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2012/10/17

■節子への挽歌1872:母の腕のなかで息をひきとりました

節子
実はずっと約束を果たせなかったことを悔いていることがあります。
思い出しただけで、涙が出てきてしまうのですが、思い切って書くことにします。
その約束とは、どちらが先でも、最後は相手の胸に抱かれていよう、ということです。

お名前を出して怒られるかもしれませんが、知人からメールが来ました。

父が95歳で他界しました。
最後は、病院に入院することもなく、自宅で、母の腕のなかで息をひきとりました。
「父」というのは小宮山量平さんです。
私はお会いしたことはないのですが、お会いしたかった方です。
亡くなった後、NHKの「こころの時代」で、前に放映された小宮山量平さんの番組を再放送されていましたが、改めてそれを観て、お会いしなかったことをとても残念に思いました。
ご存知の方もいると思いますが、編集者として作家として最後の最後までご自分をしっかりと生きた方です。
90歳を過ぎてから長編小説を書き出したというのが、私が最初に興味を持った理由です。
灰谷健次郎さんを世に出した人としても有名です。

数年前に知り合った方が、小宮山さんの娘さんでした。
彼女から小宮山量平さんのことをお聞きして、これはとんでもない人だと思い、少し調べてみたのです。世の中には、すごい人もいるものです。
その小宮山量平さんが今年の4月に亡くなられたのです。
95歳だったそうです。
そして、最後は妻の腕の中だったというのです。
ネットで知ったのですが、最後の言葉は、「ありがとう、ありがとう。おもしろかったね」だったそうです。
私もそう言いたかった言葉です。

小宮山量平さんは、葬儀はするな、戒名もいらないという遺言を書いていたそうです。
もちろん訃報が新聞などに出てしまったために、そうもいかず、大勢の方がお別れに来てくれたそうですが。

小宮山量平さんももちろんですが、奥様も幸せだったことでしょう。
私は約束を守らずに、節子はベッドの中で、家族みんなに手を握られながら、最後を迎えました。
それが良かったかどうかはわかりません。
ただその時は、約束のことなど思い出しようもありませんでした。
節子が逝ってしまってからの数時間、いや数日は、夢遊病者のように、ただただ流されていたのです。

それにしてもなぜ抱いてやらなかったのか。
悔やまれて仕方がありません。
だから涙が出てしまうのです。

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コメント

佐藤さま
今回の挽歌も涙無しでは読めませんでした。
伴侶の腕の中で「ありがとう」と言いながら死んで逝く。
僕にとっては理想的な死に方でした。
かみさんの腕に抱かれて、「今まで本当にありがとうね」と伝えながら死んで逝く。
それが僕の理想の死に方でした。
でももう、かみさんはいません。
腕に抱いてくれる人、「ありがとう」と伝えたい人は彼岸にいます。
切ないです。

投稿: プーちゃん | 2012/10/19 09:21

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