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2012/12/11

■節子への挽歌1921:悲しみから歌が生まれる

節子
本居宣長は、歌は悲しみから生まれたと書いているそうです。
こんな内容のようです。

どうにも「かなしみ」にたえがたいとき、人は思わず、声を上げて「ああ、かなしい、かなしい」と言うものだ。
とどめようと思ってもとどめがたく溢れでてきてしまう。
そのほころび出た言葉は、自然と長く延びていき、あるかたちをそなえたものになっていく。つまり、それが歌である。

なんとなく納得できます。
それに考えてみると、たしかに歌は「悲しさ」を基調としているものが圧倒的に多いです。
しかし、最近は歌以外にも悲しさを表現する手段はたくさんあります。
たとえば、このブログのように、書くこともその一つです。

なぜ私が、この挽歌を書き続けるかと言えば、もって行き場のない悲しさの溜まり場をつくっているのかもしれません。
たしかに、挽歌を書き続けていることで、悲しさが今もなお、「いきいき」としているような気がします。
悲しさを忘れるために歌うのではないように、悲しさを忘れるために書いているのではありません。
書くことによって、悲しさが生きつづけるように、挽歌を書いているのです。

最近、そのことがとてもよくわかってきました。

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