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2012/10/30

■市民の政治談義は市民の政治参加を妨げる

最近、テレビの番組で「政治」が話題になることが多いです。
しかし、その中身はほとんどが「政局」や「政権争い」の話です。
しかも扱われるのは、タレント性やいかにもみんなの話題に取り上げられるような、あるいは官憲を刺激しないようなものばかりです。石原さんと小沢さんの報道のされ方の違いにそれがはっきりと読み取れます。

石原慎太郎が都知事を投げ出して新党を作ることが大きな話題になっていますが、小沢一郎の動きに比べれば、話題性はありますが、瑣末な話です。老害という人もいますが、そんな話ではなく、挫折するに決まっています。ただマスコミが大きく取りげているために,何か意味がありそうに感じますが、誰も付いていかないでしょうし、付いて行く人がいれば,それはその人の本性が見えてくるだけの話でしょう。

アメリカの政治学者のロバート・ダールは、「政治に対する単なる興味や床屋談義は、自己満足を惹起することによって、かえって市民の政治参加を妨げるという」と言っています。
全く同感です。
日本の政治をダメにしたのは、テレビの政治報道かもしれません。

テレビの政治報道が悪いということは,実は私たちテレビ視聴者の問題でもあります。
私たち同調者がいなければ,テレビでいくら報道してもなにもおこりません。
テレビ番組は,いうまでもなく、制作者と視聴者との共同作品です。

私も政治評論家の田崎さんのファンで、田崎さんが出演しているとどうも見てしまうのですが、話はいつも痴話ばなしに近い政局ばかりです。
バラエティ番組の政治報道は、やはり有害でしかないのかもしれません。

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