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2012/10/18

■節子への挽歌1873:和室離れへの挑戦

節子
急に寒くなりました。
コタツが欲しいほどです。
節子がいたら、コタツを出してもらっていたような気がします。
しかし、今年はコタツなしでがんばってみようと思います。
というのは、コタツは和室に立てるわけですが、和室でコタツに入ってしまうと、もう節子の世界に引き込まれてしまうからです。
和室にはまだ、節子の記憶が満ち満ちています。
別にものがあるわけではありません。
名残があるのです。

たとえば縁側の障子の上の天窓のガラスに枯葉が貼り付けてあります。
これは節子が貼ったものです。
和室に寝ていた節子の往診に来てくれた看護士さんがとても気に入ったようで、医師の先生に、指差して注意を喚起していたのを今でも思い出します。
そういうちょっとした工夫が、節子の好みだったのです。
私の好みでもありました。

和室の床の間には節子の書をかかっています。
本来は季節ごとに変えるのですが、節子がいなくなってからは、誰も変えようとしません。
かかっているのは、「一日の旅おもしろや萩の原」
ちょうど今の季節には合っています。

その書の下には、節子の遺影写真がそのまま残っています。
もっとおしゃれな額に入れ替えようと時々思うのですが、なぜかまだその気になれません。
人の気持ちはなかなか思うようにはいきません。
たとえ自分であっても、です。

節子はカレンダーが好きな人でした。
すべての部屋にカレンダーをかけていましたが、今もその名残で、和室にもカレンダーがかかっています。
しかしだれもめくらないので、いつも数か月前のカレンダーになっています。
来年はカレンダーもやめましょう。
節子がいなくなってから、カレンダーは家の中からかなりなくなってしまいました。
私にはもうカレンダーはいらないのです。

和室の縁側のまん前が池です。
本来は今頃、縁側で池を見ながら何もない老後をすごしているのが私の理想でした。
その夢は完全に消え果てました。

和室離れができるかどうか、いささかの不安はあります。

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