■「なんと罪深いことをしてしまったことか」
6月30日に福島大学で開催された「東北協同集会 in ふくしま」に参加しました。
福島で再生に取り組んでいる農業者や漁業者など、さまざまな実践の事例報告や話し合いの後、最後に、「福島からの提言」として、福島大学の塩谷教授が話されました。
感動しました。
基調講演も、福島大学の小山准教授でしたが、これも実に生々しい報告で聴き入りましたが。塩谷さんの話には涙が出ました。
その報告はまもなく「協同の発見」と言う雑誌に掲載されると思いますが、特に私が共感した言葉を紹介させてもらいます。
メモしていなかったので、不正確かもしれませんが。
塩谷さんは、福島でのさまざまな困難を語ってから、希望の話をしましたが、そこでこう語ったのです。
ぼくが生きている間には福島は元に戻らない。なんと罪深いことをしてしまったことか。困難を語り希望を語るにおいて、塩谷さんは一人称で語っているのです。
誰かを責めるのではなく、自らの問題として引き受けている。
涙が出ました。
多くの人が忘れている視点です。
私が、反原発のデモに最近参加できないでいる理由の一つです。
集会の翌日、相馬や南相馬、飯舘村などをまわりました。
浪江の入り口まで行きました。
バスの社内で測定していた放射線量は、場所によって3マイクロシーベルトを超えました。
農業者、漁業者、就労支援者など、いろんな人の話を聞きました。
共通していたのは、「誰かを責めるのではなく、自らの問題として引き受けている」姿勢です。
そして、みんな悲しさと明るさを絡み合わせた表情をしていました。
感動すると共に、自らの生き方を考えさせられました。
いろいろと思うことがあり、追々、このブログでも書こうと思いますが、ともかく塩谷さんの言葉にはドキッとさせられ、涙が出たのです。
交流会で塩谷さんと話しました。
塩谷さんはこういいました。
福島にいると思いきり深呼吸できないので疲れます。福島の外に行くと思う存分深呼吸できる。でも人と話していると(世界が違うようで)疲れます。当事者の世界は決して見えてこないことを、私も最近よくわかってきましたが、福島の人の気持ちなど、わかりようがないのです。
「なんと罪深いことをしてしまった」日本人の一人として、生き方を悔い改めなければいけません。
複雑な思いで、福島の被曝地から大飯原発反対のデモの映像を見ていました。
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