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2012/07/04

■除染のために農地の表土を廃棄することなどできません

福島の二本松で有機農業に取り組んでいる菅野さんのお話を聞く機会がありました。
その中に、グサッと心に響いた言葉がありました。
それがタイトルの「除染のために農地の表土を廃棄することなどできません」です。
私も、そのことが以前から気になっていました。
日本の農業は「作物を作るのではなく、土をつくるのだ」と言われてきました。
私も、これまでわずかばかりの家庭農園をやってきた体験から、土づくりがいかに大変であり、大切であるかは、少しだけ実感しています。
農家のみなさんにとって、農地の土は、祖先から営々と積み重ねてきた汗の結晶でしょう。
それをいとも簡単に「捨てる」ことなど、できないはずだと思っていたのです。

菅野さんは、まさにそう言ったのです。
とても納得できました。
もちろん菅野さんは、除染に反対しているわけではありません。
まあ今進められている「除染作業」の意味には私でさえ疑問を持ちますが、菅野さんは掘り返しとかいろんな方法で、土を廃棄せずに、放射線から作物を守ろうとしているのです。
たとえば、セシウムは粘土質の土が取り込んで押さえ込めそうだとか、そういう実験を繰り返しやっているのです。
そのデータも見せてもらいました。
まさにそこに、知のあり方を見せてもらったような気がしました。

汚染されたものは廃棄する。
これはまさに工業の発想です。
その発想が環境問題を引き起こしているわけですから、そこから抜け出なければいけません。
そうした「知の先進作業」は大学や研究所ではなく、やはり現場で行われているのです。

大学もしかし、知が失われているわけではありません。
わずかでしょうが、知を守っている人もいるようです。
今回、お話を聞いた福島大学の小山准教授は、農地の放射線量を細かなグリッドに分けて測定してマップをつくろうと努力しています。
いまの農地の除染の方法は、画一的に進められているようです。
まさに工業発想で、元受企業に利益が落ちる仕組みです。
対象の実態を把握もせずに、中和剤などをばら撒いているわけですから、無駄である上に、第二次汚染を引き起こしかねません。

土を育てる農業から環境を収奪する農業への流れが、反転するのか、加速されるのか。
福島の動きは、そうしたことを象徴しています。

有機農業をやっている大内さんは、ご自分の畑を案内してくれて、みんなにきゅうりを取っていかないかと勧めてくれました。
その笑顔が、今も頭に残っています。
本当の知はどこにあるか。私には一目瞭然です。


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