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2012/10/26

■節子への挽歌1881:オープンサロンまでの30分

節子
今日はオープンサロンです。
節子と一緒に始めたオープンサロンも、節子がいなくなってからは、だんだんとさびしくなってきました。
私があまりやる気がないという雰囲気が伝わっているのかもしれません。
それに声も掛けなくなったので、知っている人も少なくなったかもしれません。

節子がいなくなった後、いろんな人からぜひまた再開してといわれていたのに、そういう人に限って、なかなか顔を出しません。
もちろん悪気があるわけではなく、以前参加してくれていた若い人はますます忙しくなり、若くない人は会社を辞めたりしている人も多いからです。
節子がいた頃は、時に20人を超える参加者で部屋に入りきれなかったりしましたし、テレビの取材まであったこともありました。
しかし、いまは常連メンバー中心になってしまい、毎回、同じような話が繰り返されているような気もします。
そうなった一番の理由は、私の意識なのでしょう。
節子と一緒に始めたサロンなので、一人でホスト役をつとめるのは何かさびしいのです。
なかなか元気が出てこない。

節子とやっていた時は、みんなが集まりだす30分前には、節子が用意を終えていました。
当時は軽食や飲み物も用意されていました。
節子はいつも出社途中で買い物をし、大変そうでした。
早く準備ができ、私も時間がある時には、節子と2人で窓の外の夕日を見ながら、今日は誰が来るだろうかなどとよく話していました。
その時間は、いつもとても不思議な時間でした。
東京の夕闇は、そのときもとても寂しく哀しかったのですが、節子がいなくなってからはさらに寂しく哀しく感じます。

今日は、1時間も前から湯島に一人でいます。
用事が早く終わりすぎてしまったのですが、昔のように音楽を聴きながら、昔とは違って一人で珈琲を飲んでいます。
音楽は節子がいたときと同じ曲です。
おかしな言い方ですが、湯島のオフィスでは仕事する気にはなれないのです。

やることもないので、あの頃と何が変わっただろうかと部屋を見回しました、
節子が好きだったリソグラフの額がなくなっているほかは、何も変わっていません。
額は地震で落ちてしまい、ガラスが割れてしまったの、外しているのです。
節子がいたら、ガラスを入れ替えてもらうお願いをするのですが、怠惰な私は、まださぼっているのです。
節子が懸念したように、私には自活力が欠けているのです。

もう一つ違いに気づきました。
大きな珈琲メーカーが机の上にありました。
以前は来客に合わせて、節子が珈琲を淹れてくれましたが、いまは10人用の珈琲メーカーで一挙に淹れてしまうのです。
そういえば、日本茶は面倒なので点てなくなってしまいました。
だんだんこの湯島の空間も、味気なくなってきているのかもしれません。
それがオープンサロンの参加者が少なくなってきた理由かもしれません。

もうじき、最初の参加者が来る頃です。
さて味気ない10人用の珈琲メーカーで珈琲を淹れましょう。
誰が来てくれるでしょうか。
最近、珈琲が余ってしまうのですが、今日は余らないといいのですが。

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