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2012/10/26

■原発の廃炉は可能なのか

昨日の技術カフェで、原発の廃炉が話題になりました。
原発の安全性が話題になりますが、私にとっては原発の運転の安全性は瑣末な問題だと思います。
これまでも何回か書いているように、原発はその存在そのものが危険なものなのです。

仮に北朝鮮が、あるいは日米同盟に反発を持つグループが、9.11のように、日本のどこかの原発に飛行機をぶつければ、日本はどうなるでしょうか。
つまり、日本はい自らの内部にたくさんの原爆をむき出しで用意しているようなものなのです。
そう考えると、日本はまさに自爆国家とさえ思えてしまいます。

昨日の技術カフェで参加者の一人から、そもそも「廃炉」は可能なのかと問われました。
たしかに、そう問われてみると答えられないことに気づきました。

2030年代までに原発ゼロなどというのは、原発推進と同義だと思いますが、もし廃炉ができないのであれば、そもそも脱原発そのものがあり得ない選択になりかねません。
そう考えたら、ゾッとしてきました。
脱原発とは、所詮は「脱原発運転」でしかないのです。
廃炉したところで、飛行機をぶつけられたら放射線を飛散させる原子炉も廃棄物も燃料も依然として残っているわけです。
それが安全に処理されてこその「廃炉」です。

これも前に書きましたが、以前、原子炉の設計者だった後藤政志さんに「安全な廃炉は可能なのですか」と質問したことがあります。
明確な回答はもらえませんでしたが、その時には私自身はそれができると何となく思っていました。
しかしきちんと考えれば、そう簡単なことではありません。
なぜ今まで気づかなかったのでしょうか。
まだどこかに科学技術への信仰が私の中にも残っているようです。
なんとお粗末な知性でしょうか。
これでは原子力技術者の知性を笑えませんね。
しかし、廃炉という希望さえも残っていないとしたら、パンドラの箱よりひどい話です。
これはいったい、誰が仕掛けた罠なのでしょうか。

しかし早合点はいけません。
どなたか「廃炉」について教えてくれませんか。
私も少し調べてみようと思いますが。

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