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2012/06/05

■節子への挽歌1734:布施人生

節子
昨日、元上場企業の社長だったYさんが湯島に来ました。
ある集まりで、私が少しだけ話したことに関心を持ってくださり、歓談したいとその集まりの事務局の方と一緒に来てくれました。
私は初対面だとばかり思っていたのですが、以前、湯島のオープンサロンにも来てくれたそうです。
その時は奥様もご一緒でしたと、Yさんは開口一番お話されました。
一度お会いした人はできるだけ心に刻み付けているようにしていますが、大変な失礼をしてしまいました。
最近、こうしたことが時々起こります。

Yさんは、さらに続けました。
とても不思議な集まりで、しかも奥さんがご一緒だったので、どうしてご一緒に参加されているのですかと訊いたら、「愛のためでしょうか」と応えられましたよ、とおっしゃるのです。
思わず女房がそう言ったのですか、と言ってしまいました。
まあたぶん、冗談だったのだろうとは思いますが。

節子はオープンサロンが最初は好きではありませんでした。
飲物や軽食を用意するのも大変でしたし、議論の内容も節子の関心事ではないことが多かったからです。
いやがる節子を説得して、わけのわからない集まりを10年以上も続けていたのです。
当初は飲み放題でビールもふんだんに用意していました。
私は下戸ですが、節子はビールすら飲めませんでした。
にもかかわらず、ビールを出すのも節子には最初は抵抗があったでしょう。
参加費もとらずに、どうしてビール飲み放題なのかと、参加者に言われたこともあります。
しかしこれは私にとっては、コモンズの確認だったのです。
そのうち、こっそりとビール券を置いていったり、お金を置いていったりする人が現れだしました。
持ち込みも多くなり、一時は机に乗り切らないほどの食べ物が集まりました。
そうしたことが、私のその後の生き方や今の価値観に大きな影響を与えています。
コモンズの悲劇ではなく、コモンズの幸せが現実なのだと確信できたのです。
節子も大きな影響を受けたと思います。
オープンサロンは、私たちを育ててくれた場でもあるのです。

Yさんは私に、佐藤さんはお布施人生ですね、と言いました。
お布施は他者のためではなく、自らのためのものですから、と答えさせてもらいましたが、私がそうした生き方を続けられたのは節子のおかげだったなとつくづく思います。

最近は、オープンサロンも会費制にしてしまいました。
そのくせ、飲物もお菓子もよく出し忘れます。
節子がいたらどういうでしょうか。

いまは私がお布施をもらうようになってきました。
毎月のように、誰かが珈琲を持ってきてくれます。
私好みのものは、私が自宅に持ってかえって飲んでしまうこともあります。
今朝も、湯島で飲んで美味しかったので、こっそり自宅に持ち帰ったモカマタリを飲んでいます。
予想よりも利益が出たからと、ある中小企業の社長がお金を入金してくれたので、昨年の私の会社は黒字になりました。
サロンの常連だった人は、私以上に私のことを心配してくれています。
しばらくはまだ湯島を閉じなくてすみそうです。
喜ぶべきかどうかは、少し迷うところではありますが。

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