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2012/09/04

■節子への挽歌1829:目覚めの彼岸

節子
昨日が5回目の命日であることをフェイスブックに書いたら、たくさんの人が反応してくれました。
そのなかに、節子もよく知っている乾さんの書き込みもありました。
乾さんは、石垣りんさんの詩の一節を思い出したと書いています。
その一節とは、三木卓さんが追悼文で取り上げた有名な次の一節です。

死者の記憶が遠ざかるとき、同じ速度で、死は私たちに近づく。
乾さんは、つづけてこう書いてくれました。
佐藤さんの場合は記憶が薄れていってはいないのでしょうが、命日が遺された者のためにあるのはまったくその通りだと思います。
乾さんの心遣いにもかかわらず、私の場合もまた「記憶は薄れていって」いるというのが正しいです。
薄れているのではなく、変質しているというほうが適切かもしれません。
そしてそれは、同時に、自らの死に同調させているともいえます。

石垣さんの、この一節は、実は戦没者たちへの弔辞の中で書き残した言葉の一節です。
その弔辞の最後はこう書かれています。

戦争の記憶が遠ざかるとき、
戦争がまた
私たちに近づく。
そうでなければ良い。

八月十五日。
眠っているのは私たち。   
苦しみにさめているのは
あなたたち。
行かないで下さい 皆さん、どうかここに居て下さい。

 乾さんのおかげで、久しぶりにこの文章を思い出して、読み直してみました。
最後の5行が、なぜかこれまでとは全く違う意味合いを持っているように感じました。

節子
彼岸とは、目覚めの世界なのでしょうか。
最近の此岸は、生気がなく退屈で、たしかに眠っているような世界になっています。
もしかしたら、それは私が眠っているからかもしれません。
節子のいない世界でも、大きな息を吸わなければいけないのかもしれません。
この5年間、大きな息も吸わず、先も見ず、ただただ立ち止まっていたような気がします。

どうしたら目が覚めるでしょうか。
それ以前に、目を覚ましたほうがいいのでしょうか。
生は、彼岸にあるのか、此岸にあるのか、これは悩ましい問題です。

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