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2013/01/04

■「need- to-know」から「need-to-share」へ

今朝の朝日新聞は、除染作業の手抜きについて大きく取り上げています。
こうした行為は許されるべきではありませんが、こうしたことの背景には、そもそも現在の除染作業の有効性そのものへの疑問があるような気がします。
除染作業そのものの信頼性はどのくらいあるのか、そもそも現在の除染作業そのものが「悪質な手抜き作業」なのではないかという不信感が抜けません。
現在の除染は移染でしかないという話はよく聞きますが、除染作業に関して科学者や技術者はどう評価しているのか、そうした人たちの大きな声が聞えてこないのが不思議です。

分都留学者の池内了さんが、近著「科学の限界」で、こう書いています。

福島第一原子力発電所において炉心溶融(メルトダウン)という過酷事故が発生したのだが、原子力の専門家は当初からそのような事態に気づいていたはずなのに一言も口にせず、人々に安全を保証し続けていたのである。その結果として放射能汚染地域からの住民の避難が遅れ、多くの被曝者を生み出してしまった。原子力の専門家が見ていたのは政府や東京電力の顔色ばかりであり、災害を被るであろう市民の顔を思い浮かべることなく、真に市民の参考になる情報を提供しなかったのである。その事実は、かれらが原子力ムラと呼ばれる閉鎖的な集団を形成し、市民のための科学・技術であるという認識に欠けていたことを意味している。かれらは社会的責務を放棄した専門家集団となり下がっていたのである。
9.11事件以降、米国情報組織における情報処理のあり方が抜本的に変わってきていると、外務省にいた孫崎亨さんが以前、本で書いていました。
その方向は、「need- to-know」から「need-to-share」への変化です。
「知るべき人へ」の情報から「共有」の情報への変化と孫崎さんは訳していました。
この話を思い出しました。
need- to-knowだったが故に、アメリカ政府は9.11事件を阻止できず、さらにイラクにまで戦争を仕掛けることになったわけです。

科学者や技術者は、自らの得た情報を誰に向かって提供していくべきか。
科学も技術も、社会に大きな影響を与えます。
池内さんと孫崎さんのメッセージを組み合わせると、答は明らかです。
科学者や技術者の目が、生活に向きだせば、世界は変わっていくでしょう。
科学者や技術者の大きな責任のひとつは、自らの知識や知見をみんなとシェアしていくことではないかと思います。
それは同時に、自らの生活を取り戻すことでもあります。

除染活動についての、しっかりした議論が起こってほしいです。
悪質手抜き作業者の問題になってしまわなければいいのですが。

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