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2012/10/07

■節子への挽歌1861:幸せな時には哀しさにあこがれます

節子
昨日は「いのちの理由」のことを書きましたが、節子も私も、さだまさしのグレープの曲が好きでした。
湯河原に行くと、いつもグレープのCDをかけました。
先日、湯河原に行った時に、2枚のCDを持ち帰りました。
その1枚が「グレープ ザ・ベスト」でした。
久しぶりに聴いてみました。
それで気がついたのですが、なぜかみんな「悲しい歌」ばかりです。
「精霊流し」「縁切寺」「無縁坂」・・・。

若い時には、哀しさにあこがれます。
幸せな時にも、哀しさにあこがれます。
しかし、それにしても、哀しい歌です。
こんな哀しい歌を、私たちはどんな思いで聴いていたのでしょうか。
不思議です。
もしかしたら、節子は好きではなかったのかもしれない。
CDを聴きながら、ふとそんな気がしました。

そういえば、節子は、五輪真弓の「恋人よ」も好きでした。
節子はコーラスグループに入っていたにもかかわらず、音域は狭く、「恋人よ」は歌うのに向いていないと思いますが、よく歌っていました。
この歌も、決して明るくはありません。
ちなみに、歌に関しては、節子よりも私のほうが上手だと思いますが、節子は私の歌声が大好きでした。
私が歌うのを聴きたいと言われたこともありました。
しかし、それに応えたことはあまりありません。
いまなら何時間でも歌い聴かせてやるのですが。

幸せな時には哀しさにあこがれますが、哀しい時には何にあこがれるでしょうか。
少なくとも私の場合は、決して「幸せ」ではありません。
しかし、哀しさでもありません。
久しぶりに聴いた「グレープ ザ・ベスト」は、ただただ心を沈ませるだけでした。

なぜこんな歌を聴いていたのか。不思議でさえあります。
別れを予感していたのでしょうか。
そうかもしれないと思うと、心がさらに沈んできます。

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