■節子への挽歌1819:生きるのも死ぬのも大変
節子
たまりにたまった約束事の締め切りが限界に近づいたため、この4日間、また挽歌をサボってしまいました。
毎日きちんと書くというのは節子にならできるでしょうが、気分のムラのある私にはやはり無理があるのかもしれません。
困ったものです。
しかし逆に言えば、そうした本来の私にやっと戻ってきたともいえるかもしれません。
まあ、ものは言い様です。
節子はよく知っていますが、私は締め切りぎりぎりにならないと動き出せないタイプです。
火事場どろぼう的に出てくる能力で、何とか仕事をこなすと言うことかもしれません。
ぎりぎりにならないと頭が回りださないのです。
仕事だけではなく、新幹線も会議もぎりぎり間に合うかどうかという時間に出発するのが大好きです。
節子はいつも余裕を持って出かけるタイプでしたので、よくもめました。
しかし、言うまでもありませんが、余裕を持って出かけたほうが良いに決まっています。
それが出来なのが私なのだから始末が悪いです。
飛行機にわずかの差で乗り遅れ、約束した市長に会うことが出来なかったこともありますし、結婚式の立会人を頼まれていたのに、危うく遅刻しそうになったこともあります。
会社時代、新幹線はベルがなっている時に滑り込むこともよくありました。
この性格だけは節子にも直せませんでした。
災害時のための非常食や道具などを用意周到したがるのが節子でした。
私はそうしたものの用意には全く関心がありません。
災害が起きたら、それにしたがって苦労するのが自然だからです。
東北の大地震の後、節子の文化を引き継いでいる娘から、非常持ち出しリュックを渡されて、ここに大事なものを入れておくようにと言われましたが、まだ空っぽです。
いやそれ以前に、そのリュックはどこかに行って、いまは見当たりません。
困ったものです。
しかし、そろそろ考え方を変えなければいけません。
節子がいれば、非常持ち出し袋も非常食も不要ですが、節子がいない今は、少し考え直さなければいけません。
しかし、私の性格はどうも直りそうもない。
ですから、次の大きな地震や事故が起きる前に彼岸に旅立つほうが良さそうです。
その準備をしたほうがよさそうです。
でもそれも節子がいないとうまくできそうもありません。
自立していない人間は、生きるのも死ぬのも、大変です。
困ったものです。
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