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2012/09/19

■節子への挽歌1844:夢に節子が出てきました

昨日、節子の夢を見たと最後に書きました。
今日はそのことを書きます。

最近、よく夢を見ます。
正確に言えば、夢を見ながら起きることが多いということです。
しかし、実は節子が出てくることは少ないのです。
どういう夢が多いかといえば、私が何かを伝えたくて話している夢が多いのです。
目覚めた時に、我ながらすごい発見だと思うこともありますが、しかしなぜか10分も経つと忘れてしまいます。

そんな夢が続いていたのですが、昨日の明け方、夢に突然に節子が出てきたのです。
場所は我孫子駅の階段です。
階段を登っているとしたから節子が呼び止めたのです。
そして登ってきた。
そこからがとてもめずらしい夢だったのです。

節子の夢は、以前よく見ました。
しかし、前にも書いたかもしれませんが、夢に出てくる節子の姿ははっきりしていないことがほとんどです。
姿かたちがないにもかかわらず、はっきりと節子を感ずるのです。
ところが昨日の夢は、姿どころか、着ている服装まではっきりとしていました。
見覚えのない青色と緑を基調としたレース状のサマーセーターでした。
こういうことは私の体験ではめずらしいのです。
私の夢はほとんどの場合、モノクロなのです。
顔もよく見えました。
「あの節子」でした。
しかも声さえ聞えました。
「携帯をなくして連絡がつかなかったの、ごめんなさい」というような内容だったと思います。
ところが、実に残念なことに、そこでわが家のチビ太の鳴き声で目が覚めてしまったのです。
それであわてて階下に降りて、チビ太の世話をしているうちに、夢のことをすっかり忘れてしまい、夜になって思い出したというわけです。

まるで死んだことを忘れているように、屈託の無い、とても明るい節子でした。
連絡せずにごめんね、という気持ちが伝わってきて、なんだかとても救われた気分になったような気がします。
前後のない、たったワンカットだけの夢だったのですが、いま思い出しても、なんとなく幸せになるようなワンカットでした。
ですから、昨夜、挽歌を書いてから、今夜もぜひあの夢の続きを見ることができるようにと念じて、眠りにつきました。
しかし、昨夜見た夢は、どこかで若い人たちに向けて、何かを訴えている夢でした。
節子は出てきませんでした。
念じ方が不足していたのでしょうか。

それにしても、なんであんなに元気で屈託のない節子だったのでしょうか、
今もまだ、その姿が目にはっきりと浮かびます。
夢とは、本当に不思議です。

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