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2012年11月

2012/11/30

■経済成長と生活向上

選挙の争点はいつの間にか、原発、消費税、TPPになってしまいましたが、政策に関しての国民の最大の関心は経済成長にあるとよく言われます。
そうした結果を示す世論調査結果も紹介されています。
また多くの政治家も、意経済成長がなければ何も解決できないとよく言います。
私はその言説に真っ向から反対です。
そもそも「経済成長」とは何かをわかっていない議論だからです。

国民の生活にとって、経済成長がいいはずなどあろうはずがありません。
なぜなら経済成長といった場合の、経済は「国民の生活からいかに収奪できるか」を意味しているからです。
かつて、経済が「経国済民」といわれた状況はもうありません。
いつか書こうと思いますが、「産業視点の経済」と「生活視点の経済」はまったく論理を別にします。
現在の経済はいうまでもなく「産業視点の経済」です。
「産業視点の経済」にとっての関心は「経済規模の拡大」、つまり「経済成長」です。
しかし、その意味での経済成長は生活の豊かさには無縁です。

たしかに私たちは、「もはや戦後ではない」と経済白書が書いた1956年から1990年ごろまで、経済成長と生活の豊かさの向上を並行して体験してきました。
そのため「経済成長」と「生活向上」とを重ねて考えがちですが、それは正しくありません。
たまたま両者が並んで進行しただけの話なのです。
日本で、いわゆる「公害」が話題になりだしたのは、1960年代からですが、その動きにすでに「経済成長」と「生活向上」の関係はしっかりと示唆されていたはずなのですが、私がそれに気づいたのは、1970年代半ばを過ぎてからでした。
おそらく多くの人も同じでしょう。
多くの人はなんとなく経済成長が生活を豊かにすると考え続けました。
学校でもそう教えていたはずです。
その結果が今の状況です。
にもかかわらず多くの人は今もなお「経済成長」に期待を寄せているわけです。

昨今の経済成長は金銭市場の大きさで測定されます。
たとえば、私も兄もそれぞれが所有する持ち家に住んでいますが、それぞれ家を変えて、賃借契約を結べば、金銭のやり取りが発生し、金銭市場は拡大し、経済成長に寄与します。
しかし、そこから何か新しい価値が生まれるわけではありません。
経済成長とはそういうものです。

市場規模を拡大する経済成長を実現するポイントは、技術革新でも生産力増強でもありません。
ケインズが見抜いたように、需要の増大です。
そのためには、ドラッカーが提唱したように顧客の創造が必要です。
経済成長には顧客創造が不可欠なのです。
しかし顧客になったところで、生活が豊かになるわけではありません。
豊かになったような気分を味わえるかもしれませんが、それで失うものも忘れてはいけません。
ケインズもドラッカーも、生活の人ではないのです。
私は「顧客的人生」は送りたくありませんから、他者を顧客にしようなどとは思いません。
自らが望まないものを他者に押し付けるのは、私の信条に反します。

経済成長神話から、そろそろ抜け出なければいけません。
産業のための仕事ではない、生活のための仕事を探さなければいけません。
一昨日、茨城県の小美玉市の人たちと会いましたが、そこでは年収100万円もあれば、そして豊かに生きる意欲があれば、実に豊かな生活ができるそうです。
たぶん50万円でも大丈夫かもしれません。
経済成長などしなくても、豊かさは手に入るのです。
経済のパラダイムシフトが求められていると同様、私たちの生き方の見直しが求められているような気がします。
経済成長は生活向上とは別のものであると考えると、きっと生き方も変わっていくでしょう。
そう考えれば、いま話題の選挙の争点の答は明確です。

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■節子への挽歌1909:久しぶりのチョンさん

節子
胃腸炎になる前ですが、マレイシアのチョンさんがやってきました。
節子がよく知っている「物知りチョンさん」です。
節子と一緒にやっていた留学生サロンの常連でしたが、いまはインドネシアで仕事をしています。
そのチョンさんももう40代半ば。いよいよ独立する方向でがんばっています。
何か応援できることがあればいいのですが、なかなか応援できずにいます。

節子を見送った後、一度、チョンさんと会いましたが、その時の私はかなりひどかったようです。
それでチョンさんは心配してくれていたようですが、今回は安心してくれました。
私自身は何も変わっていないのですが、よそから見ればやはり変わっているのでしょう。
私としてはいささかの違和感はありますが、それもまた否定できない事実ではあります。

そのチョンさんももうインドネシアで10年以上活動しています。
マレイシアはもちろんインドネシアにもぜひ来てくださいといわれました。
もし節子がいたら、すぐにでも行きたいところですが、まだ一人では行く気にはなれません。
それが残念でなりません。

チョンさんと話していると横に節子がいるような気がします。
チョンさんたちがわが家にやってきて、それぞれの国の料理を作ってくれたこともありました。
チョンさんはとても元気そうでした。
節子に会わせたかったです。

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■節子への挽歌1908:胃腸炎になってしまいました

節子
時評編に書いたように、突然の胃腸炎になってしまいました。
最初は軽く考えていましたが、思っていた以上に大変でした。
どうやら疲労が積もっていたようです。

私はおなかを壊すことはほとんどありませんでした。
何を食べても大丈夫だとまではいわないまでも、節子にはうらやましがられていました。
ですから今回のような腹痛は初めての体験です。
腹痛も下痢も大変だと娘たちに言ったら、体験してこなかったのはお父さんくらいだよといわれてしまいました。
もっとも、この数日、腹痛と下痢に悩まされている間に、少しだけ思い出しましたが、私も腹痛や下痢を体験したことがなかったわけではありません。
しかし、これほどまでひどい状況は初めてです。

発症後、4日目の今日になってようやく少し気が戻ってきました。
といっても、食欲はいまもまったくなく、心身の違和感は依然として大きいです。
微熱もまだ時にあります。
下痢状況はほとんど治っていません。
節子の辛さをほんの少しだけ追体験しているような気がします。
実に、ほんの、ほんの、一部ですが。
人は体験しないとわからないものだと、いつもながらまた思い知らされています。

挽歌もたまってしまいました。
これだけたまってしまうと、回復が難しいです。
体調の回復とともに、急がずにゆっくりと追いついていこうと思います。
まずは早く体調を戻したいです。

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■福島の現実

胃腸炎になる前日、福島の現実の話を聞く機会がありました。
放射線計を1年間、身につけて生活してきた立柳さんをゲストにしてサロンを湯島で開いたのです。
私の呼びかけの不手際もあって、参加者が少なかったのが実に残念ですが、参加してくださった方たちは一様に大きなショックを受けたと思います。
マスコミでの現地報道がいかに真実とかけ離れたものかは、福島の人と直接お話すればよくわかりますが、今回はそれをデータでしっかりと示してくれたのです。
ネットでも情報は流れていますが、やはり実際の体験者からのお話は衝撃的で説得力があります。
たまたま今回のサロンには、お2人の大学教授も参加してくれました。
私のところに来てくれるような大学教授ですから、いずれも批判精神旺盛で行動的な人ですが、それでも話は衝撃的だったようです。

立柳さんは福島での生活の拠点を大学の自分の研究室に置いています。
それはコンクリートに囲まれた部屋を外気遮断しておくのが一番被爆量を減らせることがわかったからです。
そういう生活環境を整えれば、東京の生活拠点とほぼ同じ被爆量に抑えられるのだそうです。
しかし、そんなことをしている人はほとんどおらず、多くの人は外気が入り込む家で過ごしています。
せめて保育園をコンクリート張りにしてやるだけで子供の被爆は減らせるのです。
しかし基本的には福島の子供たちは、一日も早く、県外に脱出させるべきだと立柳さんは言います。
脱出できる人はすでに出ているのも事実ですが、脱出を支援する仕組みをもっとつくる必要があるというのです。
そのためには親の働く場が不可欠だと立柳さんは言います。

前にも書きましたが、いま、福島市と飯舘村の放射線汚染度はほぼ同じです。
一方は6500人の住民が申すんでいませんが、福島市の30万人を越える住民は今もすんでいます。
これをどう考えるべきでしょうか。
そこから問題の本質と政府の対応のすべてが見えてくるように思います。

生活体験を踏まえた立柳さんのお話をもっと多くの人に聞いてほしかったと、返す返すも残念です。

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■稼動ゼロと脱原発の違い

選挙を目指して各党の政策綱領が発表されだしています。
マスコミでの取り上げ方は、どうも問題の捉え方が整理されていないように思えてなりません。
党首の頭も整理されていないようにも感じます。
たとえば、稼働率ゼロと脱原発が同じ時限で語られるのもおかしな話です。
一方は手続きの話であり、一方は理念の話です。
この点でまともな発言をしている人は、減税日本の代表だった河村さんだけです。

大切なのは稼働率の話ではなく、理念の話です。
稼働率ゼロを目指す人が海外への原発輸出を推進しているのを見ればわかるように、それは国内だけの政治的配慮でしかありません。
フェイドアウトなどと馬鹿な言葉を使ってごまかすのも論外です。
大切なことはただひとつ、原発を許容するかどうかです。
その視点で整理すれば、さまざまな意見はわかりやすく整理できます。
テレビでの原発論議で、そうした視点で話を進行する人は一人もいません。
要は問題の本質を見ようとしていないのです。

消費税もTPPも同じことが言えます。
問題の本質を明らかにすれば、議論は簡単な構造に持っていけます。
そして、そこの原点をしっかりと決めれば、その方法論は山のように出てきます。
しかし原点をしっかりと見極めないで議論していては際限なく小田原評定になるでしょう。
マスコミは、意図してかどうかはわかりませんが、小田原表情が好きなのです。
小沢さんの存在にも、このことは言えるように思います。

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■まさかの胃腸炎

まさかの感冒性胃腸炎になってしまいました。
26日の深夜に腹痛が始まり、次第にそれが強くなって、明け方にはひどい下痢と嘔吐が襲ってきました。
これまで体験したことのない症状でした。
食あたりかと思ったのですが、同じものを食べている娘は大丈夫ですので、食あたりではありません。
悪性の感冒かと思い、熱を計ったら36.8度とほぼ平熱です。
正露丸を飲んで横になっているうちに、少し腹痛は治まり、嘔吐感もなくなりました。
やることもないので、フェイスブックでアドバイスを頼んだら、いろんな人からメッセージが届きました。医者に行くのがいいというお勧めが多かったのは少し心外でしたが。

食欲は皆無。
実は娘も気管支炎性の風邪でダウンしていますので、親子二人でダウンしていました。
お昼づくりに、下の娘夫婦が心配してやってきました。
峰行がお医者さんに行ったほうがいいと勧めるのを断っていたのですが、彼らが帰る時間になって突然に再び嘔吐してしまいました。
それで結局、辻中胃腸病院に運ばれてしまい、そこで診察。
念のために体温を計ったら38度でした。
急に元気が萎えてしまいました。
人間は暗示にかかりやすいものです。
結局、感冒性の胃腸炎だったのですが、しばらくかかりますよといわれました。
帰宅後も食欲はおろか、気力が出ません。
そして、そんな状況が4日目になる今日まで続いています。
それにしても下痢と胃腸炎はかなりつらいものです。
私は初めての体験ですが、ともかく思考力がないばかりか、なんとなく自分の心身に違和感があるのです。

この数か月、心身ともに少し疲れ気味でした。
それがわっと出てきたのかもしれません。
身体が健全に作動している証拠であり、まあ健康な証拠でもあります。

そんなわけでしばらくブログを休んでいましたが、今日から再開します。
毎日、読んでくださる方にはご心配をおかけしたかもしれませんが、申し訳ありませんでした。

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2012/11/23

■節子への挽歌1907:富有柿

節子
岐阜の佐々木さんから富有柿がどっさり届きました。
「節子さんがやはり富有柿が美味しい」と話していたことを思い出しますと書いてきてくれました。
節子は富有柿が好きでした。
早速、節子に供えました。

私は、むしろ渋抜きをしたやわらかな富士柿が大好きです。
しかし、節子は渋みがどうしても残るといって、富士柿よりも富有柿だと言っていました。
ちょうど、昨日、娘がお店で富士柿を見つけて買ってきてくれましたので、節子の位牌の前にはいま2つの柿が供えられています。
さて節子はどちらが好みでしょうか。
彼岸に行っても、やはり富有柿ですか。

佐々木さんが可愛がっていた愛犬ミホは干し柿が好きだったそうです。

ミホも柿が大好きでした。一番好きなのは干し柿だったので、渋柿を20個ばかり求め、皮を剥き糸で縛って軒に吊して干柿作りに挑戦しています。
佐々木さんの愛犬ぶりが目に浮かびますが、さて私は佐々木さんほどに節子に何かしているだろうかと思わないわけにはいきません。
節子へのお供えはいつもかなり安直で、自分で丹精込めてつくったものはありません。
まあ節子もあまり私には期待していないかもしれませんが、少しは佐々木さんを見習わなくてはいけません。
挽歌もいいけれど、たまにはきちんと供え物もしてほしいと思っているかもしれません。
そう思って考えると、何をすればいいか、なかなか思いつきません。
困ったものです。
さて少し考えて見ましょう。

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■誰に投票すればいいか

新しい党の統合が進んでいます。
それへの批判も多いですが、私はとてもいい動きだと思います。
もちろん新しい政党が出来ることも含めてです。

無党派層という言葉もあいまいな言葉ですが、そこには政治への無関心層(そのなかにも現在の政治への失望層と政治そのものへの無関心層があると思います)と支持政党が見つからない層がいるはずです。
後者にとっては、新しい政党の出現は望ましいはずです。
そうでないとしたら、ただ単に「無党派」だと言い訳しているだけの話です。
そういう人も多いと思いますが、それは「無党派層」であることが恥だと思われなくなっているからです。
無党派層という言葉を肯定的に使っているマスコミの責任です。
私は、恥じらいもなく自ら「無党派」「無宗教」を口にする人は信頼しません。

テレビでは、これだけたくさんの政党があるとどこに投票していいかわからないという人が多いです。
私も一時、そう思ったこともあります。
たくさんの種類のテレビがあって選ぶのに苦労したことがあるのを思い出したからです。
しかし、テレビと議員選挙とは違うことに気づきました。当然のことですが。
それに気づかなかったこと自体、世間の常識に呪縛されていたことを反省しました。
政党は多ければ多いほど投票すべき党が見つけやすくなる、私の考えからすれば、当然そう考えるべきでした。

そもそも政党には2つの意味があります。
投票者には誰に投票するかという思考を縮減するために、また選ばれた議員は政策決定の思考を縮減するために、存在します。
直接民主主義の実現に必要な膨大なエネルギーを縮減するための仕組みが代議制ですが、さらにその代議制が多くの「縮減の仕組み」を組み込んできていますが、そのひとつが政党です。
現在のようにITが発達し、コンピュータ処理能力が進化した段階では、そうした縮減機構は不要になっているのですが、できた機構はそれから利益を受ける人たちによって維持されるわけです。

少し横道にずれてしまいました。話を戻します。

私たちは、政党に投票するのが選挙だと思いがちです。
それはマスコミがそう仕向けているからでもあり、政治評論家やテレビに登場するコメンテーターなる人たちがそう思っているからだからです。
彼らは決して、一人称自動詞では語りません。
私たちは、政党に投票すべきではなく、人や政策に投票すべきです。
現在のように複雑な社会状況においては、すべての問題に賛成できる政党はないのが普通です。
しかし、もし自分が大事にしているものがあるとすれば(誠実に生きていれば、当然、それがあります)、その考えに合う主張をしている人に投票すればいいのです。
私のとってはきわめて簡単で明確なことです。
私は現在の最大の関心事は、原発ですから、脱原発を主張しているところに投票します。

政党が掲げる主張はただ選挙受けのためではないかと言う人がいます。
なかにはテレビで、新しい政党に関して公然とそう語る人もいますが、それは名誉毀損訴訟に該当する発言です。
そういう人に限って、マニフェストをないがしろにした野田首相や岡田副総理は批判しませんし、自民党は民主党に関しては、その種の発現はしません。

人を信ずるところから社会も政治も始まります。
主張を信じなければ何を信ずるのでしょうか。
権力の座にある人ほど、あるいは時代の流れに乗っている人ほど、主張は実現しやすいことは間違いありません。
しかし、新しい動きや変革は、主張を実現する力がなくて挫折しやすい人の主張から始まるのです。
私は、その意味で負け戦が好きなのですが。
最初はみんな負けるのです。その役割を引き受ける人がいなければ、社会は変わりません。

長々と書いてしまいましたが、どうも私自身が感情に流されてしまいがちで肝心なところに行き着きません。
今日はとても怒りを感じています。
それにしても昨今の政局報道に群がる「有識者」の発言はひどいものが多すぎます。
それに惑わされないように、自分が一番大事にしている課題ひとつに絞り込んで、ぶれない投票をしたいと思います。
政党が乱立し、再編成されている過程は、そうした自分の考えを整理するのに有益な材料をたくさん与えてくれます。
政治を変えていくのは、議員やマスコミではなく、生活者であり私(自分)なのです。
そう考えれば、投票先は簡単に決まるはずです。
もし決まらなければ、それは自分が誠実に生きていない証拠です。
生き方を変えるのがいいでしょう。

みんな自らの生活を守るために大変かもしれません。
しかし、その生活の基盤である社会がいま大きな岐路にある。
それを忘れてはなりません。

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2012/11/22

■節子への挽歌1906:今日は着こなせない背広で出勤です

節子
先週、メーカーズシャツ鎌倉の会長の貞末さんとお話しました。
パネルディスカッションのパネリストをお願いした関係です。
一緒に食事をしましたが、共通の友人もいて、話は弾みました。
しかし、そこでグサッと来る言葉を言われました。
日本の男性は洋服を着こなしていない。第一、自分で服も買いに行かないのですから。

貞末さんは先月、ニューヨークにお店を出展したばかりです。
本場で勝負しているのです。

実は私も衣服を自分で買いに行くのが苦手です。
節子がいた頃は、いつも節子に一緒に行ってもらいました。
スーツやジャケットは私が選ぶのですが、貞末さんにはだらしないと一喝されるでしょう。

私の好みは実にシンプルなのです。
しかし最近は、私好みのシンプルな商品は少ないのです。
節子はいつも私に付き合ってくれていましたが、なかなか私の気にいるものがないので、あんまり付き合いたくなかったかもしれません。
最近は娘に頼んで付き合ってもらっていますが、結局、気にいるものがなくて、買わないことが多いので、呆れています。
私が時代遅れになったのかと思いますが、本当に気にいる服がないのです。
それで、気にいったものがあるとまとめて購入しますが、これまた困ったもので、好みが変わってしまうことがあるのです。
昔は大好きだったジーパンも最近はなぜかはく気もしません。
一時はコットンパンツやコーデュロイパンツが気にいっていましたが、最近はあんまり気にいっていません。
同じものが数本もあるので、しかたなく着用していますが、すっきりしません。

もっと困っているのが上着です。
ジャケットが好きでないのですが、それに代わるものがない。
何を着ていいかわからないことが多いのです。
貞末さんが言うように、着こなすどころの話ではなく、それ以前の段階なのです。
困ったものです。

今日はこれから企業関係者の集まりに出かけます。
こういう時には、背広ですので、とても楽です。
それに25年間、会社生活をしてきたせいか、背広を着ると落ち着くのです。
しかし最近は背広でない生活が多くなっていますし、背広も実はこの数年、つくっていないのです。ネクタイさえ買っていません。
そのいささか古い背広とネクタイを身につけて、今日は仕事です。
そういえば、節子は私の背広姿が一番いいといっていました。
私がおしゃれでないのを、よく知っていたのです。
まあ、そういう節子もおしゃれではなかったのですが。

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■各論の議論への違和感

会社時代、上司から指摘されたことがあります。
法学部出身の人は限られた条件を前提に結論を出しすぎると。
その人は経済学部出身でしたが、その指摘はいつも心に残っています。

それとはちょっと違うのですが、最近、気になる事があります。
各論としては正しいとしても、少し視野を広げて他の条件を加味すると途端におかしくなってしまう議論が多いことです。

先ほど、テレビで国会議員定数の話をしていました。
日本は国民から直接選ばれた国会議員が首相を選び国政を担うのだから、議員を減らしすぎるべきではないという主旨の発言をする議員がいました。
この発言は私もとても重要なポイントだと思っています。
しかし、その一方で、ではそうした多様な意見を持つ国会議員が選ばれたとして、彼らはその多様さを国会で発揮できるのか、です。

野田首相は党員である限り、党の決定に従ってもらわないといけないといい、選挙での公認の条件として、党の方針に違反しないという誓約書まで取ろうとしています。
それに署名できないとして、鳩山元首相は政界を引退しました。
「純化」といったナチスのような言葉さえ使われだしています。
そうした動きに、鹿野さんは独裁だと批判していますが、党員であれば党の決定に従うのは当然だと思う人は少なくないでしょう。

国民の多用な意見を代表させるために、議員の定数は多いほうがいい。
組織としての党の決定には党員は従うべきだ。
この2つは、それぞれとしては納得できる話ではあります。
しかし、それを合わせるとどうでしょうか。
そこからさまざまな問題が浮かび上がってきます。

大切な前提が抜けていることもわかります。
党議拘束が認められるとしたら、それは討議決定のために全党員が参加した十分な議論を踏まえて、党員たちがみんなで決定する必要があります。
いまの野田政権が、それをしているとは思えません。
蛇足的に言えば、選挙の時のマニフェストは立候補者全員の合意は不要です。
党が掲げたマニフェストに合意した人が、その党から立候補して議員になるからです。
しかし、鳩山民主党の元で当選したにもかかわらず、岡田さんや野田さんはその党議を無視しました。
私にはまったく信じ難いことです。信義のない人間に政治はしてほしくないです。
そのことをしっかりと言及しないマスコミにも愛想がつきますが。

こうしたおかしな各論的正論を、野田首相は演説で多用します。
そこだけ聞いていると納得してしまいがちです。
消費税増税も原発もTPPも、すべてそうした各論的議論ばかりが横行しています。
その繰り返しで、日本はいま壊れつつあるように思います。

対抗策はひとつです。
自らの生活の次元でしっかりと考えていくことです。
生活は各論では完結できません。
だから当然に全体的で時間軸も視野に入れた判断が要求されます。
男性と女性の違いは、生活から発想するか、各論的な個別課題から発想するかだと思います。
男性も生活をしっかりと踏まえなければいけません。

先週、お会いしたメーカーズシャツ鎌倉会長の貞末さんから、自分の着る服くらいは自分で買わないといけないといわれました。
まったくそう思います。
この週末にはシャツを買いに行こうと思っています。

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2012/11/21

■ソリューション型贈与とクリエーション型贈与

昨日、ソーシャルビジネス研究会を湯島で開きましたが、そこで話したことを少しだけ紹介させてもらいます。
テーマは「贈与」だったのですが、私は2つの贈与があると考えています。
ソリューション型贈与とクリエーション型贈与です。
ちなみに、このソーシャルビジネス研究会での私の大きなメッセージの一つは「ソリューション視点よりクリエーション視点を」です。

現在行われている多くの「贈与行為」は、体制維持のためのソリューション型贈与です。
そういっても伝わりにくいので少し説明します。
現在の工業型の資本主義の原理は大きな意味ではゼロサム的な競争です。
誰かが得をすれば誰かが損をすると言ってもいいでしょう。
大きな「ねずみ講」と言ってもいいかもしれません。

以前も書きましたが、「お金がお金を生み出す」というのは、原理的にありえませんから、誰かのお金を収奪しているに過ぎません。
工業活動によって価値が創出されていますが、これは自然を消費しているだけに過ぎません。
その結果、格差が高進します。
一方に過剰な財産を持った金銭的に豊かな人たちと私財を持てない金銭的にも貧困な人たちが発生します。
そこで2種類の贈与が発生します。
不足を解消するための贈与と過剰を放出するための贈与です。
たとえば、社会福祉施策や環境保護活動は前者の例であり、祭礼などの大盤振る舞いや有名なトポラッチは後者の例です。
企業のいわゆる「社会貢献活動」も後者と言っていいでしょう。
それらはいずれも社会体制を維持していくための問題発生を回避するための活動です。

不足の状況を克服するために、近代は「ソリューション」を理念においています。
しかし、ソリューションには2つのジレンマが内在しています。
まず、ひとつの問題を解決すれば、別の問題が発生するというジレンマです。
もうひとつは、解決すべき問題を自らが作り出していこうとするモチィベーションが生まれるというジレンマ(近代産業のジレンマ)です。
不足の時代から過剰の時代へと地平が開けてきたいま、大切なのは、ソリューションの先にあるクリエーションです。

そのクリエーションをベースにした仕組みが、経済にも求められているように思います。
そうした経済が模索されだしています。
ケアリングエコノミーや分かち合いの経済です。
あるいは「産業を基軸にした経済」ではなく「生活を基軸にした経済」です。
そうした視点に立って、贈与を考えると、クリエーション型贈与が構想されます。
価値を創造する贈与と言ってもいいですが、問題はそれが「どんな価値」を創りだすのか、です。
生み出す価値は「ささえあうつながり」「分かち合いの関係」など、新しい経済や社会の仕組みの核となるものだろうと思います。

ちなみに、これまでのソリューション型贈与は、人の関係を階層化しがちです。
そもそも「贈与」という言葉が、「贈って与える」という上下構造を内在させています。
私は贈与に変わるべき言葉として、日本語ではないのですが、「ケア」という言葉をいまは使っています。

生物としてはひ弱な人類が生き延びてきたのは、お互いに支えあってきたからだという考えが広がっています。
アリストテレスは「人間は共同体的動物である」と言っています。
共同体の基礎にあるのは、相互に贈与しあう分かち合いの原理です。
ケアの心、支えあい分かち合う志向(友愛)は、本来私たちには埋め込まれているように思います。
その原点に立って、経済や社会を改めて見直していくことが必要なのではないかと思います。
大きな枠組みとして取り組むには、あまりに大きすぎるテーマですが、まずは自分でできる身のまわりから始めることは、そう難しいことではありません。
そういう人が増えていけば、100年もすれば世界は変わるでしょう。

昨日、鳩山由紀夫さんが政治から引退するという報道がありました。
鳩山さんの「友愛政治」に大きく期待したのですが、それは時代からは一蹴されてしまいました。
友愛の理念を語ってきて、帰宅してのこのニュースにはやりきれなさを感じました。
友愛への思いを込めて、少し長々と書いてしまいました。

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2012/11/20

■節子への挽歌1905:一人で珈琲

節子
風邪は悪化を踏みとどまっています。
昨夜の集まりは早く終わるようにしてもらいました。
今日も午前中は休んでいました。
用事であれば延期もできますが、誰が参加するかわからないオープンな集まりはやめるわけにはいきません。
それで今日もまた夕方目指して湯島に来ています。
風邪のせいか、頭がんぼんやりしていて、思考力があまりありません。
こういうときには電話もかかってきません。
また私の嫌いな静寂の夕方の時間です。
最近こういう時間が多い気がします。

次の来客までまだ1時間ほどあります。
彼が来たら珈琲を淹れようと思っていましたが、一人で飲むことにしました。
湯島の喫茶店もさびれてきました。
一時は入りきれないほどのこともありましたが、最近は10人も集まれば多いほうです。
おそらく私自身に「気」がないからでしょう。

湯島のオフィスは、しかし平成元年に開いたままです。
ほとんど変わっていません。
節子の好きだったリソグラフの額がはずされている以外は当時のままです。

節子がいるときも、こんなことは何回もありました。
しかし、サロンの始まる時間が近づくと、食べ物を買い込んできた節子がドアをあけました。
いつも御徒町の松坂屋で買出しをしてきてくれたのです。
そして花を活け、軽食の準備をし、今日は誰が来るだろうなどとよく話したものです。

それにしても、10年以上、よくサロンを続けました。
会費はとらないのかといわれたこともありますが、だれでも歓待する場にしたかったのと、お金から自由になりたかったのです。
節子にはとても苦労をかけましたが、そのおかげが今の私を支えてくれています。
たくさんの人たちが、いまも私を支えてくれています。

珈琲を一人で飲んでいると、いまにも玄関のドアが開きそうです。
今日は荷物が重かったと言って、倒れこみそうになって入ってくる節子が思い出されます。
時にみんなが来る前にといって、ケーキを食べることもありました。
でもそうした喜びは、もう二度とこないのでしょう。

今日のサロンは直前の欠席者が多くて、あんまり集まりそうもありません。
風邪をこじらせないように、早く終わるようにしましょう。
サロンの前に、来客が一人来ますが、お布施をもってきてくれるようです。
多くの人に支えられて、湯島のサロンはまだ続いています。

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2012/11/19

■節子への挽歌1904:隣にポカンと穴が開く

もう一度、安藤さんのインタビュー記事からの引用です。

昨日隣にいた人が、今日はいない。そこにポカンと穴が開くのはごく当然のことでしょう。「物理的にいなくなること=死」をどう受け止めていくかによって、死者とのかかわりが生まれ、死者に対するリアリティや死者との経験、儀式や作法といったことが生まれてくる。物理的にいなくなったからといって、それですべてが終わって、無になってしまうような、そういうこと自体が現実にはあり得ないということなんです。
今日は夜の集まりがあるので、湯島に来ています。
暗くなってきました。
一人でこの時間を過ごすのが、私はとても苦痛なので、だいたいぎりぎりになるまで用事をいれているのですが、1時間ほど時間の穴ができてしまいました。
その穴ということで、安藤さんのこの言葉を思い出したのです。

昨日隣にいた人が、今日はいない。
そこにポカンと穴が開く。

この感覚は、たぶん体験した方はよくわかるでしょう。
何とかそこをうめたくなる。
そうすると、見事にうまるのです。
穴が開くことは、受け容れられないのです。
今まで隣にいた人が無になるなどということには、まったくリアリティがないのです。
にもかかわらず、そこには「存在するべき存在」がない。
だから混乱してしまいます。
しかし生命の維持機能でしょうか、存在しない人が実感できるようになってくるのです。
それで何とか持ちこたえられます。
たしかに隣にはいないけれど、どこかにいる。
それが彼岸です。
こうして人は自らを彼岸に近づけていく。
そし此岸を生きられるようになっていきます。

ところが、そのあるはずもない穴が見えてしまうことがある。
夜の帳がおりてくる、夕方こそが、その時です。
夕闇はそれを感じさせてしまうのです。
まさに彼岸と此岸がつながって、一人では耐え難いほどさびしい時間です。
夕方は、外を見たくないのですが、今日はうっかり見てしまいました。
一度見ると、そこから逃れられなくなるのです。

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■節子への挽歌1903:病気観

節子
久しぶりに風邪をひいてしまったようです。
それが理由ではありませんが、2日ほどまた挽歌を書きませんでした。
一昨日、久しぶりに若手の起業者たちのパーティに参加しました。
節子がいなくなってから基本的にはそうした集まりには参加していないので、久しぶりでした。
途中で抜け出したのですが、外はひどい雨風で、びっしょりと濡れてしまいました。
それがよくなかったのかもしれません。

昨日はゆっくりと休みましたので、何とかひどくならずにすみそうです。
大事をとって、今日は約束をひとつ後回しにして、いままで自宅で休んでいました。

体調がよくないと、いろいろと考えることもあります。
人はいつも元気であるよりも、時に体調を崩し、自らの弱さに思いをめぐらすのは大きな意味がありそうです。
宗教哲学者の安藤泰至さんが、あるインタビューで次のように話しています。

人の「心」も、鬱的な症状なんてない方がいいし、妄想はない方がいい。不安だって、ない方がいいのかもしれない。なら、取ってしまえ、ということももちろんありますが、仮に取ることができたとして、取ってしまえばその人は健康かというと、果たしてそうでしょうか。
人は、さまざまな面があって豊かになれる。
私もそう思います。
だから私は病気も健康のうちと考えていました。
風邪をひくといつも節子に話していました。
これから3日間は風邪菌に私の身体を提供するので3日間は風邪でいると。
そして4日目には、もう風邪はやめたと宣言していました。
節子はいつも笑っていましたが、節子の病気観は私と違っていました。
そして病気が節子を奪ってしまいました。
以来、わたしの病気観も変わりました。
健康的に付き合える病気もあれば、そうでない病気もある。
いまは病気が好きではありません。
病原菌に身体を提供するのは止めました。
だからしばらく風邪を引かなかったのです。

これから出かけますが、風邪がこじれないことを祈りたいです。
いつも3日では風邪は治っておらず、こじらせて大変になったこともあるからです。
今週は少し用事を埋め込みすぎました。
こういう時に限って、体調が崩れます。
こまったものです。

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2012/11/16

■大同小異の視点での政党再編成

民主党からの離党者が続出しています。
なかには自民党に入党する人までいますので、いささか選挙対策ではないかと思いがちですが、すべてがそうであるわけではないでしょう。
誠実に考えての離党者は少なくないように思います。
民主党で選ばれたにも関わらず、勝手に民主党を離党するのは裏切りではないかと言う人もいますが、国民は「民主党」に投票したのではなく、「民主党のマニフェスト」に投票したわけであり、そのマニフェストが裏切られたのであれば、離党しない事がむしろおかしいというべきでしょう。
もっともマニフェストといっても、いまの日本のマニフェストは次元の違った雑多な内容が並べられているだけのものですから(したがって私は現在のマニフェスト選挙には以前も書いたように反対でした)、マニフェストに反したというだけでは十分ではありません。

最近「大同小異」という言葉が安直に語られていますが、その「大同」に相当するところ、つまりマニフェストの根幹を軸に考えなければいけません。
福田衣里子議員が今日、離党し、新党「みどりの風」入りを表明しましたが、その記者会見で、消費税増税や民主党の原発政策に関し「弱い人の視点が欠けている」と強調したことはとても納得できます。
私の考えでは、そうした「弱い人の視点が欠けている」というようなことこそが、マニフェストでなければいけないと思っています。
たとえば、「弱い人の視点から政治を進める」ということを根幹に置けば、いまの論点である、原発、消費税、TPPをどう考えるかは明確です。

たくさんの党が乱立していて、どこに違いがあるかわからず、どこに投票していいかわからないとテレビでは盛んに語られていますが、そんなことはありません。
自らの視点や視座が明確であれば、どの政党に投票するか、あるいは投票すべきでないかは、見えてくるはずです。
情報不足と言う人もいますが、少し努力すれば、情報はいくらでもあります。
投票が難しいなどと話すキャスターやコメンテーターを見ると、選挙をだめにしているのは、こういう輩ではないかと思います。
投票が難しいのはいつも同じです。
安直に投票した結果がどうなるか、もうわかっているはずではないかといいたいものです。
そもそも選挙で代表を選ぶということは難しいものなのです。
努力も必要です。
せめてマイカーやマイホームを購入する時くらいの努力はするべきでしょう。
それさえしないで、投票が難しいなどと言うべきではありません。
タレントの人気投票とは違うのですが、テレビ人はどうも同じだと考えているようです。
彼らの多くは、たぶん投票にさえ行かないのでしょう。
国会議員の候補者になったタレント稼業の人が、これまで投票に行かなかったと発言して話題になったことがありますが、必ずしもそれは例外的なことではないように思います。

人間には直観力がありますから、難しい政策などはどうでもよく、立候補者の顔を素直に見れば、だれに投票すべきかはわかる、ともいえます。
政党も代表や幹事長の表情と話し方をきちんと見ていれば、わかります。
もちろんそれで失敗することもありますが、それは仕方がありません。
そもそも人の行動には失敗がつきものなのです。

私は明確に投票基準を持っていますので、もう政党は決まっています。
私の基準からすれば、「投票してはいけない政党」が圧倒的に多いので、今回は選ぶのがとても簡単な選挙のように思います。

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■節子への挽歌1902:湯島天神の菊花展

節子
少し時間が出来たので、近くの湯島天神に立ち寄ってみました。
いま菊花展をやっているのです。
オフィスのすぐ近くにあるのですが、節子がいなくなってから湯島天神に寄るのは2回目です。
思った以上にたくさんの人でした。
みごとな作品が並んでいました。

Kiku_2

サルの芸が人を集めていました。
そういえば、節子と一緒に時々、見たこともありました。
人の数は以前よりもずっと増えていましたが、風景は以前とまったく同じでした。

菊の花は、あまり好きではありません。


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■節子への挽歌1901:「純と愛」

節子
NHKの朝ドラは、いま「純と愛」というのをやっています。
主人公の一人である愛は、人の本性が見えてしまうので、人の顔がまともに見られない。
もう一人の主人公の純は、裏表がないので、その愛も安心して付き合えるという設定です。
純ほどではないでしょうが、私もまあ、表情と本性がかなり同じはずですので、愛に付き合ってもらえるかもしれません。
表情と本性が同じだということは、単純で何も考えていないということかもしれませんので、あまり自慢にはなりません。
むしろみんなに迷惑をかけることが多いとも言えます。
事実、その朝ドラでは、純が周りに迷惑をかけ続けています。
しかも純の言動は粗野なので、ドラマとはいえ、朝から見ていて気持ちのいいものではなく、むしろ私にとっては、不愉快なタイプです。
ですから、この朝ドラは好きではありませんが、これまでの習慣でつい見てしまいます。

表情の奥に本性を見るというのは、私から言えば、「性格の悪さ」以外の何者でもありません。
自らの心の汚れや狡さが写っているだけでしかないように思います。
もし本当に愛が純粋であるならば、すべての本性が清らかに見えるでしょう。
人をだましたことのない人は、そもそも「だます」ということが理解できないはずです。
まあドラマですから、そんな詮索は無用なのですが、

ちなみに、私は人の本性がまったく見えません。
みんな同じに、あえて言えば、「良い人」に見えるのです。
そういう自分が、私は気にいっています。
節子も気にいってくれていました。
節子も、私と同じで、裏表が使い分けられない人でした。
だから私は節子が気にいっていました。
そしてお互いに、付き合いやすかったのだと思います。

娘たちからは、私たちは「だまされやすい」といつも笑われていました。
実際に、ある意味では「だまされた」こともあるかもしれません。
しかしこれも考えようで、だまされるのは決して悪いことだけではないのです。
それを「良し」とするか「悪し」とするかだけの問題かもしれません。
それに、当事者と観察者では、その意味もまったく違うでしょう。
良し悪しは、コインの裏表でしかありません。

もしかしたら、私たち夫婦は、お互いに騙され続けているのかもしれません。
かけがえのない人、そう思い込んでいるだけかもしれません。
しかし、そう思えることにこそ、意味があるのかもしれません。
相手を完全に信頼できるという体験は、たぶんそう簡単ではありません。
最近、つくづくとそう思います。

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2012/11/15

■節子への挽歌1900:小春日和

節子
今日は気持ちの良い小春日和です。
縁側で節子とゆったりお茶でも飲んでいたくなるような日ですが、縁側で小春日和を楽しむことは残念ながら私の人生からはもうなくなりました。
近くの公園を散歩することもなくなりましたが、自然を楽しむ気持ちがなくなってしまったのかもしれません。
先日、渓谷を歩きましたが、ただただ歩いているだけでした。
1回だけ、沢蟹探しをしましたが。

自然だけではありません。
節子がいなくなってから、人も嫌いになってきているような気がします。
にもかかわらず、他者の問題についつい関わっていこうとする性格は変わりません。
そのせいか、最近は、自然の中にいるよりも人の中にいることが多くなっています。
それが不調の原因かもしれません。
昔は、人と自然がバランスしていました。
節子は自然が好きでしたから。

わが家から辛うじて見える手賀沼の湖面が、節子は好きでした。
特に小春日和のなかで湖面がきらきらと輝いているのを見ると幸せな気分になるのです。
その湖面をゆっくりと見る時間は、しかし節子には多くはありませんでした。
転居してから間もなく、節子は発病してしまったからです。
それを思うと、湖面のきらきらした反射光も悲しさを呼び起こします。
そのせいか、私はあまり見なくなりました。

しかし、そうは言っても、小春日和は気持ちを明るくさせてくれます。
最近、あまり良いことが起こらずに、気の重くなる話が多いのですが、流れが変わるかもしれないなとつい期待したくなります。
そんな気がするほど、気持ちのよい小春日和です。
今日はまたいろんなことが予定されている1日ですが、
この朝の、気持ちよさをできるだけ大事に過ごそうと思います。
節子の贈り物かもしれませんので。

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2012/11/14

■節子への挽歌1899:マレイシアもエジプトも行けませんでしたね

節子
相変わらずいろんな人から連絡がありますが、今日はうれしい人からメールが来ました。
マレイシアのチョンさんからです。
今月末に日本に来るそうです。
元気そうでした。

節子と一緒に、いろんなことをやってきましたが、その頃、出会った人からの連絡はことさらうれしいものがあります。
もし節子が元気だったら、マレイシアにもインドネシアにも行けたのに、それが少しだけ残念です。
節子はいつもチョンさんの博識ぶりに驚いていました。
もう結婚したでしょうか。

エジプトの中野さんからも手紙が来ました。
エジプト観光も復活の兆しが出てきているようです。
節子が元気だったら、間違いなくエジプトにも行けたでしょう。
これも実に残念でなりません。

不思議なもので、節子がいた頃は、テレビで観光地の番組を見ると無性に行きたくなることが少なくありませんでした。
しかし、いまはどんな素晴らしい観光地を見ても、行きたい気分がまったく起きません。
いかなくてもテレビでいいじゃないかと思ってしまったりするのです。
この違いはいったい何なのでしょうか。
節子がいた頃、なんであんなに遺跡に行きたかったのだろうかと、それがむしろ不思議です。
一昨年、パスポートを取得しましたが、もう使わないような気がしてきています。

まあ残す旅行は彼岸への旅だけでしょうか。
それも一人ではあんまり気乗りがしませんが。
節子との旅は、いつもとても楽しかったです。
旅先でもよく喧嘩はしましたが。

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■「ホモマキナ」(機械人間)への進化の時代

私たちはいま、「凶暴化することもあるマシンにかこまれて暮らしている」とアメリカの技術評論家のジェームズ・チャイルズは著書「最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか」で書いています。
そして、人類は、「ホモサピエンス」(知恵のある人)から「ホモマキナ」(機械人間)へと「進化」に向かっているといいます。
そうした新世界においては、いまや平凡なミスが莫大な被害を招きかねないことを認める必要があるし、その結果として、より高度の警戒が求められるとも書いています。

昨年の福島原発事故は、マシン事故による惨事のひとつです。
チャイルズは書いています。

たったひとつの災難、たったひとつの原因だけでは、なかなか大惨事にはいたらない。大惨事は、貧弱なメンテナンス、意思疎通の悪さ、手抜きといった要因が組みあわされることによって発生する。そうしたゆがみは徐々に形成されていく。
そして、こうした状況、あるいは現象を、チャイルズは「システム亀裂(クラック)」と呼んでいます。
最近の政治状況を見ていて(経済状況もそうですが)、社会そのものがいま、ひび割れてきていると感じていました。
今日の国会の党首討論を見ていて、ますますその思いを強くしました。
「ホモマキナ」(機械人間)の時代がやってきたのかもしれません。

政治の停滞は「惨事」とはいえないかもしれませんが、私には「形の見えない惨事」に感じます。
チャイルズの言葉をもう一度引用します。
「大惨事は、貧弱なメンテナンス、意思疎通の悪さ、手抜きといった要因が組みあわされることによって発生する。そうしたゆがみは徐々に形成されていく」
まさに最近の日本の政治体制に当てはまる気がします。
進化途中の現象なのでしょうか。

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■自公民大連合体制への懸念

つづけてもうひとつ。
国会は年内解散の方向に動き出しましたが、どうやらその背景には、自公民大連合体制が感じられます。
野田政権は、質の悪い自民党のようなものですから、それはひとつの帰結でしょう。
前にも書きましたが、野田首相は隠れ自民党のトロイの馬でしょうから。
しかし、そうした場合の対抗馬が石原新党や橋本維新の会ではいかにも救いがたい構図です。
なんだか80年前のドイツや日本を思い出します。

それにしても、離党しそうで離党しない民主党の党員にはイライラします。
「戦い方」を知らないかとも思いますが、たぶん「戦い方」を知らないのではなく、お金の呪縛のせいなのかもしれません。
ともかくお金がすべてをおかしくしています。
政党交付金などなくすべきでしょうし、国会議員の処遇は名誉職的にすべきです。
お金よりやりがいこそが、モティベーションになるようにしないと、お金の亡者だけが集まります。
そもそも新幹線でグリーン車にのっていたら社会は見えてこないでしょう。
私は30年以上前に朝日新聞に投稿したことがありますが、すべてのグリーン車はシルバー車に変えるべきだと思っています。
シルバーシートの思想ですが、料金はもちろん安くします。
私が利用する常磐線にもグリーン車はありますが、そこに若者が乗っていると、私は蹴飛ばしたくなります。
グリーン車の前後は逆に混んでしまい、高齢者は大変です。

二大政党制度は、右肩上がりの成長の時代にはよかったでしょうが、もはや時代遅れの制度だということも、これまで書いてきましたが、かといって、現在のようにわけのわからない小政党が乱立してしまうと、投票が難しくなります。
どのテレビを選ぼうかと迷うような状況ですが、テレビの時には家電販売店できちんと説明してもらえました。
選挙ではさすがにそれは難しいです。
それに約束事も守られないし、政党も移ってしまうし、もう手に負えません。
記名式投票にして、当選後の言動で支持を解除できるような制度だといいのですが。

しかし解散してほしいですが、今度の投票は難しそうです。
論点をしっかりと見据えておきたいと思います。

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■解散権は誰が持っているのか

解散権は首相の専権事項であり、しかもその時期に関しては「嘘をついても許される」と言うのが、いまの日本の政治制度では常識のようです。
しかし、これはおかしいのではないかという気がしてなりません。
内閣支持率が20%前後になってもなお、政権の座にいられるというのも納得がいきません。

ルソーは著書の中で、「イギリス人が自由なのは選挙のときだけで、議員が選ばれるや、すぐにその奴隷に帰してしまう」と書いているそうですが、まさにそんな気がします。
つまり、近代民主主義に基づく選挙とは期間限定の独裁者を選ぶ「ハレのお祭り」ともいえるわけです。
でもそうであってはいけません。

昔の王国では、適切でない国王は解任され、時には殺されたそうです。
そうした危機感があればこそ、善政が期待できるわけですが、国民の8割が不支持になっても権力が維持されるのでは、危機感は生まれないでしょう。
将来のためにいまの世代に嫌われることをやるのだという説明も何となくもっともらしさがありますが、「将来のため」ということは独断でしかなく、まさに独裁者が好むセリフです。
実際には、せいぜいが「自分の将来のため」でしかありません。
それが言いすぎなら、「国家の将来のため」だとしても、その国家とはだれのものかという課題にすぐにぶつかります。

民主党幹事長は、「いま解散したら間違いなく政権を失う」から解散すべきではないと公言しています。
つまり自らの正当性のなさをみとめているわけです。
選挙になったら間違いなく政権を失うからこそ、解散しなければならないという視点がないことにこそ、問題の本質があるわけです。
組織のためにのみ生きてくると、そうなってしまうのでしょう。

解散権は、いうまでもなく国民がもっています。
それが国民主権の意味ですが、制度は時に「違憲」でもあるのです。
解散権は首相の専権事項などという俗説を信じてはいけません。
憲法学者が何も発言しないのは、彼らが完全な御用学者だからでしょう。
同情を禁じえません。

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2012/11/12

■節子への挽歌1898:私が先に旅立ったらどうだったか

節子
ふと考えました。

もし私が先に彼岸に旅立っていたら、どうだったろうか、と。
これまでずっと、そのほうがよかったのにと思っていました。
しかし、もしかしたらそうではないのではないかと思ったのです。
毎朝目覚めた時の気持ちに、節子は耐えられるだろうか。
そう思ったのです。

先日、ある人から、ご主人を亡くした女性の知人が、むしろ元気になったというお話を聞かされました。
よく耳にする話ですが、節子はどうだったろうかと思うと、いささか微妙です。
私はあまり自立していませんが、節子もまたあまり自立していませんでした。
私たちはお互いにあまり自立していたとは言い難い。
ですから節子もまた私がいないとだめかもしれません。
娘たちは、この意見には賛成しないかもしれませんが、節子は間違いなく賛成するでしょう。
今朝、突然にそう思ったのです。

いずれにしろ、一人残された者の辛さは、実際にそうなってみないとわかりません。
耐えられないからこそ、元気を装い、再婚したりするのかもしれません。
でも節子は、間違いなく再婚はしないでしょう。
そう思います。
では元気を装えるかどうか。
たぶん少しは元気になれるでしょうが、心の中に大きな穴が出来ることは間違いありません。

そう考えると、節子が先でよかったのかもしれません。
そう考えたところで、何かが変わるわけでもありませんが、今朝、ふとそんなことを考えました。

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■節子への挽歌1897:おだて役と押さえ役

節子
人生は勢いで動いているものだということを、この頃、痛感します。
一度立ち止まってしまうとなかなか動き出せないのです。

節子がいた頃は、あまり先のことを考えずに動いていました。
動いていると何とかなるものです。
それに私が動けなくなっても、節子が動いていると、それにつられて私も動いてしまう。
そんな関係でもありました。

でもいまは違います。
一度止まってしまうと、もうずっと動けなくなりかねません。
最近の状況がそうなのです。
それではいけないと思い、大阪に出張したり、友人からまた課題を引き受けたりしてみたものの、その効果はすぐに消えてしまいます。
そして残るのは新しい約束です。
先週も、福島のある施設の人と電話であることを約束してしまったのですが、それがどうしても動き出せずにいるのです。
無理やり動こうとすれば、どこかでひずみが出てしまう。
それで逃避行してみても、事態は一向に変わらない。
袋小路です。

一人で生きていくということはこういうことなのかもしれません。
夫婦はお互いに相手に助けを期待しながら、動いてしまう。
動き出せば、助けがなくても勢いがついてくる。
勢いがついてくれば、どんどん面白くなっていく。
私がいろいろと挑戦できたのは、節子の存在が大きかったのかもしれません。
まあにわかには信じられない気もしますが、間違いないでしょう。

人生にはおだて役と押さえ役が必要です。
伴侶の役割は、その両方かもしれません。
私がいまほしいのは、そうした「おだて役と押さえ役」です。
写真の節子では、それが十分にはできません。

「おだて役」も「押さえ役」もいない人生は、疲れます。

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2012/11/11

■節子への挽歌1896:時間が経つほど辛くなることもあります

節子
節子には話していないですが、昨年の3月、東北で大きな地震が起こり、それによって大津波が三陸の沿岸を襲いました。
たくさんの人が、そのためにいのちを落としました。
今日は、その東日本大震災から1年8か月目です。
被災地ではいろいろな集まりがあったようです。

私の体験から言えば、愛する人を亡くした人たちにとっては、悲しさやさびしさがますますつのる時期です。
体験したことのない人は、1年半以上経てば、悲しみやさびしさ、辛さが少しは軽くなっていると思うかもしれません。
そんなことはありません。
深まりこそすれ、軽くなどなりません。
しかし、いつまでも悲しみを表わすのをよしとしない人も多いでしょう。
いつまで悲しみに浸っているのかと、言われそうな気がするからです。
それに、悲しみに浸っていると、ますます辛くなるということもあります。
だからと言って、見栄を張って、もう大丈夫などと言うのも、辛いものがあります。
そんな複雑な時期なのですが、テレビでの報道を見ていると、なにか辛い気がします。
テレビのカメラを向けられたら、私も元気そうに笑うでしょう。
自らの心を素直に表現することなど、そう簡単に出来ることではありません。
そういう人たちの表情をついつい深読みしてしまう自分に時々気づきます。
だから、そういうニュースや番組を見るのが好きではありません。

私の場合、ただ妻を亡くしただけなのに、時間は癒してくれません。
娘たちがいるにもかかわらず、です。
家族を一挙に失った人の悲しみはいかばかりでしょうか。

節子を見送って5年以上経つのに、まだこんな状態です。
節子
今年もまた、寒い冬が来ました。
心身をあたためてくれる節子がいない冬の寒さはこたえます。
東北はもっと寒いでしょう。
彼岸はあったかいのでしょうか。

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■節子への挽歌1895:また訃報です

節子
昨夜、訃報が届きました。
節子の叔父さんの中川さんです。
節子にとっては、いろんな思い出がある人です。
節子がいたら一緒に滋賀までお別れに行くのですが、今回は弔電で許してもらいました。
滋賀にいる節子の血筋の親戚も、ほとんどがもう代替わりです。
だんだんと縁はうすくなっていくのでしょうね。

節子と私の結婚は、最初は両親も含めて、最初はあまり賛成されなかった結婚でした。
中川さんは節子の生家の本家だったので、とりわけ東京の人との結婚にはあまり賛成ではありませんでした 
それに私は結婚式もしないと言っていたからです。
結局、節子の親戚を中心にした結婚披露宴はやることになりましたが、当時の私にはあまり本意ではありませんでした。
幸いに、節子の両親はとても理解のある人たちで、私の生き方の味方になってくれましたが、本家や親戚との関係でかなり苦労したはずです。
節子も、私と同じく、両親の反対を押し切っても自分をつらぬくところがありましたが、それもあって節子自体も親戚づきあいは苦労したのだろうと思います。
しかし、私には一言も愚痴をこぼしたことはありませんでした。

その中川叔父が亡くなりました。
一足早く彼岸に旅立った節子と間もなく再会でしょう。
さてどんな再会をするでしょうか。

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■ネットからはなれた生活

いささかさまざまなことに疲れてしまい、先週後半、世間からの逃避行に出かけていました。
自然の中で、それなりにのんびりし、それなりにハードに身体を動かしていました。
携帯もメールもやめていたのはたった2日半ですが、それでもいろいろと自分の生き方を見直す契機にはなりました。

昨日の午後、パソコンと携帯を開き、留守電やメールへの対応をしましたが、なんとなく続ける気にならず、先ほどまで、また1日、パソコンから離れていました。
毎週日曜日に更新することになっているホームページは、先週更新せずに知人に心配をかけてしまったので、最小限の更新だけしておきました。
フェイスブックは4日間見ていないので、かなりたまっているでしょうが、私からの発信もしていないので、私に絡んだ記事はあまりありません。
フェイスブックのイメージも、ちょっと変わってしまいました。

この間、「構造災」(岩波新書)を読みましたが、そこに「逸脱の常態化」ということが書かれていました。
ルールの逸脱が常態化していくことが、安全に大きな影響を与えることを指摘しているのですが、生き方においても同じ落し穴があると思いました。
最近の私の生き方は、まさに「逸脱の常態化」が進行しています。
素直に考えて、生き方としてやはりどこか間違っていると感じ出したのです。

朝起きて先ず私がやることはパソコンの電源を入れ、メールをチェックすることです。
そして就寝前には、やはりメールチェックをして、パソコンを切るわけです。
これはやはりどう考えてもおかしい、そう感じたのです。
先日、大阪に出かけたときも、新幹線の中でアイパッドでメールやネットをやっていました。
そのおかげで、たしか米原近くまで外を見ることもありませんでした。
お金に呪縛される生き方からは、かなり自由になっていると思っていましたが、
気がついたらネットに呪縛されているようです。

実は「逸脱の常態化」に関しては、もっと大きな逸脱も感じてしまいました。
以前から私は、社会から大きく脱落していると実感しているのですが、そこにある「優越感」も感じていました。
社会そのものが、私にはひどく間違ったものになっているような気がしているからです。
しかし、間違っているのは自分ではないのかという気がしてきました。
もしそうだとすれば、それこそ私は正しく社会から脱落しているわけです。
優越感などではなく、反省をしなければいけません。

とまあ、4日ほど、社会の流れから少し外れて暮らしただけで、自らをそれなりに相対化することが少しだけできました。
かなり気が重くなってしまったのですが、まあ少しずつ軌道修正しながら、ネットもほどほどまた再開しようと思います。
たまりにたまった課題や約束は、明日から解消していきます。

それにしても、疲労はあまり蓄積させないほうがいいですね。
まだ回復できずにいます。
回復の方法がわからないので、仕方がないのですが。

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■節子への挽歌1894:逃避行

節子
ちょっと疲れがたまってきてしまいました。
身体的な疲れでも精神的な疲れでもなく、なにかよくわからないのですが、何かが切れそうな疲れです。
こんな書き方をすると、心配されそうですが、心配は全く不要です。
こういうことは、前にも何回かありました。
節子がいた頃は、節子がそれを修復してくれましたし、節子だけではだめな時には、東大寺の二月堂で瞑想したりしていました。
それができなくて、ちょっと不安定になっていました。
それで2日間の逃避行を行いました。
2日間というのが、いかにも地味ですが。
湯河原で電話やネットを遮断していました。
自転車でサイクリングしたり、渓谷を散策したり、まあそれなりに自然に馴染んだ2日間でした。

帰宅後の2日間も基本的にパソコンから離れて過ごしました。
テレビのニュースもあまり見ませんでした。
昨今のニュースは、いささか尋常ではないことが多すぎるからです。

しかし4日間の休息にもかかわらず、なかなか疲れは抜けません。
それにどうも最近、人間嫌いから抜け出せないのです。
意識と心身が、どうも同調しないのです。
困ったものです。
約束事も含めて、課題リストが山積みですので、明日から少しずつ解消していく予定ですが、
挽歌もまたたまってしまいました。
せめて挽歌だけでも追いついておこうと思います。
続けざまに3つアップします。

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2012/11/08

■田中真紀子さんの失策は憎めません

私は、田中真紀子さんが好きなのです。
評判はあまり良くありませんが、とても単純でわかりやすく、そのため何回も間違いを起こすところが、なんとなく好感が持てるのです。
そうした当然の結果として、またまた大失策でした。
どう考えてみても、思慮不足でしょうが、あるいは文科省の官僚にやられてしまったのかもしれません。
相手は田中さんほどの単純な頭で太刀打ちできる相手ではありません。
小泉首相(当時)に切られた時と同じように、悔しそうでした。
それが実にいい。
まあご主人とお似合いのカップルです。
これは皮肉ではなく、褒め言葉です。念のため。

結果的には良い結果になりました。
これくらいの波風が立たないと、流れは変えられないものです。
まあ今回のことが3大学には「よい宣伝」になったまどと、余計なことを話したのも批判されていますが、実に意味深い言葉でもあります。

アメリカは私の期待に反してオバマが当選しましたが、大統領選に投入された巨額なお金は、まさに現代のトポラッチです。
消尽することで、社会を持続させる知恵によるものではないでしょうが、結果としてそうなるでしょう。
しかしそこに投入された資金は、すべて金融資本と汗しない人たちを潤すわけです。
実に虚しさを感じます。

地方交付金の支払が遅れると自治体は金融機関からお金を借り入れなければいけないと指摘されています。
これも視点を少し変えれば、金融資本への不労所得の提供でしかありません。
財務省にとっては、良いことづくめです。
そうした視点での報道やコメントはまったくありませんが、政治の停滞が誰を利しているかは少し考えればすぐわかります。

田中さんには、そうした小賢しさは感じられません。
私は、田中角栄もどうしても嫌いにはなれないのですが、小賢しいよりも単純なバカな人のほうが好きなのです。
もしかしたら自分もそうだからかもしれません。

大学は自らが先ず大きく変わらなければいけません。
その方法は極めて簡単です。
新しいミッションに基づいて、自己設計しなおせばいいだけの話です。
お上に認可されなければいけないような、産業としての大学はもう不要ではないかと思います。

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2012/11/07

■節子への挽歌1893:生と死は裏表であって、後先ではない

節子
昨日は1日がかりで冲方丁の「光圀伝」を読みました。
あまりにも分厚い本なので途中で少しだれてしまいましたが、夜中までかかって読み終えました。
「光圀伝」は、愛と義と生がテーマです。
まあそう思うのは、私だけかもしれませんが、この小説は2つの死の話から始まります。
それが中途半端でなく、強烈なエピソードなのです。
極めて映像的で、今も頭からイメージが消えないほどです。

最初の死は、光圀自身が自ら愛する部下を「義」のために殺す死です。
2番目の死は、光圀の父が、やはり愛する芸人を斬首し、その愛を形にする死です。
いずれの場合も、殺される人はそれを十分に予感して、光圀やその父の前に出てくるのです。
出てこない選択は十分にあるにもかかわらず、です。
つまり「生きるための死」とさえも言えるかもしれません。
実に哀しく、実に恐ろしい話です。
節子にはとても受け容れ難い話でしょう。
私も、嘔吐したくなるほどの酷い話です。
以前なら、こんな話は心には残らなかったかもしれません。

しかし、本書を読み終えて感ずるのは、ある安堵感です。
死は決して醜くはなく、哀しくもなく、分かち合えるものかもしれないという、不思議な感情です。
とてもあったかな並行線が敷かれていることもありますが、それだけではありません。
死が、愛と義とを踏まえて語られているからです。
意味があれば、どんな死も報われます。

そもそも人に「死」という概念が生まれたのは、いつのことなのでしょうか。
もしかしたら、それは過渡的な一時の現象かもしれないという気もします。
もう少ししたら、死という概念がなくなるかもしれません。
個体の生が、大きな生に組み込まれていくということなのですが。
そして大きな生は、終わりようがありません。

愛する人の死を体験した人がすべてそうだと思えませんが、
少なくとも私の場合は、死の意味が一変しました。
私の一部が死に、節子の一部が生きている。
そういう感覚の中では、死と生とは同時に存在する裏表であって、後先ではないのです。

またいささか不消化のことを書いてしまいました。
「光圀伝」のメッセージはなんなのだろうかと、今日、1日考えていたのですが、それがわかりません。
しかし、出だしの2つの死のエピソードは、心に深くひっかかってしまっています。
だからともかく何かを書いておきたかったのです。
どこかで節子につながっているような気がしたからです。
それが何かはまだわかりませんが。
節子に、またわけのわからないことを書いてるわね、と言われそうです。
困ったものです。

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2012/11/06

■活断層か地滑りかの判断で慎重になるのではなく、原発の稼動に慎重になるべきでしょう

現在稼働中の大飯原発で、原子力規制委員会の現地調査の結果、活断層の疑いがさらに強まりましたが、見方は相変わらず分かれているようです。
昨夜のテレビでは、活断層だと考える渡辺東洋大教授と地滑りではないかとする岡田立命館大教授のやりとりが報道されていました。
いずれが正しいのかは、私にはわかりませんが、どうも言葉遣いのおかしさがとても気になりました。
しかし、それをコメントした人は私の知る限りではいませんでした。
どこかにおかしさを感じます。

テレビでは岡田教授が、「今回のような地層のずれは地滑りなどでもできるから、判断は慎重にすべきだ」というような発言をしていました。
私が違和感を持ったのは、「慎重に」という言葉です。
すでにその地上で原発が稼動しているのですから、最悪の事態を考えることこそ「慎重」ということのはずです。
岡田教授はよほど原発の稼動を応援したいのでしょうか。
そう思わざるを得ません。
そして、そういう言葉使いを見過ごす周辺の人もどうかなと思います。
たとえば報道ステーションの古館さんです。
活断層か地滑りかの判断で慎重になるのではなく、原発の稼動に慎重になるべきでしょう。
言葉は、正しく使わなければいけません。

こうした事例は、最近は事欠きません。
たしかに辞書的には正しい使い方でしょうが、でもどこかおかしい。
そうした体験は、みなさんにはないでしょうか。


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■節子への挽歌1892:心身のよどみ(2012年11月6日)

節子
今日は雨です。
最近どうも調子が良くありません。
具体的にどこがどうと言うわけではないのですが、世界がよどんで感ずるのです。
どうもこの1年、生活が粗雑になってきていることも実感しているのですが、そのせいかもしれません。
節子がいなくなって以来、生活に対する投げやりの気分がどこかにあるのです。
そんな生き方は、私の信条に大きく反するのですが、心身がそうなっているので仕方がありません。
時折、とても前向きになって、その気になるのですが、そして行動も起こすのですが、少しすると、そのこと自体がとても空虚な活動のように思えてしまうのです。
そうなると心身が止まってしまうのです。
世界がよどんでいるのではなく、私自身の心身がよどんでいるのでしょう。

そのせいか時間はあっても心身が動かず、毎週日曜日に更新しているホームページの更新ができませんでした。
ちょっと就寝時間を遅らせばできることなのですが、それができなかったのです。
そうしたら月曜日に2人の人から、どうかしたのか、心配している、という早速にメールが届いたのです。
毎週、几帳面に読んでくれている人がいることに感謝すると共に、やはりよどんでいるのは私自身なのだと気がつきました。

よどみは、正さなければいけません。
つい最近も、同じことをやったような気がします。
心身を正すために、何かをやったような気がするのですが、今はそれも思い出せません。
6年目にして、このありさま。時間は癒してなどくれないのです。

今日は近くのあやめ園に、あやめをもらいに行く予定でした。
手賀沼沿いのあやめ園が閉園になるのです。
節子と何回も通ったところです。
節子がいたら、そうしただろうからです。
でもあいにくの雨模様。止めてしまいました。
節子もたぶんそうしたでしょう。たぶん、ですが。

世俗の雑事によどみがちな心身を休ませるために、今日はこれからめずらしく、本でも読もうと思います。
あまりにも分厚いので、読めずにいた「光圀伝」です。
それにしてもこの本は分厚いです。700頁以上ある。
節子がいたら、本などは読まずにすむのですが。

外は雨です。
雨も好きですが、心身がよどんでいる時には青空がほしいです。

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■なぜ人は繰り返し騙されるのか

昨今の政治の報道を見ていて思うのは、「なぜ人は繰り返し騙されるのか」ということです。
野田首相にはみんな何回も騙されているのに、自民党はまだ相変わらず騙され続けようとしています。

なんでみんな振り込み詐欺にあうのだろうと不思議ですが、実はそう思っている人でも、いざ当事者になってしまうと、繰り返し騙されるのかもしれません。
私はかなり単純ですから、騙されることも少なくありません。
しかも、同じ手口で繰り返し騙されることもあります。
そもそも「騙されているな」と思いながら、騙されることさえあるのです。
もしかしたら、私自身まさにいま、その渦中にいます。
しかも複数の渦の中に。
ちょっと疲れだしていますが。

人はたぶん、「騙される」という本性を持っているだろうと思います。
そして「騙されること」が、生きていくうえで、たぶん有益なのではないかと思います。
そうでなければ、これほどみんな騙され続けることはないでしょう。
世の中で起きていることには、みなそれぞれに理由があるはずですから。

そう思って考えてみると、たくさんのことに騙されてきたことに気づきます。
もちろん今も、です。
あるいは、自分が誰かを騙してきたかにも思いが至ります。
そして、一番繰り返し騙してきた相手は、実は自分だということにも気づきます。

私の信条の中で、一番大事にしていることは、「嘘をつかない」「裏表を持たない」ことです。
もっと言えば、できるだけ自分を開いていくことです。
それが一番心身に、生命に、素直だからです。
嘘を言うのは疲れます。裏表の人生はもっと疲れるでしょう。
それにもかかわらず、私もたくさんの「騙し」を行っています。
それに気づくと少し気が重くなります。

意識的に嘘はつかなくとも、結果的に嘘になっていることは多いようです。
嘘も方便、という言葉もあります。
嘘の効用というのも、間違いなくあるのでしょう。

しかし、それにもかかわらず、いまの政府の嘘には受け容れ難い嫌悪を感じます。
あまりに騙しを安直に濫用しているのではないか。
それに迎合したマスコミも、同じです。
社会のよどみを感じる毎日です。

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2012/11/05

■「まちづくり編集会議」が出版されました

茨城県の小美玉市にある文化センター「みの~れ」は、私が知る限り、日本で一番と言っていいほど、地域にしっかり根づいている文化センターです。
企画・建設段階からささやかに関わらせてもらっていますので、いささか「ひいき目」かもしれませんが、いつ行っても住民たちで賑わっています。
「住民主役・行政支援」で進められた文化センターづくりのプロセスが面白く、それを住民たちに呼びかけて、みんなで本にしました。
「文化がみの~れ物語」(茨城新聞社)です。
その「みの~れ」もオープンして10年です。
先週末からこれまたにぎやかに10歳記念事業が、住民たちの手によって開催されています。

記念事業の一環として、また住民たちが本を出版したいと言っているので手伝ってくれないかと、「みの~れ」の館長がやってきたのは1年以上前です、
10年前の苦労を思い出すと、あまり気が乗らなかったのですが、予算はいくらですかと質問したら、予算はないというのです。
その言葉で引き受けることにしました。
予算がないということは、資金集めから住民たちが汗をかかないといけないということです。
予算を消化するような仕事は、私には興味がありません。
だれか一人でもいいのですが、本気でやろうとする人がいないと、面白くなりません。
面白くないことは、余命少ない私としてはやる価値はありません。

そして、11月3日。まさに「もの~れ」10歳の誕生日に本が出版されました。
「まちづくり編集会議 住民主導の文化センターにつどう人たちの物語」です。
本の紹介はホームページ(CWSコモンズ)に書きました。この本にはたくさんの住民たちが登場しますが、文化センターの効用がよくわかるとともに、まちづくりとは何かもわかってもらえると思います。

Book_2

早速、それを手にした住民の一人からメールが届きました。
本にも登場している人です。
その人とはもう15年ほどお会いしていません。

さてこの本をみんなで売らなければいけません。
1800円とちょっと高いのですが、たくさん売れれば利益が出るかもしれません。
湯島のオフィスにも在庫するようにしますので、ご関心のある方は遊び方々買いに来てください。
私の淹れた珈琲もサービスします。
「みの~れ」でももちろん販売していますし、ネットでも購入できます。

しかし、それよりも、もし機会があったら、小美玉市の「みの~れ」に行ってみてください。
とても魅力的な文化センターです。
お茶室まであるのですよ。

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■節子への挽歌1891:歯ぎしり

節子
相変わらず難題から解放されず、真夜中に眠れなくなることがあります。
節子が隣で寝ていた頃は、こんなことは絶対にありませんでした。
もし心配事で目が覚めても、節子を起こして、話を聞いてもらえば、心が静まったからです。今は、それもかなわず、ただただ目が冴えてくるのに耐えなければいけません。

先週、歯医者さんから、人はみんな寝ている時に歯ぎしりしていると教えてもらいました。
私の上下の歯の咬み合せが、最近ずれてきている気がしてきたので、訊ねてみたのです。
そうしたら、それは歯ぎしりのせいで、歯ぎしりの原因はストレスだといわれました。
起きている時のストレスを、人は寝ている時に調整するのだそうですが、それがどうも歯ぎしりを起こしているわけです。
夜中に目が覚めるのも、たぶんストレスのせいでしょう。
歯ぎしりだけでは解消できないほどのストレスなのでしょうか。
たしかに、心当たることはあります。

しかし、私には歯ぎしりの意識がまったくありません。
長年、一緒に寝ていた節子から歯ぎしりしていたことなど聞いたこともありません。
ほんとうに寝ている時に歯ぎしりしているのかとても気になりだしました。
節子がいたら、お互いにどんな歯ぎしりをしているのか、確かめ合うことができたと思うと少し残念です。
私は、好奇心はそれなりに強いほうで、なにかが気になると究明したくなるのです。
歯ぎしりは、残念ながら違う方法で確かめなければいけません。

生きている以上、ストレスのない人はいないでしょう。
その解消法はいろいろあるでしょう。
就寝中の歯ぎしりも、正しい生命現象なのでしょう。

節子がいなくなって以来、私のストレス度合いは高まったかどうかはわかりません、
しかし、間違いなく言えることは、ストレスを解消する手立ては大きく失われたということです。
いまは就寝中の歯ぎしりぐらいしかないのかもしれません。
何かを楽しむという志向もほとんどなくなりました。
いや、楽しもうと思っても、正直、楽しめないのです。

にもかかわらず、体調は節子がいなくなってからのほうがいいかもしれません。
私の体調の悪いところを、まるで節子が持っていってくれたような気さえします。
節子はそういう人でしたし。
しかし、ストレスだけは持っていってくれなかったようです。
むしろ山のように置いていったのかもしれません。

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2012/11/04

■節子への挽歌1890:一本のお線香

節子
今日、お墓参りにいったら、節子の書道の先生だった東さんに会いました。
東さんもご主人をかなり前に亡くされていて、そのお墓が節子のお墓のすぐ近くにあるのです。
東さんも、今でも毎月2回、お墓参りに行かれています。
そして、ご主人のお墓をお参りした後、必ず節子のお墓にお線香を一本あげていってくれるのです。
もう4年以上、それが続いています。
いつもは朝早いのだそうですが、今日はとてもあたたかだったので、お昼過ぎに散歩をかねてお墓参りに来たのだそうです。
お墓でお会いするのは初めてでした。
とてもお元気そうでした。

節子が東さんのところに書道を習いに行きだしたのは、いつからだったでしょうか。
書道を習うというよりも、ともかくいつも楽しそうでした。
4人ほどの小さな仲間だったようですが、みんなとても楽しい人で、病気が再発してからも、調子の良い時にはでかけていました。
いつもお菓子を持ち寄っていたようですが、病気になってからはあんまり食べられないとお土産に持ち帰っていました。
節子は、いろいろな人に支えられていたのです。
病気になっても、再発してかなり辛くなってからも、そうした仲間たちの集まりには、できるだけ節子は参加していました。
私と一緒にいるよりも、友だちと一緒にいるほうが楽しいのかと冗談を言ったこともあるほどです。
そして、節子は、その人たちに今もなお支えられているのです。
人の生き方は、死んだ後にはっきりと見えてくるものかもしれません。

東さんが毎回、節子のお墓に寄ってくださるのは、やはり伴侶を亡くされた体験からではないかと思います。
伴侶を亡くす体験で、死に対する考えを変えた人は少なくないでしょう。
私も、その一人です。
死者とのつながりを、実感できるようになるのです。
去るものは日々に疎し、という言葉がありますが、決して、そうはならないのです。
東さんの世界には、まだ節子がいるのです。
とてもうれしいことです。

いまもわが家の和室には、節子が東さんの指導で書いた書の作品がかけられています。

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2012/11/03

■節子への挽歌1889:自分を癒す力は自分の中に備わっている

節子
昨日書いたOさんから、「自死遺族のためのワークショップ2011年度作品集」をもらいました。
自死遺族の人たちを対象とした、コラージュづくりのワークショップの報告書です。
その「はじめに」にディレクターの林かずこさんが次のように書いています。

コラージュが教えてくれた一番衝撃的なこと。
それは、私たちの無意識(潜在意識)は自覚していようといまいと、「生きよう」としていることを、「それでも生きていく」ことを伝えてくれていました。
これには本当に驚きました。
顕在意識では「辛い」「苦しい」「死にたい」「消え去りたい」と思っているのに、無意識は「生きよう」「それでも生きていく」と伝えてくるのです。
現実はとても過酷なのに、無意識は常に生きる道、生きる方法を探っているかのようでした。
この無意識からのメッセージに人間の持ついのちの力、生きようとするパワーを目の当たりにしたようであり、自分の中にいる自分からのメッセージのようでもあり、光を見つけた思いでした。
安田先生の仰った「自分を癒す力は自分の中に備わっているんです」という言葉がとても印象的で、勇気を頂きました。
私の体験からも実感できる話です。
もっとも、「生きたい」という時の「生きる」意味は、人によって大きく違います。
しかし、「癒す力」があればこそ「生きる」ことが可能になるはずですから、「癒す力」と「生きる力」とはたぶん同じものであり、それが自分の中にあることもまた、間違いなく事実です。
ただおそらくそれは、意識の世界の話ではなく、無意識な世界の話のように思います。
だから、実際に体験した人の言葉であれば素直に聴けますが、もっともらしく諭されたりすると拒絶したくなります。

いずれにしろ、自らのことを一番知らないのは、自らの意識かもしれません。
そして、自らのことを一番知っているのは、たぶん自らのいのちです。
私は、できるだけ、みずからの「いのち」に素直に生きようとしています。
そのため時に間違いを犯しますし、身近な人に迷惑をかけることもある。
しかし、にもかかわらず、笑いは絶えません。
涙が出てきても、少しすれば、また笑えます。

私のフォワードな生き方は、いのちへの素直さのおかげだろうと思っています。

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2012/11/02

■節子への挽歌1888:フォワードな生き方

節子
先日、大阪で自死遺族のネットワークを立ち上げたOさんとお会いしました。
3年前に東京で開催した自殺のない社会づくりネットワークの公開フォーラムに参加したのが契機になった関係で、そのネットワークにささやかに関わらせてもらっています。
最初はちょっと頼りなかったネットワークも順調に育ってきていますが、同時に、Oさんも会うごとにとても強くなってきているように思います。

そのOさんから、私が使っている「フォワード」という言葉が気になっていると指摘されました。
彼女の仲間でもあるSさんも、それが気になっているらしく、私に会ったら訊いておいてほしいといわれたそうです。
その気持ちはよくわかります。

フォワードとは、最初は自殺企図者や自殺未遂者を表わす言葉として考え出しました。
「自殺」という言葉を使いたくなかったので、呼び方を代えようと思い、自殺防止活動をしている人たちが「ゲートキーパー」と呼ばれていたことにつなげて、「フォワード」と命名しました。
そして、フォワードの人たちを中心にしたフォーラムを今春開催し、その後、毎月、湯島でフォワードカフェを開いています。
しかし、そうした活動を始めてから、意識がかなり変わりました。
いまはフォワードを、自殺に限らずに、「ちょっとつまづいてしまったけれど、それを乗り越えて、前に向かって進みたいと思っている人」と捉えています。
OさんやSさんは、その「前に向かって進みたいと思っている」という点に違和感をお持ちなのだろうと思います。
前になんて進めないし、進みたくない、という気持ちのあることを佐藤さんは知っていますか、と問われているのかもしれません。

言葉の問題は、実に難しい。
Oさんからは、毎回、言葉の指摘を受けます。
Oさんは子どもの頃、父親の自死を体験しているのです。
人は、自らの体験や境遇を踏まえて、言葉を理解します。
私もまた、節子を見送った後、言葉の意味が大きく変わったのを体験しています。

私自身も、前になんか進みたくないと今でも少し思っているところがあります。
節子を見送ってから、ある意味では私の時間は止まっていますから、そもそも前に進むという概念さえなくなっているのかもしれません。
しかし、そうはいっても、「フォワード」という言葉は気にいっています。
私の素直な気持ちで命名した言葉であり、決して観察的な他人事ではなく、私自身に重ねながら考え出した言葉だと、最近は思えるようになってきました。

お2人に、今春の「フォワードフォーラム」で話したことを改めて伝えました。
そこでお話したのは、次のような話です。

最後にフォワードについて一言補足しておきたいと思います。
フォワードという名前には「前に向かって進む」という思いを込めていますが、実際には前に進めない時もある。何が何でも前に進むというのではなく、立ち止まること、あるいは時には後向きになることがあってもいい。
でもそれも含めて、前に進んでいく人と一緒に、ゆっくりとゆっくりと自分も前に進んでいきたいと思います。そのためにも、安心して話し合える場、安心して自分をさらけだせる仲間がもっともっと増えていくといいなと思います。
その報告書を改めて読み直してみると、フォワードの意味はもっと広いような気がしてきます。
みんなと一緒に生きることを大切にしたいというような意味と言っていいでしょうか。
無理をして前に進もうという意味ではなく、前に進んでいる周りの人を認めよう、一人だけで自分の世界に引きこもりつづけるのはやめよう、というような意味でもあります。

OさんとSさんへのメールの最後に、次のような文章を付け加えました。

私はそもそも「素直に生きること」が「フォワードな生き方」だと思っているのです。
自分に素直になるといってもいいかもしれません。
素直になれば、とても生きやすい、そして気がついてみると前に少しだけ動き出している。
それが、妻を亡くしてからの、私の5年間でした。
節子がいなくなっても、私は素直に生きられるようになっているような気がします。

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■仕事とお金の話

「働くことと生きること」について書くといいながら、延び延びになっていますが、これまでこのブログに書いてきた、仕事とお金にまつわる記事をホームページに少しピックアップしました。
ちょっと長いですが、ご関心とお時間のある方はお読みください。
http://homepage2.nifty.com/CWS/work.htm

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2012/11/01

■京都の弘道館にぜひ行ってみてください、

昨日、京都の有斐斎弘道館に立ち寄らせてもらいました。
挽歌編でも書きましたが、ここは江戸中期の儒者・皆川淇園が1806年に創立した学問所です。
長らく放置されていましたが、3年ほど前にそこにマンション計画が出てきたため、保存運動が起こりました。
その中心になったのが、伝統文化プロデュース連の濱崎加奈子さんと有識菓子御調進所「老松」の太田達さんです。
心ある人たちの支援を得て私募債を発行、なんとかマンション計画は阻止し、残っていた建物と庭を整備しました。
いまは茶室での茶会やさまざまな講座などにも取り組みだしています。
しかし、その維持は時間的にも経済的にも大変です。

お2人の取り組みは、前からお聞きしていましたが、先月、濱崎さんが湯島にやってきて、その後のお話を聞かせてくれました。
お2人の無謀さに脱帽するとともに、弘道館を残さないといけないという思いが出てきました。
と言っても、私に何ができるか、悩ましい課題です。
しかし、何かやれることがあるはずです。

これから考えていこうと思いますが、まずはできるだけ多くの人に、京都の弘道館のことを知ってもらい、できればそこを一度訪れてもらうことだと思いました。
弘道館の詳しい案内は次のサイトにあります。
http://kodo-kan.com/profile.html
機会をつくって弘道館に訪れていただければ、とてもうれしいです。
周りの人に弘道館のことを話してくださったら、もっとうれしいです。

またもし、弘道館を応援できる良いアドバイスなどあれば、教えてくれませんか。
一緒に考えてくださる人がいたら、もっともっとうれしいです。

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■節子への挽歌1887:濱崎さんと太田さんのおもてなし

節子
昨日、京都の弘道館に立ち寄ってきました。
ここは江戸中期の儒者・皆川淇園が1806年に創立した学問所です。
長らく放置されていましたが、3年ほど前にそこにマンション計画が出てきたため、保存運動が起こりました。
その中心になったのが、節子も会ったことのある濱崎加奈子さんと太田達さんです。
そして私募債を発行して、なんとかマンション計画は阻止したのですが、資金的にも人的にも、大変な苦労をしているようです。
先日、濱崎さんが湯島に来てくれて、その後の経緯を話してくれました。

残念ながら私は淇園のことを知りませんでしたし、京都の文化にはなじみもなく、何をしていいかわからないのですが、何かしなければいけないと思ったのです。

節子がいなくなってから、私の中にひとつの新しいルールのようなものが生まれてきています。
意識的につくったルールではなく、自然と動く心の流れとで言ったほうがいいでしょう。
それは、節子のことを気にしてくださった人には、なにかをしたいという無意識な心の動きです。
心がそう動いたとしても何かが出来るわけではありません。
しかしいま振り返ってみると、そうした心の動きを感じます。

節子が病気で大変だった頃、濱崎さんから美味しそうな冷菓が届きました。
間違いなく太田さんがつくったものだと思いました。
太田さんは有識菓子御調進所「老松」のご主人でもあるのです。
さりげない、そうした気遣いは、深く心に残ります。
以来、実は太田さんにはお会いしていませんでしたが、忘れたことはありません。

昨日は、自分になにか出来ることはあるかを考えるために、濱崎さんにお願いして、弘道館を見せてもらいにいったのですが、庭などを見せてもらっていたら、太田さんが手づくりのお菓子をもって現れたのです。
思ってもいなかったことなので、少し慌ててしまいました。
濱崎さんが点ててくださったお茶と一緒に、弘道館の貴人用の茶室でいただきました。

太田さんとは何年振りでしょうか。
しかもゆっくりとお話しするのは初めてです。
しかし話し出してすぐに心が開けてくるのを感じました。
思いのほぼすべてが、とても共感できるのです。
話は途切れることなく、すっかり長居してしまいました。

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お暇する時になって、初めてあの冷菓のことを思い出しまた。
そしてずっと気になっていたお礼の言葉を言うことができました。
そうしたら、太田さんから「文章を読ませてもらいました」と言われました。
どの文章だろうか、といささか冷や汗をかきました。
今は全く記憶がないのですが、もしかしたらお礼の手紙を書いていたのかもしれません。

弘道館の庭は、とても親しみが持て、心なごむ庭でした。
私は2時頃にお伺いしたのですが、門から玄関まで打ち水されていて、とてもすがすがしいおもてなしでした。
お茶の飲み方も知らない私でも感激したのですから、節子が一緒だったら、どんなに感激したことでしょう。
お土産にまた、太田さんのお菓子をいただきました。
節子に供えさせてもらいました。

さて私になにかできることはあるでしょうか。
節子
知恵と力をくれませんか。

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