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2012/12/29

■原発地域の断層議論の仕方

大飯原発再稼動の前の短い期間でしたが、日本では原発稼動ゼロの期間がありました。
その時、イギリスでは大きな話題になり、日本の評価が高まっていたという話は以前書きましたが、安倍政権でまたもや原発推進国家に戻ってしまったことをイギリスの人たちはどう受け止めているでしょうか。
たしかに、昨日もそうですが、反原発デモは続いています。
しかし多くの国民は、原発推進を目指している自民党政権を選びました。
さらには、戦争を目指している安倍さんを選びました。
多くの母親たちは子どもたちをまた戦争に送りたいのでしょうか。
そんなはずはないと思いたいのですが、その確信を持てません。
戦争と原発は、いうまでもなく深くつながっています。

1万人のデモ参加者よりも、一人のテレビコメンテーターの言葉のほうが大きなパワーを持つ時代になっているのかもしれません。
そしてほとんどのテレビのコメンテーターは原発推進論者です。
うっかり聞いていると原発反対のように聞えますが、よく聴くと決してそうではない人が多いように思います。

大飯原発の下の断層が何なのかで議論が行われていますが、議論の仕方はとんでもなく馬鹿げています。
活断層であるともないとも言えなのは、当然のことです。
まともな科学者や技術者だったら、それくらいの知性はあるでしょう。
問題は、その可能性がどの程度あるかと言うことですが、少なくとも専門家と言われる人の間で議論が分かれるということは、可能性が高いということですから、その段階でまともな人なら稼動停止を決断すべきです。
青森の東通原発に関しても、馬鹿げた議論が展開されています。
専門家チームの全員一致の見解に、電力会社の経営者や技術者が異を唱えています。
専門家チームも馬鹿にされたものですが、これまでの活動や言動を考えれば、それも仕方がないでしょう。
要するに馬鹿だったのですから。
いずれの原発に関しても、馬鹿同士の議論が続いているのは、結局はお金がからんでいるからでしょう。
問題は、お金ではなく人のいのちなのだという認識は、昨今の専門家族にはほとんどありません。
そもそも学者は、御用学者として生まれた職業ですから、それもまた仕方がないのかもしれません。
しかし、そろそろ生活者の視点での学者が生まれてもいい時期です。

それ以前に、私たち生活者がもっと真剣に学ばなければいけません。
学ぶことも忘れた大人たちを見て、子どもたちはどう思っているのでしょうか。

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