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2012/08/30

■節子への挽歌1822:野路さんからの快気祝い

節子
野路さんから「快気祝い」が届きました。
前に書いたように、階段から転落し、1年経ちますが、まだリハビリ途中です。
頭を打ったために、さまざまな障害が残ってしまったようです。
完全な快気と言うわけではありませんが、1年経ったので、節目にしたいと思われたのでしょう。
電話をさせてもらいましたが、やはり野路さん本人はまだ言語障害があるため電話は無理のようです。
それでご主人の徂さんとお話しました。

もう日常的な行動はできるようになり、散歩などにも行けるそうですが、しかし目を離せないので、徂さんはほぼ付きっ切りのようです。
記憶もなかなか戻ってこないのだそうです。
節子が元気だったら、駆けつけて記憶の呼び戻しに少しは役にたちでしょうが、私にはそれは出来ません。

私は野路さんには何回かお会いしていますが、徂さんには一度も会った事がありません。
節子は野路夫妻と一緒に旅行にも行っていますので、たぶん仕事ばかりしていた私は、誘われたのかもしれませんが、一度もご一緒したことはありません。
ただ節子からはいろいろと話をお聞きしていますので、なんとなく親しみを感じていました。
徂さんも、そう感じていたかもしれません。
電話でのお話でしたが、少しだけお互いの心が通じ合うような気がしました。
これも節子のおかげです。
いつかきっとお会いすることがあるでしょう。
でもいまは、徂さんにはそんな余裕はないと思います。

徂さんは毎日2時間ほど野路さんと一緒に散歩に行っているようです。
その話を聴きながら、節子との散歩のことも思い出しました。
闘病中の伴侶との散歩は、普通の散歩とは違います。
リズムが違うからです。
そして、自分が見えてくる時間です。
相手の大切さや相手への愛おしさ以上に、自分の身勝手さに気づき、事故嫌悪に陥ってしまいやすいのです。
少なくとも私はそうでした。
節子が、回復してくれたら、私は良い夫になれたかもしれません。
そんなことを思いました。

私が節子から聞いていた徂さんは、すでに十分に良い夫だったようですが、ますます良い夫婦になっていくでしょう。
少し羨ましい気がするのは、仕方がありません。
野路さんがはやく記憶を回復し、言語も回復することを祈っています。


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