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2012/09/30

■節子への挽歌1854:「寂しがり屋さん」

節子
昨年の6月、「ぷーちゃん」という人が、この挽歌にコメントを投稿してくれました。

昨年の6月27日、最愛の妻を癌で亡くしました。享年43歳でした。同棲していた頃を含めると20年間の共同生活でした。(中略)
どこに住んでいるときも、妻と僕は土日のたびに散歩ばかりしていました。
旅行にもよく行きましたが、旅先でも散歩ばかりしていました。
二人で散歩した距離はどれほどになるでしょう。ちょっと想像がつきません。

いつも挽歌を読ませていただいています。
時には涙を流しながら。

最愛の妻を喪って、僕は壊れてしまったようです。
毎晩、仕事から帰ると、泣きながら酒を飲みます。
(中略)
いまはただ、一日でも早く妻のもとに逝けることだけを望んでいます。

それから時々、コメントをくれるようになりました。
そのぷーちゃん(今はプーちゃんに改称)がブログを始めました。
タイトルは「いつか迎えに来てくれる日まで」です。
昨日、読ませてもらいました。
最初の記事の書き出しは、こうです。
平成22年6月27日、俺のたった一人の家族、最愛のかみさんが亡くなった。
かみさんの名前は「容子」という。
4年間の同棲生活と16年間の結婚生活、合わせて20年間の共同生活だった。
俺とかみさんとの間には、子どもはいなかった。
読んだ途端に、さまざまな思いが湧き上がってきました。
昨日の記事の最後の3行はあまりにも実感できました。
節子と重なってしまいました。
かみさんは俺に抱き締められながら言った。「寂しがり屋さん」。
そしてもう一言。
「私は幸せだよ」、かみさんはそう言った。
それで昨日は自分の挽歌を書けませんでした。

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