■ボーンレガシー
私のお気に入りの映画は、ボーンシリーズです。
この映画は3部作のシリーズですが、いずれももう10回以上は観ています。
リズムがとてもよく、何回観ても面白いのです。
もっとも最近は、全編通しでというよりも、DVDで気にいったシーンだけを早送りして観るというスタイルが増えていますが。
3作品のラストシーンは、明らかに続編を意識したものでした。
今年初めに、シリーズ4作目ができると知って心待ちしていました。
来月、第4作目の「ボーン・レガシー」が公開されます。
ところが、実に残念なことに、監督が変わり、それによって主役も変わってしまいました。
そうなるとシリーズ作品とはいえ、全くの別作品です。
期待が吹き飛んでしまいました。
ボーンシリーズは、CIAの特殊プロジェクトによって、記憶と感情を消された暗殺者に育てられたジェイソン・ボーンが、記憶と感情を取り戻していく話です。
その過程で、CIAとの闘いが繰り広げられるわけです。
そしてボーンと同じようにして育てられた暗殺者との死闘も繰り返されます。
なぜ私がこの作品が好きかといえば、そのリズム感です。
CGが使われていないのも好きな理由のひとつです。
最近のCGは目を見張る素晴らしさはありますが、現実のテーストを感じられません。
それにこの作品は、ディテールを巧みにモンタージュしています。
だから好きなのです。
筋書きは、よくある話です。
類似のストーリーの映画はたくさんあります。
ところで最近、私がこの映画に魅かれる理由に気づきました。
この映画は、まさに現在の社会を象徴しているからです。
記憶と感情を消し去ることで、国民を思考しない家畜に飼育する国家。
そうした状況に満足して、与えられた役割を果たすことで生きていると勘違いしている人々。
それに気づいて、記憶と感情を取り戻そうとすると社会から排除され、死の危険にさらされる社会の状況。
そう考えると、なにやら実に身近に感ずるのです。
この構図は私の周辺にたくさんありそうです。
私も今は社会から脱落していますが、20年前くらいまでは、それなりにさまざまな権威とも接点がありました。
そうしたものに触れてしまうと、正常な感覚を維持するためには離脱するしかないと思います。
そのまま階段を登っていくと、もう抜けられなくなるでしょう。
最近、あるところまで登ってから階段から外れる人が増えました。
しかし、そうした人の発言を聞いていると、何をいまさら、とどうしても思ってしまいます。
私のやっかみもあるかもしれませんが、基本的にはまだ階段の上にいる感じです。
ジェイソン・ボーンのような、痛みを伴う記憶と感情の回復には遠い存在です。
信ずるわけにはいきません。
それにしても「ボーン・レガシー」とは思わせぶりなタイトルです。
ボーン・レガシーの主役は、ボーンではなく、ケネス・キットソンという新たな暗殺者が主役です。
そして、いわば前3作品のストーリーの裏側で、並行して進んでいた物語を扱うようです。
ですから、もしかしたら第5作で、ケネスとボーンが出会うことになるかもしれません。
やはりこれは観に行くべきかもしれません。
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