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2013年1月

2013/01/29

■節子への挽歌1970:「ちょっと猫背になってますよ」

節子
人は誰もいろんな事情を抱えています。
そして、それぞれの事情は、当人以外はなかなかわかりません。

挽歌を書かなかった、この1週間、いろいろな人のいろいろな思いとささやかに付き合いました。
とても重い話が多く、それだけでも動けなくなるほどのものです。
その話をここに書くわけにはいきませんが、たとえば1時間を越える電話の相談は終わった途端にどさっと疲れが襲ってきます。
彼女は、私以上の苦労の中で、健気に前に向かって進もうとしています。
しかし、あまりに問題が違うために、ちょっとした言葉遣いで、受け取り方がずれてしまいますから、お互いに慎重にしなければいけません。
電話の向こうからも、疲れが伝わってきます。

節子もよく知っている人の夫婦関係の話は、私たちとはあまりに違うので、戸惑います。
節子がいたら、夫婦一緒に食事でもできるのですが、それはもうかないません。
なぜ長年連れ添った夫婦が、豊かな夫婦生活を過ごせないのか、残念です。
そうした事例は必ずしも少なくありません。
伴侶をなくした私にとっては、そうした関係にある人の気がしれません。
なぜもっとお互いに大事にしないのか、なぜそれがわからないのかと残念です。
他人事ながら、気が重くなります。

さまざまな人の生き方に、私はどうしても無縁ではいられないのかもしれません。
巻き込まれてしまいがちなのです。
しかし、他者の人生に関わるのは、一人では辛すぎます。
その重荷を背負い込んでも、それを一緒に担いでくれる人がいないと、もらった疲れは私の中でますます重くもなっていきます。
そして自らも疲れてへこんでしまうこともあるのです。
節子がいたら、逆に重荷が私たちを元気にしてくれることだってあったような気がします。

この1週間、考えてみると、少し重荷を背負い込みすぎたかもしれません。
明るい話もなければ身が持ちません。
明るい話はどこかにないでしょうか。
明日から少し気分を変えましょう。

整体に通っていますが、そこで「佐藤さん、ちょっと猫背になってますよ」と言われてしまいました。
背筋を伸ばさなければいけません。
重荷を背負ってばかりいては、背負いきれなくなってしまいます。
明日は少し長目にマッサージしてもらいましょう。
猫背は正さなければいけません

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■節子への挽歌1969:「姉さんのいない人生は寂しすぎるわ・・・」

節子
またしばらく挽歌をご無沙汰してしまいました。
挽歌だけではなく、時評編のブログもしばらく書けずにいました。
体調が悪かったわけでも、時間がなかったわけでもありません。
ただただ書かなかっただけです。
書こうという気が起きなかったのです。

数日前に、何気なくテレビをつけたら、前に見たような映画をやっていました。
「パッセンジャーズ」でした。
こんな映画です。

セラピストのクレアは、飛行機事故で奇跡的に生き残った5人の乗客の、トラウマ的なストレスを治療する役割を突然命じられる。彼女は生存者たちの記憶から浮かび上がる数々の謎を解き明かそうとする。だが、患者たちは自分たちの記憶と航空会社の公式説明の食い違いに悩み、自分たちの記憶も曖昧になってくる。やがて、事故の核心に近づくたびに患者たちが次々と失踪しはじめ、彼女の周辺でも不可解なことが続発し始める。(goo映画から引用)
私が見たのは最後の20分くらいですが、前に見たことを思い出して、結局最後まで見てしまいました。
観ていない人にネタばらしになってしまいますが、この映画は死者たちの物語なのです。
今の私にはとても素直に受け入れられ内容です。

娘に話したら、前にも挽歌に書いていたでしょうと言われました。
それで調べてみたら、たしかに書いていました。
挽歌1000です。
そこに、私が彼岸に旅立つまで挽歌を書きつづけるだろうと書いていました。
挽歌を再開しようと思いました。
思ってから数日がたってしまいましたが。

最後のシーンが衝撃的です。
亡くなったクレアの遺品整理に来た姉のエマが机の上に残された妹のカードを見つけるのです。
そこに書いてあったのは、「姉さんのいない人生は寂しすぎるわ・・・」。
最後しか見ていないので、姉妹になにがあったのかわかりませんが、その言葉は強烈です。
お姉さんのいない人生は寂しすぎる。
節子のいない人生は寂しすぎる。

私がこの数日、挽歌も時評も書けなかったのは、そのせいだったことに気づきました。
最近、無性に寂しい。
何をやっていても、心身が満たされません。
人に会うのが何か億劫で、その寂しさはますます強くなる。
寂しすぎる人生は、思考力も行動力も、すべて奪ってしまいます。
それを気づかせるように、節子がこの映画を観るように仕組んだのかもしれません。

とても皮肉なのですが、寂しすぎる世界に投げ出されるのは、クレアではなくエマなのです。
とても不思議な映画です。

この映画を観てから、また人に声をかけ、会いだしました。
寂しさに浸るのをやめました。
うまくいくといいのですが。

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■「プロシューマー」ってご存知ですか

最近、愕然としたことがあります。
企業の経営幹部の人たちとのミーティングで、「プロシューマー」という言葉を出したのですが、6人もいたのに、誰もその言葉を知らなかったのです。
その数日後に、今度はソーシャルビジネス研究会という集まりがあったのですが、そこでも誰も知らなかったのです。
みなさんはいかがでしょうか。

「プロシューマー」は、1980年代に未来学者のトフラーが言い出した言葉です。
「プロデューサー(生産者)」と「コンシューマー(消費者)」を重ねた言葉で、これからは消費者がどんどん自分で物を作り出すという展望の下で提案された概念です。
もう普通の日常用語になっているとばかり思っていましたが、逆に言葉としては存在を薄くしているようです。

言葉は概念のみならず、現実の世界を創出します。
私は、語彙の豊富さが世界の豊かさを示すと思っていますので、新しい言葉には関心を持っています。
カタカナ言葉が多いと言われることもありますが、カタカナ言葉もまた、間違いなく世界を広げてくれます。
もちろん世界を広げることの少ないカタカナ言葉は、私には興味はありません。
日本語で言える概念は日本語を使います。
ちょっとその気になってもらえれば、私の文章には、その種のカタカナ言葉はほとんどないはずです。

ところで、「プロシューマー」の話です。
濱野智史さんが、ある対談で、この言葉を使っていたのです。
そして、トフラーは「消費者の生産者化」と言う方向で、「プロシューマー」と言っていたが、最近のITの世界では、それと並行して、「生産者の消費者化」が進んでいると言うのです。
その事例として、最近話題の初音ミクをあげています。
なるほどと思いました。

このブログでも何回か書いてきましたが、私は「顧客」という概念はまもなく、なくなっていくだろうと思っています。
サービスからホスピタリティへと発想が変わりつつあることは、その一例です。
生産者も消費者も、一緒になって価値を生み出していく、それこそが成熟社会ではないかと思うわけです。
いずれにしろ、多角的な「プロシューマー化」が進展しているのは否定できません。
生産者と消費者の境界が溶け出しているように思います。
実態は進んでいるのに、それを表現する言葉は忘れられてしまいつつある。
私が愕然としたのは、そのことなのです。

現実が日常化したので、言葉が不要になり、消えていくということはあります。
しかし相変わらず、「顧客概念」が市場を覆っている。
顧客創造とか顧客価値とか、私には前世紀の遺物のような概念が闊歩している。
そのことにも、いささか愕然とします。
もちろん、世間が間違っているという意味ではなく、自分が違う世界に生きていることへの愕然さなのですが。


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2013/01/27

■ブログがどうも書けません

最近ブログが書けません。

いま整体に通っています。
身体が実に硬くなっているといわれています。
それで毎回、ボキボキと身体の矯正をしてもらっているのですが、どうも硬くなっているのは身体だけではなく、精神もです。
思考は働くのですが、考えたことを実践するところで、止まってしまいます。
私は、誰かと約束した課題を書き出しているのですが、それがどんどん増えています。
一向に減らないのです。
1時間もあればできることも多いのですが、それができない。
電話一本ですむかもしれないことも電話ができません。
あきらかに一種のメンタルダウン状況です。
しかも悪いことに、私は心身に素直に従うということを大事にしていますので、心身が動かないのをいいことに、ボーっとしているのです。
何かを埋めるために、本を読み出そうと思っていますが、それもできません。
昨年末に出版された、ネグリとハートの「コモンウェルス」を読みたくて、すぐに購入し、机の上においてあるのですが、まだそのままです。
不義理をしている多くの方には、申し訳が立ちませんが、はやく自らの心身が動き出してほしいものです

実に困ったものです。

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2013/01/24

■アルジェリアやマリで何が起こっているのか

アルジェリアの惨劇は、ただただ悲しいです。
人は、なぜこんなことができるのか、と悲しくなります。

しかし、私が一番、ショックだったのは、その背景にあるマリの内戦とそこへのフランスの軍事介入を知らなかったことです。
たぶん新聞やネットをきちんと見ていたら、知ることができたことなのでしょうが、私の関心事には全くなかったと言うことです。
人質をとった武装グループには、いうまでもなく、そうしなければならない理由があったはずです。
彼らを一方的に責める気にはなれません。

日本人はアルジェリアのために尽くしてきたのに、何でこんなことになるのかと、みんな言いますが、私はそういう発想に違和感があります。
もちろん犠牲になった日揮の人たちには、悪意などあろうはずもありません。
危険を承知で、しかし現地のためになろうと誠実に活動してきたことは疑いもありません。
にもかかわらず、こんな事件が起きてしまった。
感情的になりがちですが、ここは冷静に考えなければいけないと思います。
これほどの事件に、それを引き起こす原因がないはずがありません。
ただ金銭のために、こんなことが起こるでしょうか。
それに、もし本当にアルジェリアに役立っているだけだったとしたら、施設に働く人のなかに通報者が出るはずがないようにも思います。

構造的暴力と言う概念があります。
30年以上前に、ノルウェーの政治学者、ヨハン・ガルトゥングが提唱した概念です。
行為主体が不明確であり、その間接的・潜在的なアプローチで行われる暴力のことを指します。
私たちは、暴力と言うと、ついつい直接的な暴力行為を考えますが、それは表層的な結果でしかありません。
その背景には、この構造的暴力があります。
「システムと言う支配者」もまた、構造的暴力のひとつです。
私は、そうした見えにくい構造的暴力こそが問題だと考えています。
このことを踏まえて世界の紛争を見ると、風景は一変します。
多くの報道は一方的な言い分を代弁しているにしかすぎません。
行為の善悪は、そう簡単には決まりません。

念のために言えば、今回の人質事件を正当化しようなどとは全く思っていません。
許せない卑劣な行為です。
しかし、なぜ彼らは、そんな行為を起こしてしまったのか。
そうしたことへの想像力が大切です。

管官房長官は、「暴力を使うことは絶対に許されない」と強く話していましたが、その暴力の概念に、ぜひ構造的暴力も含めたいと思います。
暴力を使わせるような状況をなくしていかなければいけません。
このことは、桜宮高校の事件にもいえることです。

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2013/01/23

■教師や警察官の駆け込み退職とプライミング効果

制度改革による公務員の退職手当減額を前に、教員や警察官の駆け込み退職が全国に広がっているようです。
そのために現場への影響もあり、特に年度末を向かえる学校では担任や教頭までもが辞めてしまい、不在になる事例も起こりそうです。
よりによって、教師や警察官までも、と驚きです。
差額はたかだか100万円程度のようですが、そんな価格で、自分の人生を貶めていいのかと他人のことながら同情したくなります。
この話をテレビで知った時、すぐに思い出したのが、昨年読んだダニエル・カーネマンの「ファスト&スロー」です。

こんな実験があります。
学生に5つの単語のセットから4単語をつかって短文をつくってもらうのですが、その時に、高齢者を連想させるような単語を混ぜておくと、文章作成後、学生たちの歩く速度が遅くなるのだそうです、
これは有名な実験ですが、「ファスト&スロー」でも「フロリダ効果」として紹介されています。フロリダは高齢者の住む地域のようです。
こうした高齢というプライム(先行刺激)を受けると、老人らしく行動するという現象をプライミング効果と言いますが、それに関して、同書にはこんな記述が出てきます。
思い出したのは、この記述です。
少し短くして紹介します。

お金を想起させるものは、いささか好ましくない効果をもたらす。
お金のプライムを受けた被験者は、利己心が強まった。
また、お金のプライムを受けた被験者は、一人でいることを好む傾向が強かった。
この注目すべき研究を行った心理学者のキャスリーン・ヴォースは、お金を想起させるものに取り囲まれた今日の文化が、気づかないうちに、私たちの行動や態度を形作っている可能性を示唆した。
現代の日本社会は、まさにキャスリーンが指摘する、「お金を想起させるものに取り囲まれた社会」です。
同書にも出てきますが、無作為の刺激の反復がそのものへの好意を生み出すという「単純接触効果」というのも曲者です。
物や情報に取り囲まれている私たちは、自分では意識していないうちに、「意思」を方向付けられている可能性が大きいのです。
最近の選挙の大きな触れは、そうしたことの表れではないかと私は思っています。
そして何よりも気になるのは、「お金」です。
いつの間にか、私たち日本人は「1億総守銭奴」になってしまったのではないかという気がします。
それが、教師や警察官にまで及んでいることを、今回、まざまざと思い知らされました。

体罰事件の報道が過熱していますが、駆け込み退職もまた、学校崩壊の象徴なのだろうと思います。

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2013/01/22

■節子への挽歌1968:みんなが支えてくれます

節子
いささか袋小路です。
問題を抱え込みすぎることに気づきました。
節子がいた頃は、節子が最終的な相談相手でした。
正確に言えば、お互いに相談し合い、問題を完全にシェアできる存在でした。
ところが、今はそれがなくなっています。
最近は、そのせいか、娘たちにさえ、それとなく「愚痴」を発していますが、相談相手にはなりえません。
同じ次元で生活を共にしていないと、問題を本当にシェアすることはできません。
最近の疲れは、もしかしたらはけ口がないために、気が澱んでしまっているのかもしれません。

そこで、今朝、思いつく友人に相談に乗ってくれないかというメールをしました。
最近しばらく会っていませんが、いま私が抱えている問題の体験者でもあります。
彼も忙しいだろうなと思いながらのメールでした。

ところがメールを送ってすぐに電話がかかってきました。
いま北海道なのだそうです。
何か役立つことがあれば、という電話でした。
北海道から戻ったらすぐに会うことにしました。
もっと早く電話すればよかったと思いました。

いま、自殺のない社会づくりネットワークの活動に取り組んでいますが、そこで相談に来た人に、周りの人にもっと助けを求めるといいですよ、などとアドバイスすることがあります。
事実、そんなに自分だけで抱え込まなければいいのに、と思うことはよくあります。
にもかかわらず、まさに、私自身がそうした落とし穴に落ち込んでいたわけです。
自分のことは本当に見えなくなるものです。

少し楽になりました。
問題が解決したわけではありませんし、むしろ問題はさらに悪化するかもしれません。
しかし、友人がこんなに親身で受け止めてくれるということがとてもうれしくなりました。
節子はもういませんが、相談に乗ってくれる人はたくさんいることに気づきました。
口の悪い友人は、私のことを、最近は躁うつ病だからと揶揄しますが、問題を一人で考えているのはけっこう辛いものです。
問題の渦中に閉じ込められると精神的にもおかしくなります。
でも北海道からすぐに電話して来てくれた若い友人のおかげで、その誤りに気づきました。
ちなみに、今日はもう一人、さほど付き合いが深くない若者も、わざわざ湯島にアドバイスに来てくれました。

節子
あなたがいなくても、みんなが支えてくれるようです。
昨日書いたアルドの言葉ではないのですが、「これ以上、何が必要だ」です。
節子がいないせいにしてはいけません。
でもまあ、節子がいたら、もっと元気になるでしょうが。

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2013/01/21

■「これ以上、何が必要だ」

今日の挽歌に書いたのですが、むしろ時評編のテーマかもしれないと思い、少し重複しますが、ここでも書くことにしました。
BS日テレの長期番組に、「小さな村の物語 イタリア」というのがあります。
イタリアの小さな村で暮らすさまざまな人の人生の物語が毎回語られます。
私のお気に入りの番組です。
そこで語られているのは、華やかなドラマではありませんが、人生の深い意味を示唆してくれる感動的な物語です。
毎回、生きることの喜びや豊かさが、生き生きと語られます。
その人の具体的な人生を背負った言葉なので、涙が出てくることも少なくありません。
プロデューサーの田口和博さんがある雑誌に、「村の人たちが言葉の一言一言は、どんな著名な哲学者でさえ唸ってしまうほどの、人生の箴言だ」と書かれていましたが、まさにそう思います。
人はみな哲学者なのです。

昨日の138話の主人公の一人は木材会社をやっているアルド・パインさんです。
1年前に独立したばかりですが、村人たちに頼りにされています。
休みの日には、3人の子供たちも一緒に、自分が子供のころ住んでいたところによく行くのだそうです。
子どものころ寝泊りした牛小屋は、今ではもう廃墟になっています。
当時はまだみんな生活は貧しく、生活も厳しかったのです。
末っ子が言います。
「ここに住むのもいいね、昔もよかった?」
アルドさんは答えます。
「よかったけど誰とも遊べなかったよ。自然のもので遊んだよ、ミニカーも作ったな。」
末っ子は「すご~い」と叫びます。
最近は、こんなやり取りにさえ涙が出ます。

それにつづくアルドさんの言葉は、とても感動的です。
長くなるので引用は差し控えますが、もし機会があったらぜひこの番組を観てください。

家族みんなでの豊かな食卓を前に、アルドさんは「昔はスープだけだった」と子どもたちに話します。
アルドさんは18歳のときに、厳しい両親に一度だけ反発して、「なぜわが家は貧しいのか」と訊いたことがあるそうです。
その時、両親は「これ以上、何が必要だ」と応えたそうです。
その言葉を今も忘れないと、アルドさんは語ります。

「これ以上、何が必要だ」。
心にぐさりと響く言葉です。
「これ以上、何が必要だ」。
私自身、自らに問い続けたい言葉です。

番組を観ていて、アルドさんの今の暮らしは実に豊かだと思いました。
しかし、もしかしたらアルドさんの子供のころの生活もまた、貧しいどころか、豊かだったにちがいなと思います。
そして残念ながら、私の生き方は豊かさとほど遠いような気がして、どこかでいき方を間違ったような気がしてなりません。
番組を観てからずっと、「これ以上、何が必要だ」と問われ続けているような気がしてなりません。

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2013/01/20

■節子への挽歌1967:覚悟がないと観られない番組もあります

節子
前にも書いたことがありますが、「小さな村の物語 イタリア」というテレビ番組があります。
放映時間の関係で、なかなか観られないのですが、毎回、録画して残しています。
今日、最新のものを見ました。
タイトル通り、イタリアの小さな村で暮らすさまざまな人の人生の物語が毎回語られます。
私のお気に入りの番組なのですが、実は観る時には、それなりの覚悟が必要なのです。
なぜかというと、必ず節子を思い出してしまうからです。

そこで語られているのは、華やかなドラマではありません。
しかし深い人生の意味が伝わってくる、真実の物語なのです。
だから、どうしても節子のことを思い出してしまうのです。
そして、節子がいたらこう言うだろうなとか、節子がいたら私たちの生き方をこう変えるだろうなというようなことが頭に浮かんできます。
それは結構辛いことでもあるのです。
だから覚悟がいるのです。

さまざまな人が登場しますが、共通しているメッセージがあります。
人のあたたかさや生きることの幸せさです。
毎回、生きることの喜びや豊かさが感動的に語られます。
その人の人生を背負った言葉なので、たとえ聞いたことのある言葉でも、時に涙が出てくることも少なくありません。

138話の主人公の一人は村で雑貨店をやっている65歳のエンマ・ジュランディンさんでした。
交通事故で孫を喪いそうになったとき、村人たちの祈りで、孫は奇跡的に元気になりました。
以来、彼女は生き方が変わったといいます。
人は、死を身近に体験すると人生観が変わります。
彼女は孫を喪いませんでしたから、私とは違うはずです。
しかしジュランディンさんの話は、私の心にも響きました。

もう一人の主人公は木材会社をやっているアルド・パインさん。
家族みんなでの豊かな食卓を前に、アルデさんは「昔はスープだけだった」と子供たちに話します。
アルデさんは18歳のときに、両親になぜわが家は貧しいのかと反抗したそうです。
その時、両親は「これ以上、何が必要だ」と応えたそうです。
その言葉を今も忘れないと、アルデさんは語ります。

子供たちと遊ぶアルデさん。
孫を送り出すジュランディンさん。
2人とも、となりには伴侶もいます。
とても幸せそうで、豊かそうです。
観ていて、私までもがあったかくなります。
でも、何かが欠けている。
だから、この番組は覚悟がなければ見られないのです。
でも不思議なことに、節子の世界にもつながっているような気がして、観ないわけにはいかないのです。

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■節子への挽歌1966:朋友の訃報

節子
小学校時代、一番良く一緒に遊んだ2人の友人がいます。
バタとノザと言います。
節子はノザには何回か会っていますが、バタにはあったことがありません。
ノザもバタも、私の母親も良く知っています。
2人とも天性のお人好しで、しかもシンプルな自然人でした。
子どもの頃はお互いによくそれぞれの家で遊んでいたからです。
しかし、大学卒業後はあまり交流がなくなりました。
あまりに親しいと会わなくてもいつも会っているような気がして、しかしそのうち疎遠になってしまう、そんな関係でした。
しかしどこかで深くつながっている縁を感じあっていたように思います。

バタは有名な日本画家の孫でした。
その家は大邸宅でしたが、今は区に寄付されて公開されています。
そこの庭の一角のジャングルのようなところでよく遊んだものですが、当時はまだおじいさんもご存命で、作画に取り組んでいる姿をお見かけしたこともあります。
そのバタの訃報が届きました。
昨年、同窓会の幹事をしてくれていましたが、私は参加しませんでした。
電話では話しましたが。元気そうでした。
最近会っていないので、会いに行こうかと思っていたところでした。
訃報とは思ってもいませんでした。
どうも実感が持てません。

実はもう一人のノザは、数年前に亡くなっています。
ノザは声楽家の息子でした。
節子と一緒にやっていた湯島のオープンサロンに時々来ていました。
節子が発病し、私自身が社会との接点を疎かにしてしまっていた頃、ノザは急逝してしまいました。
葬儀に行く気力が起きませんでした。
いつかお参りに行こうと思いながら、行っていません。
お墓参りをしなければ、まだノザが元気でいる世界が続くからです。
バタの葬儀にも、もしかしたら行けないかもしれません。
いままでもほとんど会うことはありませんでしたから、葬儀に行かなければ、バタもまだ私の世界では生き続けていることになります。
そう思うと、ますます行かないほうがいいような気がします。

ノザもバタも、お互いにもう少し老いてから、子ども時代に戻っての付き合いが再開されるはずでした。
しかし2人とも、それを待たずに逝ってしまいました。
薄情な友です。
静かに冥福を祈りました。
最近は、気が萎えることが多すぎます。
私への迎えも近づいているのかもしれません。
現世でやるべきことは、少し急いだほうがいいようです。

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2013/01/18

■節子への挽歌1965:節子は料理作りが好きでした

節子
今日、湯島で技術カフェというのをやっていました。
技術をテーマに毎月やっているサロンです。
昨日は原発事故による汚染に対して、技術者としてやること、できることがあるのではないかという話で持ちきりでした。
実際に何をやるかも決まりました。

それはそれとして、その話に移る前に、料理の話になりました。
参加者は全員男性だったのですが、結構料理をやっているのに驚きました。
私と同世代の寺田さんは、チャーハンの作り方を教えてくれました。
フライパンをひっくり返すのが重いので、最近は2人分が限界だそうです。
リアリティがあります。
そういう話になると思い出すのが、私に料理を教えようとしてくれた節子のことです。
娘が証拠写真まで撮っていますが、その教育の成果はまったく役立っていませんので、ユカからあきれられています。
どうも料理するのは気がすすみません。
実は食事をすることさえも、あまり気がすすまないことなのです。
ですから「食事をゆっくりと楽しむ」という文化があまりなく、食べるのが早すぎると節子はいつも嘆いていました。
たしかにあっという間に食べてしまうのです。
作った人にとっては、張り合いがないでしょう。
今も娘のユカが時々、そう言います。

節子は料理が好きでした。
料理が上手なわけではなかったのですが、病状が悪化して、だんだん食事作りができなくなっていくのをとても残念がっていて、また家族のためにゆっくり食事作りをしたいと、よく言っていました。
かなり症状が悪化してからも、一品だけでも作りたいと台所に立つこともありました。
その頃は、自分はもうあまり食べられなくなっていましたが。

節子に料理を教えてもらっている写真は、たぶん私のホームページのどこかに掲載されているでしょう。
その頃、節子が買ってくれた私専用のエプロンはどこにいってしまったのでしょうか。
そういえば最近見たことがありません。
節子に怒られそうです。困ったものです。はい。

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2013/01/17

■節子への挽歌1964:鎮魂の祈り

節子
阪神大震災から18年目です。
鎮魂の祈りを見ていて思うのは、やはり時間は人を癒すことはないのだろうなということです。
だからこそ、鎮魂の祈りという形で、制度化し儀式化しないとやりきれないのかもしれません。
それが「鎮魂」ということだといわれそうですが、鎮魂は一人では完結しないということです。
そして鎮魂の輪はむしろ広がっていきます。
祈っている人の思いは、画面を通してでも伝わってきます。

鎮魂の場では、自然に涙が流せます。
鎮魂の場では、自然に悲しみを言葉にできます。
そして、鎮魂の場では、鎮魂の祈りが開かれていく。
つまりうちに戻ってこないのです。
そして祈りとして大きく育っていくような気になれます。

節子は家族に看取られたとはいえ、一人で旅立ちました。
心細かったかもしれません。
みんなの鎮魂の祈り。
見ていて、少し羨ましさを感じてしまいましたが、そうではなくて、この鎮魂の場に節子も私も当事者としているのだと言う、あまりに当然のことに気づきました。
鎮魂は、すべての人のためにあるのです。

これまで阪神大震災にしろ、御巣鷹山にしろ、原爆の日にしろ、誰かのために祈ることはあっても、いささか他人事だったのではないかと、反省しました。
鎮魂の祈りは、すべての人にとって同じ意味を持っているのだと、やっと気づいやのです。
魂は、すべてつながっているのです。
なぜこれまでそれに気づかなかったのか。
なんという愚かさでしょうか。

阪神大震災は大きな事件でしたが、鎮魂の祈りは毎日、どこかで誰かによって行われています。
それらは、多分みんな深いところで同調しているのでしょう。
朝の祈りは、節子のためだけではないことを思い知らされました。

竹筒に入ったロウソクの火のゆらぎが、大日寺のロウソクを思い出させてくれました。

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■節子への挽歌1963:価値観の喪失

節子
今日もまた電話相談がありました。
若者自立支援に取り組んでいる知人からです。
それにしても、どうしてこうも問題が多いのでしょうか。
テレビなどで報道される事件など見ていると、社会が壊れだしているとしか思えません。

そういえば昨年末、マヤ暦の地球終末予言が話題になりました。
最終戦争を意味するハルマゲドン論が盛んに言われて時期もありました。
不謹慎なのですが、そうした地球破滅予言は、時に魅力的です。
節子を見送った直後、すべてが滅んでしまえばいいという「悪魔的」な願いを持ったこともありますが、そういう悪魔性が人には埋め込まれているようです。

今年になってから少し朱子学に関心を持って、何冊か本を読んだのですが、そこに儒教の四書のひとつ「中庸」に出てくるこんな文章を紹介しています。
「喜怒哀楽の未だ発していないのを中という」。
この文章をあげながら、朱子は、喜怒哀楽の未だ発していない状況では、善悪という概念はない、というのです。
愛する人を喪うと、人は思い切り、喜怒哀楽のシャワーを浴びせられます。
そして、天使にも悪魔にもなれるようになるのかもしれません。

ところで、この文章に出会って、こんなことを考えました。
「喜怒哀楽のシャワーを浴びると人は中になる」。
ここで「中」とは、善悪を超えてしまうという意味です。
たしかにあまりの喪失体験をしてしまうと、価値観も喪失してしまうような気がします。

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■節子への挽歌1962:人生は実にさまざまです

節子
最近、いろいろな電話相談を受けています。
それでまた2日間、挽歌が書けませんでした。
相談を受けても的確な解決策をアドバイスできるわけでもありません。
しかし、私と話しながら、自分の考えを整理することができるとすれば、私も少しは役立っています。
同時に、そうした相談の電話で話しながら、私自身もいろいろと考えることができます。

昨夜の電話は、自死遺族の方からでした。
自ら自死遺族を中心としたネットワークを立ち上げて、活動している人ですが、最初の立ち上げにささやかに関わらせてもらったこともあって、考えたいことがあると連絡してくるのです。

今日も自殺者の数が3万人を下回ったというような報道がされていますが、最近は自殺問題も社会の問題として取り組まれだしています。
行政面でもさまざまな仕組みや制度が整備されだしています。
しかし、制度が整備されればされるほど、当事者にとっては、悩みも生まれてきます。
制度と実態とのずれを感ずるのです。
昨夜の電話でも、とても誠実に対応してくれるのだが、やはりなかなか当事者の思いはわかってもらえないという言葉も出ました。
当事者の立場に立ってとは、言葉ではいえますが、実際にはほぼありえないことです。
私は、当事者の立場にはなれないということをいつも自覚しながら、付き合うようにしています。
これは、節子との別れを体験してから、心底、そう思ったからです。
愛する人を喪った人の気持ちなど、わかりようがないのです。
人によって、それぞれまったく違うでしょうし、第一、実は「わかってほしくなどない」という思いが心身の奥底にあるのです。
しかし、人の気持ちは複雑で、「わかってほしくなどない」という思いと同時に、「わかってほしい」という気持ちもあるのです。

昨日の電話の相手も、もしかしたら同じように思っているかもしれません。
いろいろな問題の相談に乗っていると、すべてが自分の問題のように思うこともあります。
だからとても疲れますし、時に逃げ出したくなります。
節子がいたら、私の相談に乗ってくれるのですが、それができないので、時にへこたれて、動けなくなることもあるのです。
そんなわけで、この2日間、挽歌は書けませんでした。

節子
人生は実にさまざまです。

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2013/01/15

■成人式での東日本大震災復興支援の募金活動)

今朝の朝日新聞に、ちょっとうれしくなる記事がありましたので、紹介させてもらいます。

私が住んでいる我孫子市でも、昨日、成人式が行われました。
あいにくの大雪で参加者は大変だったでしょう。
ところで、その成人式で、同志のグループが、東日本大震災復興支援の募金を参加者たちに呼びかけたのだそうです。

新聞の記事の一部を引用させてもらいます。

午前と午後の2回に分かれて開かれた式の終了後、市内6中学校の卒業生らによる「成人式企画運営会議」のメンバーが、新成人の仲間たちに「募金をお願いします」。募金箱には、メンバーの飯田祐子さんが手賀沼のカッパをモチーフに措いたキャラクターをあしらった。
晴れ着姿などで華やいだ雰囲気の中、募金に応じる新成人は少なかったが、募金を発案した小川款さんは「我々新成人が募金活動をすることに意味がある。来年の成人式でも後輩たちに活動を受け継いでほしい」と願っていた。
とてもうれしくて、飯田さんや小川さんにエールを送りたく、共通の知り合いがいないか探してみましたが、残念ながら見つかりませんでした。
どなたかお知り合いの方がいたら教えてください。
やはり若い者たちは信頼していいですね。

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■節子への挽歌1961:とてもあったかな寒さ

節子
寒い日が続いています。
節子のあたたかさがほしいと思いますが、望みうべきもありません。
節子がいないと、心の奥まで冷え込んできます。
どうしてこんなに寒いのかと思うほどです。
節子がいた頃は、寒い冬も、寒いが故に好きでした。
しかしいまはただただ冬は寒いだけです。

節子と同棲しはじめたのは、いつだったでしょうか。
12月だったような気がします。
私は過去への関心があまりないので、記憶があまり残っていないのですが、最初に同棲を始めた狭い借家の部屋は、ともかく寒かったことを記憶しています。
突然の同棲でしたので、家具などもありませんでした。
コタツはあったでしょうか。
私にはあまり記憶がありませんが、その寒さが私たちの幸せでもありました。
節子がいたら覚えているでしょうが、私はそういう記憶がとんでもなく欠落してしまうタイプなのです。
しかし、どんなに寒くても節子がいれば、寒さもまたあたたかさになったのです。

当時は、何もない同棲生活だったのですが、お互いの笑顔や笑い声や、ちょっとお茶目ないたずらや思いやりなど、喜怒哀楽にあふれた、とてもあったかな毎日でした。
とてもあったかな寒さ。
そんな「あったかな寒さ」に、もう包まれることはないのが、少しさびしいです。

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2013/01/14

■節子への挽歌1960:「ことばが沈黙する時、からだが語り始める」

節子
今日はもう一つ挽歌を書くことにします。
雪景色を見たせいか、今日は心身が彼岸を向いています。

精神病理学者のビンスワンガーは、「ことばが沈黙する時、からだが語り始める」と言っているそうです。
これはとてもよくわかる言葉です。
言葉で語れる喜怒哀楽は、日常生活にあふれています。
しかし時に、言葉が出てこないような喜怒哀楽もやってきます。
そういう時にも、言葉が発せられることはありますが、それは、からだに語らせることを避けるためかもしれません。
そのことばは、内容のない型式的なことば、あえていえば、嘘が多いはずです。
ことばは嘘をつけますが、からだは嘘をつきません。
ですから、からだが語りだすのは、自分にとっても脅威になりかねないからです。

「ことば」と「からだ」。
どちらが雄弁でしょうか。
ことばは多弁になれても、雄弁にはなれないかもしれません。
もしそうであれば、寡黙の人ほど雄弁なのかもしれません。
説得力をもつのは、ことばの語りではなく、からだの語りです。
それは、言葉を発する当事者にも、当てはまることかもしれません。
人が言葉を発するのは、相手に対してだけではありません。
多くの場合、言葉は自らにも向けられています。

挽歌が書けるということは、私自身がまだ、節子を失ったことに正面から向かい合っていないのかもしれません。
ビンスワンガーのテーゼにしたがえば、挽歌をやめた時に、私のからだが語りだすのかもしれません。
そんなことを考え出すと、挽歌を書くことにいささかの躊躇が生まれてくるのです。
節子が望んでいるのは、ことばとしての挽歌ではなく、からだとしての挽歌なのでしょうか。

最近どうも、挽歌が理屈っぽくなってきています。
思考がどんどん内向しているのです。
しかし、そのおかげで、私には生きることの意味や世界の意味が、少しずつ見えてきているような気がしています。
そして、その先に節子がいるような気がしてきています。
節子が私をそうした方向に導いているのかもしれません。

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■節子への挽歌1959:「悲しみ」と「怒り」

節子
最近少し怒りっぽくなっています。
といっても誰かを怒るとかそういうことではなくて、社会や時代への怒りといったほうがいいでしょう。
厭世観が強まり、気力が出てこないのは、そうした「怒り」のせいのような気がします。
わけもなく、時々、「怒り」が湧いてくるのです。

「からだとこころ」のレッスンで有名な演出家の竹内敏晴さんのエッセイに、こんな文章があります(少し前後の文脈が伝わるように変えてしまっています)。

その人にとってなくてはならぬ存在が突然失われてしまったとする。
そんなことはあり得るはずがない。
その現実全体を取りすてたい、ないものにしたい。
「悲しい」ということは、「消えてなくなれ」という身動きではあるまいか。
だが消えぬ。
それに気づいた一層の苦しみがさらに激しい身動きを生む。
だから「悲しみ」は「怒り」ときわめて身振りも意識も似ているのだろう。
いや、もともと一つのものであるのかも知れぬ。
それがくり返されるうちに、現実は動かない、と少しずつ<からだ>が受け入れていく。
そのプロセスが「悲しみ」と「怒り」の分岐点なのではあるまいか。
だから、受身になり現実を否定する斗いを少しずつ捨て始める時に、もっとも激しく「悲しみ」は意識されて来る。

私の場合、今なお、現実を受け入れられない状況が続いています。
むしろ、悲しみよりも怒りのほうが強まってきているような気がします。
もう6年目なのに、自分ではかなり柔軟な発想ができる自負もあるのですが、そして、怒りよりも悲しみの世界に移りたいのですが、どうしてもまだ、現実を拒否している自分から抜け出られずにいます。
今日の雪景色の中にも、ついつい節子を見てしまうのです。
共通体験した景色の中にいると、時間が戻ってしまいそうです。

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■節子への挽歌1958:雪景色になりました

節子
初雪です。
お昼前から雪が降り出し、あっという間に10センチを超す積雪となり、夜になってようやく降り止みました。
家から見える外の風景も、いつもとは一変しました。
昔なら大喜びでしたが、歳のせいか、あるいは節子がいないせいか、心がわくわくしませんでした。
節子も、雪が好きでした。

Yukigesiki

雪景色はさまざまなものを覆い隠してくれて、世界を浄土のようにしてくれます。
景色だけではありません。
静寂さももたらしてくれます。
今夜はいつもになく静かです。

彼岸もこうなのかもしれませんね。

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■起きていても寝違いはするそうです

最近、整体に通っています。
脊椎と腰椎が固まっているそうなのです。
特段、何か異常な症状があるわけではなく、何となく行ったら、矯正したほうがいいと勧められて、断る理由もないので通うようになってしまったのですが、いつも混んでいるので驚いています。
その整体院のすぐ近くにはカイロプラクティックのお店もあります。

そこで聞いたのですが、最近はパソコンをやっているうちに寝違い状況になって、首が回らなくなる人が増えているのだそうです。
私の隣で施術を受けていた女性は、今日は8時間も座ったまま、パソコンをやっていたと話していましたが、まさにそういう状況の中で寝違い症状を起こすようです。
人間はどんどん機械(システム)の部品化してきているようです。
無駄な動きは極力避けているうちに、身体が固くなり、時々、こうやって整体などで心身を解きほぐさなければいけなくなっているわけです。
どこかがおかしいと思いながら、私も同じような状況にあるわけです。

整体院からは、自宅でもストレッチ運動をするようにと言われています。
しかし、これもどうも違和感があります。
生命は無駄なく設計されているはずですから、わざわざストレッチ体操をしなければいけないというのは。どこか生き方が間違っているというのが、私の考えなのです。
人間以外の生物が、そうした「目的的な行為」をしていることを聞いたことがありません。
私は、自然に素直に生きることを心情にしていますので、目的的な行為は極力したくないのです。
しかし、どうやら最近の私の生き方だと、身体が固くなってしまうようです。
困ったものです。

整体に通いながら今の生活スタイルを続けるか、生活スタイルを変えて整体通いをやめるか。
さてどうしたものでしょうか。

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2013/01/13

■節子への挽歌1957:彼岸との距離

節子
気相の哲学の話をもう一回書きます。
気相の哲学の根底にあるのは、世界を構成しているのは「気」であるという考えです。
人間の心身を創りだすのも「気」です。

陰陽五行説では、宇宙の根本物質は気であるとされますが、気はつねに動いていて、それによって凝縮・凝固という相転移が現われ、それが世界の物質を構成しているとされます。
相転移は、水と氷と水蒸気のように、熱によって、全く別の物質相に変化するということです。
気は液体にも固体にもなるのです。
魂も気から構成されているとされます。
つまり、すべてのものが気によって作り出されているわけです。
しかも、その気は、世界を自由に動き回ります。
呼吸を通して、すべての生命は世界につながっています。
ある意味では、「気」こそが「大きな生命」と言ってもいいでしょう。

桑子さんは「気相の哲学」のなかで、「心のはたらきは、世界を構成する気の一部が集合し、なかでも精妙なはたらきをもつ魂と魄が合流して身体を統率するときに生じるのです」と書いています。
死は、魂と魄が分離によって説明されます。
魂と魄の合流も分離も気の働きの結果です。

私たちは呼吸することで生きていますが、呼吸とは「心身と世界との間での気の循環的交換」と言ってもいいでしょう。
その循環が途絶えてしまうと、魂と魄は分離してしまいます。
あるいは魂と魄が分離してしまうと、気の循環は滞ってしまいます。
こうして、個々人の心身は世界とダイナミックにつながった存在なのです。
生きるとは、そうしたダイナミックな交流活動なのです。

長々と小難しいことを書いてしまいましたが、要するに個人の生命は決して孤立した存在ではないということです。
そして同時に、人の死は何かがなくなることではなく、気の循環の中に心身を戻していくということになるのです。
朱子学では死後の魂の存在は認めないようですが、気相の哲学の発想では、死もまた気の循環の一つの過程なのです。
そして、なによりも重要なのは、気を通してすべてのいのちは時空間を超えてつながっているということです。
彼岸とは、そうした気の大きな流れのことなのかもしれません。
だとしたら、彼岸と此岸とは折り重なっている構造なのです。
それがどうしたと言われそうですが、彼岸とつながっている世界に生きていることを実感すると、心がとてもやすまるのです。

そして、気を通して、すべてのいのちがつながっていることに気づけば、「他の生命とともに生きているという知覚による喜びの感情」が生まれると桑子さんは書いています。
本書を読んで、少しだけ、節子に近づいたような気がします。

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■節子への挽歌1956:生意の蔵

節子
以前、読み出して途中で挫折していた「気相の哲学」を昨日、読み終えました。
難解でしたが、ノートをとりながらゆっくり読みましたので、少しは理解できたと思います。
朱子学を踏まえた、西洋近代の発想とは違う哲学で、共感できることが多かったです。

その本で、「生意の蔵」という言葉を知りました。
朱子学では、四季の変化による生命の四相という秩序を重視します。
つまり時間とは、いのちが発生し、成長開花し、結実し、保存するという生命の四相による秩序なのです。
その時間秩序に随って生きていくことが大切だというのです。
なぜなら、私たちの心身は、空気や水というものを通して環境と循環的につながっており、生命の四相は環境の循環秩序に呼応しながら、それ自体も時間的に循環しているからです
そうした四相の時間的秩序において、春は「生意の生」、夏は「生意の長」、秋は「生意の成」、冬は「生意の蔵」ともいわれているそうです。
いのちは、春に生まれ、夏に成長し、秋に成熟する。
そして、冬にはその成熟したいのちを、次のいのちにつなげていくために、しっかりと蔵するというわけです。
植物を考えてみれば、わかりやすいですが、動物においても、そして人間においても、納得できる話です。
私たちは、無機質な時間の世界を生きているのではなく、それぞれに意味のある秩序化された時間の世界を生きているのです。
そうした時に随って生きることが、大切なのです。

冬は「生意の蔵」。
自然の流れにできるだけ身を任せて生きるようにしている私にとっては、なにやら安堵できる言葉です。
冬は身をこごめて、思いや活動を熟成させる時期だと考えると、最近の怠惰さも、なにやら意味あるもののように感じます。
怠惰になるのも、意味があるのです。
春になったら、溜め込んだいのちは、おのずと勢いを得て、育ちだすだろうと思えばいいのです。

これは1年の四季だけの話ではありません。
人の一生にもまた、当然、同じことが言えるでしょう。
人生にはいつか冬が来る。
大きな意味では、一生そのものが春夏秋冬に分けられるのでしょうが、人の一生には、春夏秋冬の循環が繰り返しやってくるとも考えられます。
いまは、いろんな意味で、私は冬なのだと考えると心が安堵します。

さてもう少し冬篭りを続けましょう。
無理をして歩き出すことはありません。
ゆっくりとゆっくりと、冬篭りに浸りながら、そのまま春が来なくても、それもまた天地によって定められたことなのでしょう。
そう考えるととても生きやすくなります。

朱子学などいうのは、私には全く縁のない知恵だと思っていましたが、陰陽五行説も含めて、少し意識が変わりました。

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■節子への挽歌1955:とても良い天気です

節子
また挽歌がたまってしまいました。
たまっているのは挽歌だけではなく、さまざまなものがたまっています。
どうも生活のリズムが戻ってきません。
決して時間がないわけではありませんし、気持ちがないわけでもありません。
しかし「やろう」という気が起きてこないのです。
精神的に病んでいるのかもしれません。
あるいは、そういう時期なのかもしれません。

いま世間は三連休です。
私には無縁のことですが、三連休のおかげで、昨日から何もせずに在宅できています。
いまも日差しの入ってくるリビングルームのテーブルの上に、古いデスクトップのパソコンを置いて、この挽歌を書き出しました。
来客が来たら大変ですが、この三連休はたぶん世間から遮断されて生活できるでしょう。

目の前に娘が正月用にと活けてくれた松入りの花があります。
大きなゆりがたくさん咲いています。
見ていると、どことなく節子が活けた花と感じが似ています。
もう10日以上たちますが、元気です。

いまは私一人ですが、とても静かで、この静かさには心休まります。
雲一つない快晴で、強い日差しを見ていると元気が出てきそうな気もします。
しかし、元気の隣にはさびしさや悲しさがあることを、この頃、強く実感していますので、その日差しの中に出て行く気にはなりません。

今日は少したまっている挽歌を書くことにしようと思います。
節子がいたら、まさに外出日なのですが。

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2013/01/10

■言葉の魔術

また高校生が、教師の「体罰」で自殺するという事件が起こりました。
その報道を見聞きして、やはり大きな違和感があります。
違和感のひとつは「体罰」という言葉です。
報道の内容を聞いた感じでは、明らかに暴力行為、暴行です。
その事実が「体罰」という言葉で、ごまかされています。
「教師が生徒に暴行をふるった」と「教師が生徒に体罰を与えた」とでは、そのイメージはまったく違います。

またバスケット部の2人の副顧問が、その行為を見ながらも、「顧問の教師の実績を考えると口を挟めなかった」というようなことをはなしているようです。
ここで気になるのは「教師の実績」です。
何を持って実績というのか。
この言葉からは、暴行した教師は立派な教師だというイメージを生み出してしまいます。
暴力行使が教育の実績を上げるという、おかしな話です。
たぶん彼らもまた、暴行を怖がって暴力教師に取り入っていただけの話です。
しかし、この言葉は暴力教師を助けるこうかをもっています。

「暴力」を独占するのが国家権力といわれます。
国家が使う暴力は「戦争」として肯定されますが、国家の内部においては、その下部組織がさまざまな形で「暴力」を正当化しています。
「体罰」や「死刑」は、そうしたもののひとつです。
あるいは、正当化しないまでも、脱暴力化することも多いです。
組織が行う「いじめ」は、その典型的な事例です。
最近、企業の「追い出し部屋」が問題にされだしていますが、これも国家をまねた私的組織の暴力というべきでしょう。

白を黒と言いくるめることは、そう難しいことではありません。
言葉にだまされてはいけません。
表現されている言葉ではなく、自分の頭で、事実をしっかりと考えなければいけません。
最近、つくづくそう思います。


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2013/01/08

■組織のホメオスタシス装置としてのSNS

今朝の朝日新聞で、「ソーハラ」という言葉があるのを知りました。
ソーシャル・メディア・ハラスメントの略称で、フェイスブックやツイッターなどSNSを通じた嫌がらせの意味だそうです。
何でもかんでも「・・・ハラスメント」と名付ける風潮には賛成できませんが、実際にそうした被害を受けている友人知人も知っていますので、まあかなりあるだろうなと思います。
私も、以前から、それなりの「嫌がらせ」を受けています。
しかも、私自身も、もしかしたら「嫌がらせ」をしているかもしれません。
最近は言葉遣いには気をつけていますが、メールなどでのやりとりでは思わぬ効果を相手に与えてしまうことがあるからです。

私はメールをやりだしてから20年以上たちますし、自分の個人ホームページを開設してからも10年以上たちます。
その過程でかなりの免疫がついていますので、最近は「死ね!」「バ~カ」とか「お前も同じ穴のムジナだ」とか言われても、さほどこたえなくなりました。
そういう発言をする人には、それなりの事情があるのでしょう。

しかし残念なことがあります。
「ソーハラ」ではありませんが、メーリングリストなどで些細な表現が契機になって、お互いに悪口雑言の言い争いになることです。
いわゆる「炎上」というものですが、第三者的に読んでいると、言い争う双方のエネルギーが全く無駄に消尽されてしまっているのが、実に残念に思えます。
おそらく面と向かって話し合っていれば、何ともないのでしょうが、ネット上での記号だけのやり取りだとちょっとした気分の違いが極端に増幅されてしまうようです。
そこにSNSの恐ろしさを感じます。
このことの意味は、もっと真剣に考えられなければいけないように思います。

内ゲバという言葉が昔ありました。
大辞林によれば、「組織内で行われる暴力的な闘争」という意味です。
1960年代に盛り上がった学生運動は、この内ゲバで自己崩壊していくわけですが、私は昨今のSNSに、それと同じ危険性を感じます。
つまり「私的暴力の処理装置効果」です。
ここでの「暴力」は、身体的な暴力ではありませんが、すでにいくつか事例があるように、結果的に人を殺したり仕組みを破壊したりすることもできます。
「暴力」という言葉ではなく、「エネルギー」とか「怒り」「不平」という言葉を使えば、もっとその効果が見えてきます。
「社会的な課題」や「社会的矛盾」に向かうはずの「エネルギー」が、横に向いてしまい、お互いに帳消しあっていくという効果です。

社会における「革新のエネルギー」を、サブシステムの中で、うまく処理することに成功した社会は安定するわけですが、SNSはまさにその機能を内在させています。
アラブの風のような事例で、SNSは変革をもたらす装置だと思いがちですが、その本質は極めて保守的なものなのではないかと、最近思い出しています。
みんながフェイスブックをやりだしたら、社会に変革など起こらないだろうと、この半年、フェイスブックをやりながら感じています。
みんな実に「平和」です、
高校生の頃読んだオーウェルの「1984年」の世界に生きているのは、けっこう居心地が悪いものです。

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2013/01/07

■節子への挽歌1954:天地に包まれたあたたかさ

節子
10年以上前に途中で挫折していた、桑子敏雄さんの「気相の哲学」を読み直しています。
小説ならば1日に500頁くらいは一気に読めるのですが、この本はなんと50頁読むのに3日もかかっています。
それでもよく理解できないのです。
しかし、とても共感できる文章に、時々、出会います。
たとえば、こんな文章です。

すべての生命は、さまざまなエネルギー状態にある気によって構成されており、これは人間でも他の生命でも同一であるということができるでしょう。どのような生命も孤立し閉じた系ではなく、環境と気の交換を、つまりエネルギーと物質の交換を行ないながらその恒常性を維持しているのです。
ここで「環境」という言葉は、朱子の言葉では「天地四時」という表現になっています。
略して、ただ「天地」と表現されることもありますが、私はこの言葉がずっと気になっていて、それで今回も読み直すことにしたのです。
「天地」は、一言で言えば、時空的な自然環境をも含めた世界です。
「自然環境をも含めた」と書きましたが、物理的な意味での自然環境にとどまらず、むしろその中心には、価値や意味が込められた機能的時空間なのです。
環境そのものが「生きている」といってもいいでしょうか。
さらに言えば、人間、つまり私も含められているのが、「天地」です。
オルテガは、「私は、私と私の環境である」と言いましたが、それにつながっています。

人は生きているのではなく、生かされているのだ、と仏教ではよく言われます。
この表現は、納得できるのですが、どこかに違和感があります。
本来は、「共に生きている」という「共生き」というのが、正しいのかもしれません。
「生かされている」と言ってしまうと、「生かしている誰か」と「生かされている自分」とが、切り離されてしまうからです。
これは、大きな生命という考え方には反する。西欧近代の発想です。

一昨日、この挽歌にコメントがありました。
以前書いた挽歌の中に「共生き」という言葉が出ていたのですが、それに関する照会でした。
改めて「共生き」についても、少し考え直してみようと思い出しています。

今年も、「天地四時」に包まれた、あたたかな生き方に、素直に随おうと思います。
よやく年賀状の返事を書き終えました。
節子がうるさく言っていたように、宛先も手書きにしましたが、寒くて手がこごえていて、うまく書けない上に、漢字を忘れていて、書き違えたものもあります。
書き違えもまた意味があると、そのまま出してしまいましたが。
5日間、時間を超えていたのですが、その後は時間に追われています。

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2013/01/06

■節子への挽歌1953:色即是空 空即是色の6日間

節子
今日、届いていた年賀状を読みました。
そして、メールをやっている人には全員に返事を送りました。
そうしたら、それにまた返事が来て、今日はほぼ1日、それにかかりきりでした。
メールをやっていない方への返事は、明日になりそうです。

年賀はがきではわからないやりとりがメールだとできます。
それが、私は気にいっています。
メールが始まって、年賀状の文化はかなり変質したように思います。
節子には反対されそうですが、私はやはり何よりもライブなのがいいです。

この挽歌の以前の読者からも初めて年賀状が届きました。
ホームページの読者からも届きました。
そうした新しいつながりを生み出してくれる面があります。
節子の友人知人からも年賀状をもらいました。
私も面識のある人たちですが、少し不思議な気もします。

しかし、気がついたら今日は日曜日です。
日曜日はホームページ(CWSコモンズ)を更新日です。
それができていないのに、いま気づきました。
それにしても、年が明けてから今日まで一瞬のような速さでした。
何もしないままに、日曜日が来てしまった気がします。
これも何かの意味があるのかもしれません。

年明けに、宮沢賢治を読んでいましたが、今日は久しぶりに、般若心経を読みました。
新井満さんの自由訳も、合わせて読みました。
少しずつですが、般若心経に感覚的になじみができてきました。
もう少し心が澄んでくれば、彼岸の節子へも年賀状が出せるかもしれません。
いや、その前に、節子からの年賀状を受け取れるかもしれません。

この6日間は、魂を飛ばしていたような、そんな空白感があります。
色即是空 空即是色を実感していたともいえます。
明日から現世の今年をスタートさせます。

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2013/01/05

■年賀状とフェイスブック

今日、はじめて年賀状を読みました。
数年前から私は年賀状を前年に出すのをやめ、年が明けてからの年賀メールを基本にしていますので、届く年賀状は年々少なくなってきています。

年賀状は、その人のお人柄がメール以上に感じられます。
私の友人知人も、考え方はさまざまです。
たとえば「日本も今年はやっとまともな方向に向かって行けそうです」と安倍政権を歓迎している人もいれば、自民党の改憲論に怒りを書いている人もいます。政治に失望している人もいれば、今年こそ頑張りたいという人もいます。
しかし、概してみんな「平和」で、幸せそうです。
それが年賀状なのかもしれません。
いろいろとあったけれど、あるいはいろいろとあるけれど、まあ年も越せるし、先行きは今よりも良くなるだろうと、自らを納得させるために年賀状というのはあるのかもしれません。
それに、年賀状は、普通の人にとっては、数少ない個人的な情報発信手段でした。
ふだん交流のない人への定期的な報告でもありましたが、同時に社会に対する気持ちの発散効果もありました。
毎年、1回、こうやって自らを振り返り、明日に向かって気持ちを吐き出すのは、見事な社会安定装置なのかもしれません。

ところが最近は、フェイスブックがそうした役割を果たすようになって来ました。
そう思って考えると、フェイスブックの持っている社会安定機能に気づきます。
アラブ世界ではフェイスブックが社会を変革したといわれていますが、どうも現実は逆なのではないかという気がしています。
フェイスブックの持つ保守効果を、もう少し考えたいと思います。
アラブの風は、実は保守活動だったのかもしれないという気さえしてきました。
マスコミの報道には注意しなければいけません。

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■節子への挽歌1952:福袋の思い出

節子
今朝早くユカに頼んで車で湯島に行ってきました。
節子がいる時には、これは私たちの最初の共同作業でした。
湯島のオフィスの掃除と荷物の片付けです。
その役を今年はユカが引き受けてくれました。

節子のときは、朝食もせずに湯島に行き、そこでトーストと珈琲の朝食でした。
節子はなんでも楽しいイベントにしてしまいました。
我孫子から湯島までは1時間ほどですが、渋滞に巻き込まれたり、道を間違ったり、いろんな思い出があります。
道沿いの風景も、20年もたつと変わってしまっていますが、そこかしこに記憶が残っています。

自動車で行かずに、電車で行ったこともあります。
先日、福袋について批判的なことを書きましたが、私たちも一度だけ福袋を買ってしまったことがあります。
上野で降りて、そこから湯島に行く途中、上野松坂屋の前に長い行列が出来ていました。
何ですかと並んでいる人に訊くと、福袋を買う行列だというのです。
まったく福袋には関心がなかったのですが、なぜかその時は、2人とも「その気」になってしまいました。
行列はすでに動き出していたので、その最後について、初めてで最後の福袋を買ってしまいました。
それも2人が、一つずつです。
1万円でしたが、なにやら大きな布袋に入っていたのを覚えています。
中身は何だったのか記憶にありませんが、今も娘から笑われてしまっています。
私たちは、いつもは偉そうなことを言っているわりには、現場に居合わせてしまうと、その流れや雰囲気に乗りやすいタイプなのです。
中身はたぶんゴミとして処分されたのですが、袋だけはなぜか今も残っています。
節子にとっては、並んで福袋を買うという行為が楽しかったのかもしれません。
私も初めての体験で、新鮮でした。
まさに、それこそが「福袋」なのでしょう。
その年に、私たちに福がきたかどうかは、これまた記憶がありません。

湯島のオフィスに久しぶりに行った娘は、その散らかりように驚いていました。
それはそうでしょう。
考えてみると、節子がいなくなってから、掃除らしい掃除をしたことがないのです。
スリッパも季節はずれのスリッパだと怒られました。
節子がもし彼岸から見ていたら、さぞかし嘆いていることでしょう。
しかし、このオフィスも間もなく25年目です。
椅子もテーブルも、ちょっと傷んできました。
25年でこのオフィスは終了する予定だったのですが、いまはいろんな人たちに開放してしまったので、勝手には閉鎖しにくくなってしまいました。
椅子の破れを繕いながら、もう少しこのままで我慢しようと思いますが、せめて掃除だけはもう少しきちんとやろうと思います。
節子がいないと、何かと大変です。

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2013/01/04

■節子への挽歌1951:今朝の日の出は見事でした

節子
毎年、元日にお墓参りに行くのですが、今年は4日になってしまいました。
大晦日に供えた花がまだ元気でした。

今年の三が日は寒かったですが、快晴のおだやかな3日間でした。
元日の朝の初日の出は雲の上からでしたが、2日と今日は見事な日の出でした。
4日間、毎日、日の出を見ていました。
初日の出はホームページに載せたので、ここでは今日の日の出の写真を掲載します。

20130104

年賀状も届きましたが、まだほとんど読んでいません。
今夜から読み出して、明日、返事を書こうと思います。
年賀状は、節子がいなくなってからは、年が明けてから書くことにしました。
メールをやっている人には、メールでの返信です。
そのかわり、一通一通に個人宛の文章を書くようにします。
節子は、私のパソコンで打ち出す年賀状には心がこもっていないと言っていました。
宛先は手書きで書かないとだめだとも言っていました。
たしかにそのとおりです。
最近それがわかるようになりました。

ホームページに、新年のあいさつや近況報告を書き込みました。
明日から日常に戻る予定です。
節子がいないお正月は、何をしても充実感がありませんでした。

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■「need- to-know」から「need-to-share」へ

今朝の朝日新聞は、除染作業の手抜きについて大きく取り上げています。
こうした行為は許されるべきではありませんが、こうしたことの背景には、そもそも現在の除染作業の有効性そのものへの疑問があるような気がします。
除染作業そのものの信頼性はどのくらいあるのか、そもそも現在の除染作業そのものが「悪質な手抜き作業」なのではないかという不信感が抜けません。
現在の除染は移染でしかないという話はよく聞きますが、除染作業に関して科学者や技術者はどう評価しているのか、そうした人たちの大きな声が聞えてこないのが不思議です。

分都留学者の池内了さんが、近著「科学の限界」で、こう書いています。

福島第一原子力発電所において炉心溶融(メルトダウン)という過酷事故が発生したのだが、原子力の専門家は当初からそのような事態に気づいていたはずなのに一言も口にせず、人々に安全を保証し続けていたのである。その結果として放射能汚染地域からの住民の避難が遅れ、多くの被曝者を生み出してしまった。原子力の専門家が見ていたのは政府や東京電力の顔色ばかりであり、災害を被るであろう市民の顔を思い浮かべることなく、真に市民の参考になる情報を提供しなかったのである。その事実は、かれらが原子力ムラと呼ばれる閉鎖的な集団を形成し、市民のための科学・技術であるという認識に欠けていたことを意味している。かれらは社会的責務を放棄した専門家集団となり下がっていたのである。
9.11事件以降、米国情報組織における情報処理のあり方が抜本的に変わってきていると、外務省にいた孫崎亨さんが以前、本で書いていました。
その方向は、「need- to-know」から「need-to-share」への変化です。
「知るべき人へ」の情報から「共有」の情報への変化と孫崎さんは訳していました。
この話を思い出しました。
need- to-knowだったが故に、アメリカ政府は9.11事件を阻止できず、さらにイラクにまで戦争を仕掛けることになったわけです。

科学者や技術者は、自らの得た情報を誰に向かって提供していくべきか。
科学も技術も、社会に大きな影響を与えます。
池内さんと孫崎さんのメッセージを組み合わせると、答は明らかです。
科学者や技術者の目が、生活に向きだせば、世界は変わっていくでしょう。
科学者や技術者の大きな責任のひとつは、自らの知識や知見をみんなとシェアしていくことではないかと思います。
それは同時に、自らの生活を取り戻すことでもあります。

除染活動についての、しっかりした議論が起こってほしいです。
悪質手抜き作業者の問題になってしまわなければいいのですが。

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2013/01/03

■原発事故はもう終わったのでしょうか

今年も穏やかな年明けでした。
年末年始のテレビや新聞を見ていると、2年前の原発事故のことをみんなもう忘れてしまったような気がしてきます。
それほど穏やかです。
その穏やかさに、私自身は滅入っていますが、元気づけられた記事もあります。
元日の朝日新聞の「福島 私たちが伝えたいこと」です。
原発事故後の若者たちの不安を題材にした演劇「今 伝えたいこと」の公演活動をしている相馬高校の高校生たちと新しい福島を目指す「ふくしま会議」代表理事の赤坂憲雄さんの座談会、そして赤坂へのインタビュー記事です。
まだ読まれていない方がいたら、ぜひ読んでいただきたいと思います。

読まれていない人のために、2つだけ、高校生の発言を引用します。

「これから未来がどうなるかわからない。でも、誰かが犠牲にならない、そういう社会ができたらいいなと思います。専門家に任せるのではなく、国民がどんどん意見を出す、みんなでつくっていける社会が理想です」
「私たちはいつまでも子どもじゃない。大人になったときに「意見を聞いてくれない」という子どもを出さないために、もっと学んで、他人の意見を聞ける柔軟な人に成長したいです」
返す言葉がありません。

彼らの演劇の中に、こんな場面が出てくるそうです。

舞台で生徒の一人が考え込む。「私はいままで原発周辺の地域は原発のおかげで潤ってきたと思うのね。リスクと引き換えにね。でも、それって、私たちの世代が決めたことじゃないよね?」
ますます言葉を失います。

赤坂さんはインタビューに答えてこう発言しています。

「追い詰められているからこそ、自ら選び取るしかないという状況が生まれているのだと思います。政治には期待できない、政権交代しても棄民的な状況は変わらないと、多くの人が感じている。福島の普通の女性たちが『これって自由民権運動よね』って言い始めているんですよ」
「福島は自由民権運動発祥の地の一つでした。困難な状況下で地域が何とか自治と自立を求める、21世紀型の自由民権運動がここで始まろうとしているのかもしれない」
この記事だけが、私に元気を与えてくれました。
この元気を無駄にはしたくありません。

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■節子への挽歌1950:死の中にも生がある

節子
昨日、挽歌を書きながら思い出した文章があります。
吉田兼好の「徒然草」の第155段です。

春暮れて後、夏になり、夏果てて、秋の来たるにはあらず。
春はやがて夏の気を催し、夏よりすでに秋は通ひ、秋はすなはち寒くなり、十月(かみなづき)は小春の天気、草も青くなり、梅もつぼみぬ。木の葉の落つるも、まづ落ちて芽ぐむにはあらず。下より兆しつはるに耐へずして落つるなり。
迎ふる気、下にまうけたるゆゑに、待ち取るついではなはだ速し。
生・老・病・死の移り来たること、またこれに過ぎたり。
四季はなほ定まれるついであり。
死期(しご)はついでを待たず。
死は前よりしも来たらず、かねて後ろに迫れり。
人皆死あることを知りて、待つこと、しかも急ならざるに、おぼえずして来たる。
沖の干潟はるかなれども、磯より潮の満つるがごとし。
(現代語訳)
四季の移り変わりにおいても、春が終わって後、夏になり、夏が終わってから秋が来るのではない。春はやがて夏の気配を促し、夏にはすでに秋が入り交じり、秋はすぐに寒くなり、十月は小春日和で、草も青くなり梅もつぼみをつける。木の葉が落ちるのも、まず葉が落ちて芽ぐむのではない。下から芽が突き上げるのに耐え切れなくて落ちるのだ。次の変化を迎える気が下に準備しているために、交替する順序がとても速いのだ。生・老・病・死が次々にやってくるのも、この四季の移り変わり以上に速い。四季には決まった順序がある。しかし、人の死ぬ時期は順序を待たない。死は必ずしも前からやってくるとは限らず、あらかじめ背後に迫っている。人は皆、死があることを知りながら、それほど急であるとは思っていない、しかし、死は思いがけずにやってくる。ちょうど、沖の干潟ははるかに遠いのに、急に磯から潮が満ちてくるようなものだ。
死もまた、時間を超えています。
しかし、今日、書きたいのはそのことではありません。
実は時間は重なっているということです。
徒然草のこの文章を竹内整一さんはこう読み解いてくれます。

春が終わって夏が来るのではない。夏が終わって秋が来るのではない。夏の中には、すでに秋の気というものがあって、それがだんだんと広がって、いつの間にか秋になる。
兼好は、このように季節の移りゆきを観察した後、人間の生き死に、生老病死も同じだと言っています。

つまり、「生が終わって死が始まるのではなく、生の中にすでに死が始まっている」というわけです。
これを「死の中にも生がある」と読むこともできるでしょう。
愛と生と死は、どうも同じものの一面なのかもしれません。
愛がなければ、生も死も単なる物理現象にとどまるかもしれません。
今年も、挽歌を書き続けようと思います。

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2013/01/02

■ショッピングモールでは売っていない福袋を買うことにしました

外出の帰りに、近くのショッピングモールに立ち寄りました。
靴がかなり傷んでいるので、買おうと思ったのです。

モールはものすごくにぎわっていました。
日本の景気のどこが悪いのか、といつも思っている疑問を改めて感じました。
お店をいくつか歩きながら、多くのお店の店先に「福袋」が並んでいるのに気づきました。
なかには「福袋完売しました」と張り出されているところもありました。
中身が見えるものもありますが、見えないもののほうが多いようです。
その代わりに、5万円相当のものが1万円、とか、金額比較で表示されているものも多かったです。
売り手が勝手に決めた「希望価格」を「客観的な価値価格」と感じさせるこうした表示は、私には「詐欺行為」と思えてしまいますが、まあ判断基準を失っている人たちにはわかりやすいのでしょう。
5万円相当品を1万円で買えることに顧客満足があるのでしょう。

たくさんの福袋を前にして思うのは、「何を買っていいかわからない人」や「買うことが目的になっている人」の存在です。
生活者から消費者へと変質させられている段階を超えて、いまや多くの人は「顧客(購買者)」に飼育されてしまっているのです。
私が嫌いな「顧客の創造」「顧客満足」です。
そこには生活はありません。

政府への期待として、ほとんどの人が「成長戦略」を期待しています。
「成長」とはなんでしょうか。
買いたいものもなく、しかし買わなければ経済がまわらないので、中身もわからない福袋を買いあさる人たちに、さらに何かを買わせようとするのが成長戦略なのでしょうか。
そうではないでしょう。

そうした福袋を朝早くから並んで買うような、飼育された購買者がいる一方で、生活に必要なものも買えずに困窮している人も増えています。
その人たちへの所得配分を少し変えるだけで、実は市場(経済)は大きく「成長」します。
いま議論されている「成長戦略」には、そうした視点がまったくありません。

つまり、現在議論されている成長は、産業の成長でありお金持ちの成長です。
しかし、それとは別に、意識の成長、生活の成長があります。
これから必要なのは、どちらの成長戦略でしょうか。

どうせ買うなら、ゴミになるような過剰商品の入った福袋ではなく、それを買うと生活に困っている人へのプレゼントになるような、そんな福袋を買いたいものです。
福袋を買うお金があったら、そうしたところに寄付すれば、きっとすばらしい「福袋」が手に入るでしょう。
福袋会場に殺到して怪我をしたりすることもないでしょう。

私も、今年はそうした福袋を買おうと思います。
そのため、靴はもうしばらくお預けにしました。
靴を買う程度のお金なので、ほんのわずかばかりなのですが、それでもきっと大きな福がもらえるでしょう。

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■節子への挽歌1949:愛が死を超える

年末起こったあることで、映画「マトリックス」を急に観たくなりました。
私が記憶している世界は、果たして現実なのだろうかと改めて思ったからです。
年末年始の用事の合間をみて、3部作を見ました。
前回観た時にはまったくそういう印象はなかったのですが、これは愛の物語でした。
最後に残るのは、「生命とは愛」というメッセージです。

ネオとトリニティは、この映画の3人の主役のうちの2人です。
2人は愛し合っていますが、前回見た時には、私にはあまり関心のない要素でした。
しかし、この物語の基調は、愛だったのです。
愛が奇跡を起こし、愛が論理を破るというわけです。
もっと具体的に言えば、愛が死を超えるということです。
映画の中では、愛が死者を蘇らせます。
トリニティがネオを、ネオがトリニティを、です。
あまりにも陳腐なシーンなので、これまでは印象にも残らなかったのです。
しかし、今回はそのメッセージがなぜか心に響きました。
生命は死を超えているというメッセージなのです。
それは、「大きな生命」につながります。
世界全体が生きているオートポイエーシスなシステム。
そして、生命の「愛」こそが、そのシステムのアノマリー(変則要素)。
とてもわかりやすい話です。

アノマリーから世界をみると、世界は一変します。
いのちは「生まれてから死ぬ」と、一般には思い込まれています。
これは時間とは不可逆的な流れだという前提に立った発想です。
しかし、愛はその制約を受けることはありません。
愛に包まれた彼岸においても、時間の流れは融通無碍だとされています。
いや、時間も空間も一点に凝縮されているのが彼岸です。
彼岸は、時空間を失った「大きな生命」でもあります。
そうした「大きな生命」には、時間の前後はありません。
そこには生も死もない。
そのことは以前からうすうす感じていたのですが、「マトリックス」を観て、改めて納得しました。
愛は、個別の生死を超えているのです。
それがわかると平安が戻ってきます。
さびしさは変わりませんが。

死者を蘇られせることはさほど難しいことではないのです。
深く深く愛すればいい。
あらゆるものを、すべて深く愛すればいい。
まさに昨日書いた宮沢賢治がたどりついた世界です。
この映画を観たくなったのも、もしかしたらマトリックスが仕かけたのかもしれません。
それにしても、映画マトリックスにはノイズが多すぎます。
節子にはまったく不向きな映画です。
しかし、画面の向こうにずっと節子を感じながら観ていました。

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■見てしまった者の責任

私が住んでいる千葉県我孫子市では、雲のために初日の出は見られませんでしたが、気持ちの良い日差しの元日でした。
今日の日の出は、とてもきれいでした。
きれいな日の出を見て、ようやく時評編のブログをはじめる気分になりました。

昨年末にテレビで、水俣病患者とともに生きていた医師の原田さんの番組を見ました。
なぜ一生を水俣病とともにしたのかと問われた原田さんは、「見てしまったものの責任」だと答えました。
その言葉が、年を越えても頭から離れません。

現実を見ようとしない人があまりにも多いことを、私はずっと不思議に思っていました。
昨年、私の認識の間違いに気づきました。
見ようとしないのではなく、見えないのだと気づいたのです。
10年ほど前に、CWSコモンズというホームページを開き、今も毎週更新してきています。
最近は自分の記録に留まりがちになってしまっていますが、当初は、社会へのメッセージを意識していました。
そこで時々書いていたのが、「人は見たいものしか見えない」ということです。
見えないのは、「見たいもの」の呪縛のためです。
「常識のため」と言ってもいいでしょう。

子供たちの見ている世界と大人の見ている世界は違うというのが、子どもの頃からの私の思いでした。
大人たちは、なぜか視野を狭窄にしています。
学校で学ぶということは、視野を狭くし、世界をわかりやすくすると共に、他者との付き合いを容易にすることだと私は考えました。
だから、勉強は好きでしたが、学校は嫌いでした。
そのため私はたぶん「まともな大人」にはなりそこないました。
しかし、いつの間にか、私もまた「見たいものしか見ない」ようになってきてしまっていたのです。
幸いなことに、その「見たいこと」が常識とは少しだけ違っているような気がしますが。

見たいものだけを見続けていると、見たくないものは見えなくなります。
見ようと思っても、見えないのです。
そして見えない幸せの世界で平安に生きられるようになります。
しかし、不幸なことに、時に、見たくないものが見えてしまうことがある。
その時、どうするか。
原田さんは、「見てしまった者」には責任があるといいます。

「見えなくなっているものを見る努力」と「見てしまった者の責任」。
これが私の今年のテーマです。

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2013/01/01

■節子への挽歌1948:みんなの幸福

節子
今年も初日の出は雲が多くて、すっきりしませんでした。
気のせいか、節子がいなくなってから、こういうことが増えた気がします。
今日は家族みんなで子の神様に初詣しました。
年々、賑わってきていますが、幸せそうな表情があふれていて、初詣の場にいるだけで幸せになります。

昨年、ある本で宮沢賢治の「薤露青」という詩を知りました。
この詩は、下書されたのち、全文を消しゴムで抹消されたものだったのが、後で研究者の手により判読され詩集などに収められたものだそうです。
「薤露青」とは難しい文字ですが、「薤」は「にら」です。
薤(にら)の葉についた露の青さということですが、人の世のはかないことや、人の死を悲しむ涙のことを指すのだそうです。
そして、「薤露」には「挽歌」の意味もあるそうです。

賢治は、妹のトシをとても愛していました。
その病状を歌った「永訣の朝」は、私も節子も、とても好きな詩でした。
トシを見送った後、賢治はいくつかの挽歌を書いていますが、これもそのひとつです。
トシの死から賢治はなかなか立ち直れないのですが、すべての人の幸せを願っていたのに、自分の愛する妹の死を悲しむ自分に悩みます。
こんな詩も残しています。

あいつがいなくなってからのあとのよるひる
わたくしはただの一どたりと
あいつだけがいいとこに行けばいいと
さういのりはしなかったとおもひます(青森挽歌)

そして、「薤露青」ではこういうのです。

 あゝ いとしくおもふものが
 そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことが
 なんといふいゝことだらう……

個別トシへの執着が、「みんなの幸福」へと深められたのです。
このフレーズの最後の1節に関しては、「ほんとうのさいわいはひとびとにくる」という異論もあるそうです。
ホームページにも書きましたが、この賢治の気持ちが、「銀河鉄道の夜」へと深まっていくわけです。
そして、「あらゆるひとのいちばんの幸福」さがしの農民生活運動へとのめりこんでいき、あの有名な真理に到達します。
「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」
節子を見送る前の私が、自らの生き方の基本に置いていた言葉です。
しかし最近、この言葉を忘れがちになっていました。
節子がいなくなって、「幸福」という言葉が、私にはまぶしすぎて、語れなくなったからです。

先日、この詩に出会って、この数年の私の迷いがとてもすっきりしました。
賢治がトシを愛したのは、みんなを愛していたからなのです。
トシを愛していたからこそ、みんなを愛し、その幸福を願えたのです。
私の、節子への愛は、私を呪縛しているのではなく、私がみんなを愛し、その幸福を願う思いの源泉なのだと、改めて実感しました。

今年からまた、「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」という言葉を、肝に銘じて、生きていこうと思います。
それが、節子を愛し続けることなのですから。

賢治が呪縛から抜け出たように、私も漸く跳べそうです。

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