■節子への挽歌1892:心身のよどみ(2012年11月6日)
節子
今日は雨です。
最近どうも調子が良くありません。
具体的にどこがどうと言うわけではないのですが、世界がよどんで感ずるのです。
どうもこの1年、生活が粗雑になってきていることも実感しているのですが、そのせいかもしれません。
節子がいなくなって以来、生活に対する投げやりの気分がどこかにあるのです。
そんな生き方は、私の信条に大きく反するのですが、心身がそうなっているので仕方がありません。
時折、とても前向きになって、その気になるのですが、そして行動も起こすのですが、少しすると、そのこと自体がとても空虚な活動のように思えてしまうのです。
そうなると心身が止まってしまうのです。
世界がよどんでいるのではなく、私自身の心身がよどんでいるのでしょう。
そのせいか時間はあっても心身が動かず、毎週日曜日に更新しているホームページの更新ができませんでした。
ちょっと就寝時間を遅らせばできることなのですが、それができなかったのです。
そうしたら月曜日に2人の人から、どうかしたのか、心配している、という早速にメールが届いたのです。
毎週、几帳面に読んでくれている人がいることに感謝すると共に、やはりよどんでいるのは私自身なのだと気がつきました。
よどみは、正さなければいけません。
つい最近も、同じことをやったような気がします。
心身を正すために、何かをやったような気がするのですが、今はそれも思い出せません。
6年目にして、このありさま。時間は癒してなどくれないのです。
今日は近くのあやめ園に、あやめをもらいに行く予定でした。
手賀沼沿いのあやめ園が閉園になるのです。
節子と何回も通ったところです。
節子がいたら、そうしただろうからです。
でもあいにくの雨模様。止めてしまいました。
節子もたぶんそうしたでしょう。たぶん、ですが。
世俗の雑事によどみがちな心身を休ませるために、今日はこれからめずらしく、本でも読もうと思います。
あまりにも分厚いので、読めずにいた「光圀伝」です。
それにしてもこの本は分厚いです。700頁以上ある。
節子がいたら、本などは読まずにすむのですが。
外は雨です。
雨も好きですが、心身がよどんでいる時には青空がほしいです。
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