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2012/12/18

■節子への挽歌1933:やる気ボタン

節子
昨日も3人の人が湯島に来ました。
そのうちのお2人は、それぞれ新潟、青森から東京に来たついでに寄ってくれたのです。
もう一人は、韓国からの留学生の金さんです。
金さんは10分でもいいからと言うので、なにごとかと思っていたら、クリスマスのプレゼントでした。
私の好きなモカ珈琲を持ってきてくれたのです。

年末になるといろんな人が会いに来てくれます。うれしい限りです。
でもなぜわざわざ湯島に寄ってくれるのでしょうか。
私を気遣ってのことかもしれませんが、どうもそればかりではないのです。
それで、いささかの自慢話を書くことにしました。

金さんから以前、メールをもらったことがあります。
そこにこんなことが書かれていたのです。

佐藤さんとの会話で自分もやる気も出てきたのですが、佐々木お父さんも佐藤さんとお会いする度にやる気ボタンを押されるそうですね。
佐々木お父さんというのは、金さんの「日本のお父さん」の、この挽歌にも時々登場する佐々木さんです。
ところで、金さんは「やる気ボタン」と書いてくれました。
私と会うと、やる気ボタンが押される。
これは、私がずっと目指している生き方です。

昨年でしょうか、ネットワークささえあいの事務局長の福山さんから、「佐藤さんは人と会っている時、何を考えていますか」と突然に訊かれたことがあります。
即座に、答が自然と出ました。
「この人のために何ができるか、を考えています」と。

これが私の生き方でしたが、節子を見送った後しばらく、それを忘れていたことがありました。
そんな余裕がなくなっていたというよりも、どこにもっていけばいいかわからない、怒りのようなもので私の心身があふれていたのです。
そこから漸くまた抜け出せたのです。
金さんのメールを読んで、それに気づきました。

しかし問題は、最近、自分の「やる気ボタン」を押してくれる人がいないことでした。
そのせいか、先日、金さんと佐々木さんがやってきた時に、ついつい弱音をはいてしまったようです。
もしかしたら、それを心配して金さんはエールを送ってくれたのかもしれません。

同封されていたクリスマスカードに、こんなことが書かれていました。

佐藤さんがなさっている仕事はすぐには結果が出なくても当然なものなので、元気を出してください。来年もエネルギッシュな佐藤さんに会い、刺激を受けるのを楽しみにしております。
私も、どうやら「やる気ボタン」を押す立場から、押される立場へと移る時期に来たようです。
しかし来年は、もっと自らの元気を取り戻さなければいけません。
節子がいなくても、それができるようにならないといけません。

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