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2012/07/16

■節子への挽歌1772:親孝行

昨日は私の母の命日でした。
母は節子がお気に入りでした。
逆に、母は私が苦手でした。
私は、親の期待などは意に介さない、わがままな息子だったのです。
節子との結婚も、両親にはそれこそ青天の霹靂だったでしょう。
なにをするかわからない息子、というのが、特に母親の思いだったかもしれません。
にもかかわらず、ある事情で、私たちが私の両親と同居することになりました。
父母がその選択を選び、節子もそれを引き受けました。

父も母も、そんなわけで節子が最後の世話をしてくれました。
両親共に、胃がんで亡くなりました。
父は自宅で、母は近くの病院で亡くなりましたが、2人とも最後までかなりしっかりしていましたので、介護の大変さは、それほどではなかったかもしれません。
しかし、節子は、私が思っている以上に大変だったのかもしれません。
母を見送った後、「ちょっと良い嫁を演じすぎようとしていたかな」と私に話すことがありましたから。
私からみる限り、それほど「演じていた」ようには見えませんでしたが、本人がそういうのであれば、それは事実なのでしょう。

節子は、私の両親への不満は一度も言った事はありません。
私の両親も、節子への不満を言ったことはなく、むしろ息子の私よりも信頼していたはずです。
私は、極めて常識だった両親にはたぶん理解できない息子だったでしょう。

娘たちは、そうした私と両親との関係を素直に観察しています。
彼女たちにとっては、私はあまり「親孝行」には見えていないようです。
もちろん実際にはそんなことはありません。
後悔する事は山のようにありますが、私は胸を張って、自分はそれでも親孝行だと言うことができます。
一番の親孝行は、節子と結婚したことなのです。

節子も、私とは違う意味で、親不孝になりかねない生き方をしていました。
親元を離れて、遠くに嫁いでしまったからです。
しかし、その節子も、自分の一番の親孝行は修と結婚したことだと言うようになりました。
節子の父親は、私たちが結婚して数年後に亡くなってしまったのですが、私のことをそれなりに気にいってくれていましたし、母親も私のことを「良い人だ」と思っていてくれたようです。
そんなわけで、私たちは、結婚した相手のおかげで、それぞれ親孝行できたわけです。

娘のユカが、今日はおばあちゃんの命日だと教えてくれました。
昨日はお祭で、墓参りにいけませんでしたが。今日、墓参りに行ってきました。
節子も、自分で選んで、私の両親と同じ墓にいます。

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