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2012/07/25

■節子への挽歌1776:歳を重ねるほど妻の存在のありがたみがわかります

節子
節子の友人の野路さんから快気祝いが届きました。
野路さんは1年前に階段から落下し、複雑骨折をしただけでなく、頭を強く打って記憶まで一部なくされてしまったのです。
いまもなおリハビリに通われているようですが、記憶はまだ回復していないご様子です。
ご家族からのお手紙が同封されていました。

野路さんは、節子にとっては特別の人でした。
一緒に海外旅行に行った友人ですが、節子よりも数年先に、節子と同じ胃がんになってしまったのです。
野路さんの場合は、しかし、病気を乗り越えました。
節子にとって、野路さんは目標でした。
野路さんと同じように自分も頑張ろうと思っていたのです。
野路さんも、そういう節子を応援してくれていました。

節子が逝ってしまってから、まもなく5年です。
私の中では、世界は止まっていますが、当然ながら。5年も経つといろいろとあります。
節子の友人たちとの付き合いは、私はほとんどありませんが、時々、耳に入ってくることもあります。
節子だったら、どう対処するだろうか。
そう思いながらも、何もできずにいます。
お付き合いに関することは、すべて節子に任せてしまっていたからです。
しかし、こうしたことはこれから増えていくことでしょう。
若い頃とは違ったお付き合いがいろいろと増えそうです。
私は、どうもそういうのが不得手なのです。
お付き合いを一切やめて、山にでも入りたい気分もありますが、人が大好きな私としては、それは無理でしょう。

節子の存在のありがたさは、歳を重ねるごとに高まっています。
先に逝くとは、本当にずるい。
つくづくそう思います。
女性のみなさん、夫より先に旅立つのはやめましょう。

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