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2012/09/01

■節子への挽歌1827:お似合いのふたり

節子
滋賀の田村さんと福岡さんから、今年も花が届きました。
この時期は暑さで生花だとすぐにだめになるので、毎年、鉢物を届けてくれます。
今年は真っ白なデンファレです。
なぜか節子への花は白いものが多いのです。

電話をしたら、お2人ともお元気そうでした。
せっちゃんの話題で、今も時々、「かっちゃん」と会っていると「みっちゃん」が話してくれました。
2人は同じ滋賀県ですが、かなり離れているのです。
節子は病気になってからは、滋賀に戻ると彼女たちに会っていました。
私も2度ほど付き合いましたが、3人はとても仲良しでした。
3人ともまったくといっていいほど、邪気のない人で、話しているのを横で聞いていても、楽しそうでした。
心を開ける友だちは良いものですが、5年経ってもまだ花を送ってくれる友だちがいることは幸せなことです。
お2人は節子が発病してからも、心配してわが家にも来てくれました。
来てくれたことは確実なのですが、実は節子の発病後以来の記憶が、私の場合、すべてあまりはっきりしていないのです。
最近、そのことに改めて気づきだしています。
我ながらしっかりしだしてきたと最近は思えるようになって来ましたが、そうなるとこれまでの数年間のことがとても気になりだします。
たぶんたくさんの人たちに、失礼を重ねてきているのでしょう。
まあそれも仕方ありません。

ところで、デンドロビウムはわが家には一時期、たくさんあったような記憶があります。
私の母も節子も好きだったのかもしれません。
残念ながら節子がいなくなってからは、わが家の花はかなり「絶滅」してしまいました。
水のやり具合が難しいランの多くも、節子亡き後はほぼだめにしてしまいました。
最近漸く娘の手入れのおかげで、胡蝶蘭が復活してきていますが、デンドロビウムもデンファレも見当たらなくなっていました。
今回のデンファレは大事に育てようと思います。

花についていたカードには、デンファレの花言葉として、「お似合いのふたり」とありました。
私たちは、実のところ、最初はだれもが「お似合いのふたり」とは思ってくれませんでした。
若い頃の私はいま以上に変わっていて、私にお似合いの相手などいなかったかもしれません。
節子の親戚筋はみんな反対だったでしょう。
私の両親は、一度決めたら変えることのない私の性格を知っていましたから、諦めていました。
節子も、私との結婚は間違っていたかもしれないと思ったこともあったそうですが、でもまあ結果的には「お似合いのふたり」になってしまいました。
結婚とはそんなものだと、今は思っています。
ただ、「お似合いのふたり」も、彼岸と此岸に別れ別れになってしまうと辛いものがあります。
そんなことを思いながら、白いデンファレを見ていると、早く彼岸に行かないといけないのかなとふと思ったりします。
まさか、この2人は、節子と示し合わせて、そういう思いでデンファレを送ってきたのではないでしょうね。
まあ、しかしそれも含めて、うれしいことです。
明日は、1日早い墓参りに行くつもりです。

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