« ■節子への挽歌1893:生と死は裏表であって、後先ではない | トップページ | ■節子への挽歌1894:逃避行 »

2012/11/08

■田中真紀子さんの失策は憎めません

私は、田中真紀子さんが好きなのです。
評判はあまり良くありませんが、とても単純でわかりやすく、そのため何回も間違いを起こすところが、なんとなく好感が持てるのです。
そうした当然の結果として、またまた大失策でした。
どう考えてみても、思慮不足でしょうが、あるいは文科省の官僚にやられてしまったのかもしれません。
相手は田中さんほどの単純な頭で太刀打ちできる相手ではありません。
小泉首相(当時)に切られた時と同じように、悔しそうでした。
それが実にいい。
まあご主人とお似合いのカップルです。
これは皮肉ではなく、褒め言葉です。念のため。

結果的には良い結果になりました。
これくらいの波風が立たないと、流れは変えられないものです。
まあ今回のことが3大学には「よい宣伝」になったまどと、余計なことを話したのも批判されていますが、実に意味深い言葉でもあります。

アメリカは私の期待に反してオバマが当選しましたが、大統領選に投入された巨額なお金は、まさに現代のトポラッチです。
消尽することで、社会を持続させる知恵によるものではないでしょうが、結果としてそうなるでしょう。
しかしそこに投入された資金は、すべて金融資本と汗しない人たちを潤すわけです。
実に虚しさを感じます。

地方交付金の支払が遅れると自治体は金融機関からお金を借り入れなければいけないと指摘されています。
これも視点を少し変えれば、金融資本への不労所得の提供でしかありません。
財務省にとっては、良いことづくめです。
そうした視点での報道やコメントはまったくありませんが、政治の停滞が誰を利しているかは少し考えればすぐわかります。

田中さんには、そうした小賢しさは感じられません。
私は、田中角栄もどうしても嫌いにはなれないのですが、小賢しいよりも単純なバカな人のほうが好きなのです。
もしかしたら自分もそうだからかもしれません。

大学は自らが先ず大きく変わらなければいけません。
その方法は極めて簡単です。
新しいミッションに基づいて、自己設計しなおせばいいだけの話です。
お上に認可されなければいけないような、産業としての大学はもう不要ではないかと思います。

|

« ■節子への挽歌1893:生と死は裏表であって、後先ではない | トップページ | ■節子への挽歌1894:逃避行 »

教育時評」カテゴリの記事

コメント

佐藤さま。こんばんは。
プーちゃんです。
佐藤さまのHPに僕のブログのリンクを入れて頂いたこと、何だかとても嬉しく感じてます。

挽歌編以外の記事に対してコメントを書かせて頂くのは初めてになりますね。

今回の記事、僕も全く同感です。
小賢しい奴より単純なバカに好感が持てる。僕も同じ気持ちです。
なんだか憎めないんです、あの人。

ご主人と奥様。
一見、ご主人が奥様の尻に敷かれているように見えますが、きっと良きパートナー、幸せなご夫婦なんだと思わざるを得ません。

あのお二人が羨ましいです。

投稿: プーちゃん | 2012/11/11 00:53

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30899/56067167

この記事へのトラックバック一覧です: ■田中真紀子さんの失策は憎めません:

« ■節子への挽歌1893:生と死は裏表であって、後先ではない | トップページ | ■節子への挽歌1894:逃避行 »