした苦境には奥様も巻き込んだほうがいいのではないかと話してしまいました。

私たちが、一体感を強めたのは、たぶん私が会社を辞めてからだと思います。
それまでも節子は私を支えてくれましたが、私は仕事、節子は家庭という風に、生活の舞台は別々でした。
経済的にも、節子はあまり苦労しなかったでしょう。
毎月きちんと給料が銀行口座に振り込まれていたからです。
まあ、よくある「普通の幸せそうな夫婦」でしか、ありませんでした。

しかし、私が会社を辞めてからは状況が変わりました。
そして、私がつくった会社の事務的な仕事を、節子は無給で始めたのです。
そして私と一緒に苦労する羽目になりました。
念のために言えば、節子がそれを嫌っていたわけではありません。
会社をオープンした週には、なんと100人を超える人たちがお祝いに来てくれましたが、節子にとってはあまり会ったことのないような人たちばかりでしたから、新鮮だったでしょう。
それに、私の世界を知るという意味でも面白かったに違いありません。
その後も、節子は、私との仕事を楽しんでくれましたし、そのおかげで私たちの信頼関係も愛情も強まったように思います。
ただ、会社の経理の仕事だけはいつも嫌そうにやっていました。
しかし、私は嫌な仕事はすべて節子に任せて、自分のやりたいことだけができたわけです。

会社をやっていると、時には難問にも出会いますが、それも2人で克服してきました。
一緒に難題に立ち向かえば、否応なく、関係は深まります。
たぶん私が会社を辞めずにいたら、私たちは挽歌を書き続けるほどの関係にはならなかったかもしれません。
そんな思いもあって、昨日は、友人の事業家に、余計なお世話の話をさせてもらったのです。

今となってはよくわかりますが、楽しいことももちろんですが、辛いこと、悲しいことのほうが、人の関係を豊かにしてくれます。
「不幸」もまた「幸せ」なのだと、最近はつくづく思えるようになってきました。
苦楽を共にすることこそ、人生の喜びでしょう。
にもかかわらず、その喜びを無駄にしている人たちが、とても多いように思えてなりません。
「共にする相手」がいなくなってからでは、遅すぎるのです。
愛する人には、ぜひ、楽だけではなく、苦も、分けてあげてください。
余計なお世話ではありますが、そう思います。

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