■節子への挽歌1763:福島に行ってきました
節子
福島の被曝地域に行ってきました。
つい先ごろまで立ち入り禁止区域だった南相馬の小高地区を通り、原発から10キロ県内にある浪江の入り口まで行きました。
バス車内の放射線量は3マイクロシーベルトを超えました。
年間にすると30ミリ近くです。
被曝地域で活動している農業者や漁業者などとも交流できました。
いろいろと感ずることがたくさんありました。
話を聴いていて、何回か涙が出そうでした。
節子がいなくなってから、私はますます涙もろくなっています。
それにしても、みんなとても誠実に生きています。
そういう人たちの話を聞いていると、都会の人たちがいやになるほどです。
初めて会った時の節子を思い出します。
節子は、私と結婚したために、かなり人が悪くなったと思いますが、私は逆にその分、人が良くなったような気がします。
人生を共有していると、すべてを分かち合うようになるものです。
良いものも悪いものも。
久しぶりのバスツアーでした。
節子と一緒に行った観光ツアーとは趣はだいぶ違いましたが、それでもなにやらあの頃のことを思い出させるものがありました。
出会った人たちとの話からもですが、いろいろと考えさせられる2日間でした。
しかし、どんなに大変であろうとも、夫婦が一緒になって、その困難に立ち向かえる人はうらやましくも思いました。
原発事故の被災者に、もし救いがあるとすれば、それだけかもしれません。
こんなことを言うと、とても不謹慎ですが、夫婦で頑張っている漁業者の高橋さんを見ていて、そう思いました。
そんなホッとするような、あたたかさにも触れることができました。
それにしても、山ほど、宿題をもらってきてしまったような気がします。
一人で対応できるでしょうか。
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