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2012/09/22

■「ある心臓外科医の裁判―医療訴訟の教訓」

友人の弁護士の大川真郎さんが3冊目の本を出版しました。
1冊目の「豊島産業廃棄物不法投棄事件」は環境問題。
2冊目は、まさに本業の「司法改革」。そして今回は医療訴訟の問題です。

題材は平成11年に起こった近畿大学付属病院での心臓手術による死亡事件です。
同病院の心臓外科部長だった奥秀喬教授が執刀した患者が、術後、死亡したのですが、遺族から奥教授が訴えられた事件です。
それをマスコミは真実を確かめることなく、大きく取り上げました。
特に「アサヒ芸能」は、告発キャンペーン「『医者』に殺される」シリーズを組み、「メスを凶器にした心臓外科教授を妻が断罪!」などと書きたてました。
新聞も、ほぼ同じように奥教授の医療過誤と患者無視の報道をしていたように思います。
当時、その記事を読んだ私も、憤りを感じたのを覚えています。

しかし本書を読んで、報道と事実とは全く違っていたことを知りました。
たしかに医療過誤はあり、そのため近畿大学付属病院は慰謝料を支払いましたが、被告となった奥教授に関する嫌疑は裁判でほぼ晴れたのです。
遺族も、そうしたことがわかって、奥教授への控訴を取り下げています。

しかし、奥教授は単に訴えられてだけではなく、事実を明確にするために、いくつかの訴訟を自らも起こしました。
マスコミ、窓口となった主治医、遺族代理人弁護士を告訴したのです。
ほかにも奥教授を追い落とそうとする同業医師との闘いもありました。
それらに対して、すべて正面から闘ったのです。
そのおかげで、改めて医療訴訟や医療の実態が見えてきます。
本書はその記録です。

裁判には勝ったものの、奥教授とその家族の生活は無残にも打ち壊されました。
心臓外科医として評判の高かった奥教授の医療行為も、その後は行われることはありませんでした。社会的にも大きな損失と言うべきでしょう。
裁判が終わった後に、奥教授は『虚構の嵐』という私家本を出版していますが、そこで彼が伝えたかったのは、「巨大組織の権力の前では、一個人が如何に脆弱な存在であるか」ということだったようです。
大川さんは、本件の背後に山崎豊子の名著『白い巨塔』のごとき背景のあったことをうかがわせる、と書いています。

実は、大川さんは奥教授と郷里が同じです。
そのせいか、第三者の私からみれば被告への思い入れを少し感じます。
しかし、大川さんは被告の名誉挽回のために本書を書いたわけではありません。
「奥の闘いは、世に知らせる価値のあるものだという確信」が、大川さんに本書を書かせた理由です。
そのことには私も共感します。
本書の最後に、大川さんは「この事件の教訓」として、医師、マスコミ、病院、弁護士と項目を分けて、教訓をまとめています。
そこには、これからの医療や医療訴訟を考えるためのさまざまな示唆が示されています。

医療訴訟は、医療の世界の現状を象徴しています。
医療訴訟の視点から、医療改革を考えていけば、たぶんいまとは違った医療改革が実現できるはずです。
このことは医療に限りません。
大川さんが前著で取り上げた「司法改革」にも言えることです。
司法改革もまた、「冤罪」や「司法不信」や「司法訴訟」(そんな言葉はないでしょうが)の視点から考える必要があるでしょう。
本書は、「改革」というものに取り組む視座を与えてくれます。

本書を読んで感じたことはもう一つあります。
大川さんは、あとがきで『奥は、決して「一個人として脆弱」ではなかった。さまざまな苦境を乗り越え、見事な闘いをした』と書いています。
「巨大組織の権力の前では一個人は脆弱な存在」だとしても、無力ではない。闘うことができるのだということを、奥教授は実践をもって示してくれています。
私が、一番考えさせられたのはそのことです。

とても考えさせられる本です。
できれば一度、本書を読んだ人たちで、医療訴訟についての話し合いの場を持ちたいと思っています。
ご関心のある方はご連絡ください。


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