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2012/10/10

■節子への挽歌1865:まあるい石からの思い出

節子は「まあるい石」が好きでした。
完全な球ではなく、なんとなく丸っこい石という意味です。
海岸に行くと時々拾っていました。
そのまあるい石が、わが家のところどころに置いてあります。
先日、メジロの墓標に使ったのは、その石です。

まあ、これはコレクションというほどのものではありませんが、コレクションというのも当人以外の人にとっては単なるごみでしかないのかもしれません。
前に書いたように、私はフクロウの置物を集めていて、それこそわが家のいろんなところに置きたかったのですが、家族の評判はよくありませんでした。
節子でさえ、あまり賛成はしませんでした。
私が死んでしまったら、このフクロウたちは処分されるのでしょうか。
中にはベネチアングラスの面白いのもあるのですが、まあ関心のない人にとっては邪魔なだけでしょうね。
コレクションと言うのは、多くの場合、まあそんなものです。

幸いに私たちはあまり物に執着しない夫婦でした。
思いついたように集めだしますが、すぐに止めてしまう傾向が2人ともありました。
節子は一時、洋ナシとリンゴの置物を集めていましたが、これは実に短かったです。
多分わが家にもせいぜい20くらいしか残っていないでしょう。
神社仏閣のご朱印を集めていたようですが、これもさほどマジメではなく、集めている割にはいつもご朱印帳を忘れていってました。
先日もある本を開いたら、京都三千院のご朱印がはさまれたままでした。
まあ、こんなふうに、節子はいい加減だったのです。
そういう点では、私とどっこいどっこいだったでしょう。
もしかしたら私が節子に影響を与えてしまったのかもしれませんが。

さて、まあるい石です。
よく拾いに行ったのは、湯河原の千歳川河口です。
何のために拾っているのか知らなかったのですが、ある時に浴室にスーパーミニ石庭ができていました。
こういうのは、節子の得意芸のひとつでした。
もうその石庭は跡形もありませんが。

わが家の庭にも、そうしたちょっとした仕掛けがもっとあってもいいのですが、節子はその余裕もないまま、病気になり、逝ってしまいました。

節子は、私にとって、実に楽しい人だったのです。
その節子がいなくなり、楽しいインテリアの登場も少なくなりました。
まあるい石は、ただのまあるい石に戻ってしまっているのです。

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