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2012/09/16

■節子への挽歌1839:中学時代の写真

節子
先日、中学校の同窓会がありました。
私は参加できなかったのですが、その時に参加者に配布されたDVDが送られてきました。
中学校時代の写真をうまく編集してくれていました。
懐かしい自分の顔にも出会いました。
節子がもし見たら吹き出すでしょう。
丸い眼鏡をかけた、いかにも勉強好きな顔をしていました。
まあそれは仕方がないのです、なぜかみんなと違う帽子をかぶっている写真が多いのです。
だからすぐわかります。
中学校時代からちょっと変わっていたのかもしれません

中学1年の時に、私は大森から吉祥寺に転校しました。
だから中学時代の友だちは2年強の付き合いでした。
そのせいか、名前が思い出せない顔が多いのです。
DVDには、中学校の校歌も入れられていましたが、校歌も思い出せませんでした。
私は勉強が大好きでしたが、学校はあまり好きではなかったのです。
それでもそのDVDを見ているうちにいろいろなことを思い出してきました。
先生のこともです。
先生ともいろいろな思い出があります。
同窓会に参加したら、もっともっといろいろと思い出すことでしょう。

節子がいなくなってから、私は写真のアルバムをきちんと見たことがありません。
思い出すということが、あまり好きではないからです。
これも不思議なもので、もし節子と一緒であれば、アルバムやビデオを見ることが楽しいはずです。
そのために、私たちはたくさんの写真やビデオを撮っていました。
しかし、節子がいない今は、そうした思い出に触れたいとは全く思わないのです。

中学校時代の写真や昔話は、節子との人生が始まる前のことです。
にもかかわらず、それも含めて、過去への興味を失ってしまっています。
しかし考えてみると、過去だけではありません。
未来への興味も、最近は全くと言っていいほど、ないのです。
時間が止まったなかを、今は何となく存在している。
そんな気がしてなりません。

中学校時代の同級生の顔を見たら、会いに行きたくなるかなと実は少し思っていましたが、まったくそういう気が起きないのが不思議です。
どうもまだ私の心身は立ち止まっているようです。
声をかけてくれる同級生には、ほんとうに申し訳ない気がしますが。

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