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2012/08/25

■対立の構図は人と組織

シリアの内戦のすさまじさをテレビで見るたびに、政府軍の軍人たちは、なぜここまでの破壊活動ができるのだろうかといつも思います。
抵抗する側は身を守るためですが、政府軍は職を守るためでしょうか。

大学時代、国会デモでもよく思いました。
なぜ機動隊の人たちと学生は乱闘をしなければいけないのだろうか、と。
戦う相手が違うのではないかと、いつも思っていました。
もし機動隊が組織として戦うべき相手を変えたら、それこそクーデターでしょうが、その場合は、単に権力者が代わっただけです。
そうではなくて、機動隊の一人ひとりが自らの意志と判断で動き出したら、世界は変わって生きます。
そうなっては困るので、たぶん当時の機動隊員もいまのシリア政府軍も思考停止させられた単なる労働力にされているのかもしれません。

シリアも最近の日本の原発問題も、対立の構図は、人と組織だと考えるとわかりやすいように思います。
たとえば、自由シリア軍は自らを生きる人の集まり、政府軍は政府の傭兵と考えるのは、いかにも安直かもしれません。
傭兵は、お金のために雇用主の意向に逆らうことはしません。
そう考えれば、問題の本質が見えてきます。
それは、さまざまな問題にも当てはまります。
まさに、日本は今、そうした文化が社会を覆っています。

自らを生きる人であれば、個人的に原発が安全だとは思わないでしょう。
ひとたび事故が発生すれば、孫子の代までも影響を与えますし、仮に事故を起こさずとも、処置方法もない廃棄物を抱え込まなければいけません。
そうした原発の現場や使用済み燃料という名の危険な廃棄物の近くに住んでも良いという人がもしいたら、知りたいものです。
少なくとも原発推進者の中には、いないでしょう。
原発の危険性をよく知っているからです。
しかし、生命のない組織やシステムの視点からは原発は極めて有意な存在です。
産業の視点からは市場を生み出す最高の存在でしょう。
近代の経済における市場とは、解決すべき問題ですから、問題を起こすことが経済成長の原動力なのです。
顧客の創造や市場の開発が経済成長の原動力。
私にはとんでもない馬鹿げた発想ですが。

組織にとって、望ましいのは生命のない労働力かもしれません。
シリア政府軍のアサド大統領にとっては、前線の兵士はロボットに変えたいところでしょう。
人は目覚めたり、生命の危険の前に行動を躊躇しますが、ロボットは組織を裏切りません。

もしこれからも、自らが人であり続けたいのであれば、組織と人の戦いに対して、どこに視点を置くかは明確です。
そういうことを、シリアの内戦は明確に示唆しています。
その構図は、最近の日本のさまざまな問題すべてに言えることです。
多くの日本人は、いまや意思のないロボットの生活を志向していますが、シリアと日本とどこが違うのかをよく考えてみる必要があります。

先日、フェイスブックに、「シリアと日本とどちらが人間的な社会なのか。私たちは生き方を間違っているのではないかと、最近時々思います」と書いたら、思いのほか、反応がありました。
それで少しまたその意味を書いてみました。

シリアの内戦を解決する方法は、戦っている前線の人たちが、人の心を取り戻すことです。
そういえば、国会周辺の抗議活動のなかで、警備に当たる警察官たちと抗議活動に参加している人たちの心の交流も始まっているようです。
本当に対峙すべきものに気づけば、社会は変わりだすでしょう。

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コメント

>組織にとって、望ましいのは生命のない労働力かもしれません。
>ロボットは組織を裏切りません。

思想や宗教漬けの人々も、安上がりで誠実な手動機械ですよ。
特に、敬虔なイスラム教徒の方々は。

シリア政府軍の軍人たちに限りませんが、彼らも今生きている実例でしょう。
紙切れなどの偶像を、実の労働力で買おうとされている方々です
(国際化と金融経済が主勢力の現代なので、買わざるを得ませんし、大方信用できますが)。
かの国はもう新秩序まで泥沼でしょう。背後にある圧力が強すぎます。

自分の新秩序に対する立場は伏せさせて頂きますが、
勝手ながら自分の気持ちをここで垂れ流させて頂きます。
シリア国民に対しては願わくば戦後日本人のように、同じヒト同士で罵倒し殺し合いをしてまで
汗水垂らし、おそらく信用のできる紙切れを買い続ける事に狂って欲しくないと思います。
新秩序の権力者でも間違いは犯しますし、民族主義や古い国家体制の中には、新秩序でも確かに便利な物があるのです。
古い物も、主張しなければ新秩序と共倒れも有り得ます。日本はその事を凄惨な身を以って世界に示していると思います。
そう解釈すると、何だか日本が大戦末期の日本のように思えてしまって、不思議な気持ちになります。

実は佐藤さんがなされているお金に頼らない生き方も、一見すれば時代遅れ、古い国家や新秩序の権力者の怒りをも
買いかねない物ですが、個人や集団の柔軟性の視点では、100年先を行っているかもしれないのです。

数学の歴史でも、優れた数学者の業績はとんでもない不遇の目やすれ違いで見過ごされます。

投稿: 2933 | 2012/08/26 03:52

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