■節子への挽歌1846:節子のいない外食
節子
最近わが家の近くに回転寿司が増えています。
しかも100円回転寿司なのです。
今週もすぐ近くに「はま寿司」が開店しました。
娘たちが今日はみんないたので、行ってみました。
開店間際のためか、賑わっていました。
わが家はみんな小食なので、回転寿司に行ってもあまり食べられません。
あまりに少ないとお店に申し訳ないので、それなりにがんばるのですが、100円寿司だとがんばっても3人で2000円にも達しないことも少なくありません。
あまりに少ないとちょっと気が引けてしまいます。
しかし、節子が病気になった後は、もっと大変でした。
胃を摘出してしまった節子は、お寿司に限らず1食分はとても食べられません。
節子はよくテイクアウトさせてもらっていました。
食べられない節子が、それでも新しいお店を探してきては、家族を連れて行ってくれました。
そのころのことが、とても懐かしく、その思い出を感じたいが故に、私は娘たちとの外食を最近増やしています。
節子はいませんが、なんだか節子を感じるのです。
まだまだ節子離れできないでいます。
なんで、でしょうか。
困ったものです。
最近、それが不思議でなりません。
節子の呪縛はいつ解けるのでしょうか。
明日は秋の彼岸の中日。
お墓参りに行くつもりです。
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