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2012/06/23

■節子への挽歌1756:死に急ぐことなかれ

節子
私と同じように、伴侶に先立たれた1人の人から、この挽歌にコメントをもらいました。
私の挽歌が、そういう文章を引き出しているのかもしれませんが、お2人共に同じような言葉が書かれています。

「出来るだけ早く私も旅立ちたい。」
「残る人生が一日でも早く終わりを遂げること。僕の望みはただそれだけです。」

おそらく愛する人を見送った人の、これは偽らざる気持ちなのではないかと思います。
少なくとも、私の場合もそうです。

こうした気持ちが生まれてくることは、もしかしたら、とても幸せなことかもしれません。
しかし、同時に、だからこそ、生きることを大切にしたいと思う気持ちも生まれます。
でなければ、あれほど生きつづけようとした節子を裏切るような気がするのです。
それに、今の私は、すでにその生の一部は節子になっています。
節子の分まで生きるなどということは思いもしませんが、節子と共に、この生を大切にしないわけにはいきません。
節子と一緒に人生を終えることができなかったことの意味も大切にしたいとも思います。
死への恐れも生への執着もありませんが、生には、節子がそうであったように、誠実にありたいのです。

ぶーちゃん
Pattiさん
死に急ぐのはやめましょう。
彼岸には、時がないといいます。
急ぐことに意味はないのです。
お2人よりも、わずかに長く生きている私も、お2人と同じような時期もありました。
しかし、そこを越えてきたのは、節子への愛からでした。
人を愛するとは、自らを愛することでなければいけません。
4年近く思い続けてきて、そういうことにも少しずつ気づいてきました。

先立ってしまった、愛する人のために、できることはたくさんある。
最近、そんな気もしています。
それに、私がいなくなったら、節子を毎日思い出す人がいなくなり、節子の痕跡は消えていってしまいます。
位牌に灯明を立てる人もいなくなり、お盆にも現世に戻ってこられなくなる。
私と一緒になったはずの、節子の片割れも、もう少し現世を楽しみたいと思っているかもしれません。
節子だったら、こんなことをしただろうことも、しなくてはいけません。
私の生は、節子のものでもあるからです。

よかったら、湯島に一度、来ませんか。

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コメント

佐藤さま

今回の挽歌に僕の名前が出ていたので驚きました。

まずは湯島に誘って頂いたこと、とても有難いと思います。
いずれは湯島に伺って、佐藤さんとお話できればいいなと思いました。

ですが、以前のコメントに書かせて頂いた通り
僕は妻を喪って以来、激しい鬱状態に悩まされ、また、睡眠薬無しでは眠れない身体になってしまいました。
仕事も休職しています。

伴侶を喪った人の回復のプロセスには「ひきこもり」という段階があるそうです。
今の僕は、「ひきこもり」の段階にあるのかもしれません。
妻の母や弟たち、菩提寺のご住職と会うことには抵抗がありませんが、自分の親族、通院している病院の医師、カウンセラーに会うことでさえ大きなストレスを感じます。
ましてや職場の上司や部下の顔を見ることには激しい抵抗を感じています。

いずれは「ひきこもり」の段階を超えることができるのか、僕自身にも分かりません。
でも、その段階を乗り越えることができたなら、いずれは佐藤さんの貴重のお時間を頂いて
お話を伺いたいと思っています。

今はまだ、湯島にお邪魔する気力はありません。
せっかく声を掛けて頂いたのにすみません。

昨日、妻の3回忌法要を済ませました。
菩提寺のご住職には「2年間、よく頑張りましたね」と言われました。
また「ご主人(僕のことです)が少しでも元気になれば、奥様も喜んでいると思いますよ」と言われました。
昨晩は、妻の仏前で泣きじゃくりました。
妻が亡くなった直後は、いずれは涙も涸れるだろう、3回忌くらいには涙を流すことも無くなるだろうと思っていました。
ですが、3回忌を終えた今でも、僕の涙は涸れません。

投稿: ぷーちゃん | 2012/06/24 20:59

ぶーちゃん
勝手に名前を出してすみません。

急にお会いしたくなってしまったのです。
でも、そうですよね。

急ぐのはやめましょう。
いつかきっとお会いできるでしょうから。
ともかく、わがままに過ごすのがいいです。

くれぐれもご自愛くださいますように。

投稿: 佐藤修 | 2012/06/24 21:12

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