■節子への挽歌1941:マジックワード
節子
先日、野路さんのご主人から電話がありました。
野路さんが散歩に出かけていると聞いて、ついつい節子との散歩のことを思い出したと言ったら、思い出させてしまいすみませんでした、と言われました。
思い出させることは、謝ることではないのですが、こうしたやりとりは時々あります。
愛する人を見送った人にとっての、最高の喜びは「思い出すこと」なのです。
当事者でなければ、なかなか気づかないかもしれませんが。
いや、当事者もさまざまなかもしれません。
しかし、私にとっては、節子を思いださせられることはうれしいことです。
忘れることこそ、悲しいことなのです。
そうはいっても、5年もたつと節子の話題はそうは出てきません。
家族の中では、いまでも毎日のように節子の名前は出てきますが、家の外で「節子」の話になることは、まずありません。
それは当然のことでしょう。
それぞれに自分たちの世界があり、そこにはたぶん、その人にとっての「節子」が存在しているでしょうが、私がそれを話題にすることはないからです。
思い出すのは、家族の役割なのです。
その役割は、節子の場合はかなり守られています。
まあ時に、節子としては怒りたくなるような名前の出し方もありますが。
節子の名前は、わが家では何かをする時、あるいはしない時の「口実」に使われることが多いのです。
今日はクリスマス。
節子だったらケーキを作るだろうなと娘に言ったら、ケーキを作ってくれました。
わが家では、「節子」は、一種のマジックワードなのです。
「死せる孔明生ける中達を走らす」とまではいきませんが。
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