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2013/01/08

■組織のホメオスタシス装置としてのSNS

今朝の朝日新聞で、「ソーハラ」という言葉があるのを知りました。
ソーシャル・メディア・ハラスメントの略称で、フェイスブックやツイッターなどSNSを通じた嫌がらせの意味だそうです。
何でもかんでも「・・・ハラスメント」と名付ける風潮には賛成できませんが、実際にそうした被害を受けている友人知人も知っていますので、まあかなりあるだろうなと思います。
私も、以前から、それなりの「嫌がらせ」を受けています。
しかも、私自身も、もしかしたら「嫌がらせ」をしているかもしれません。
最近は言葉遣いには気をつけていますが、メールなどでのやりとりでは思わぬ効果を相手に与えてしまうことがあるからです。

私はメールをやりだしてから20年以上たちますし、自分の個人ホームページを開設してからも10年以上たちます。
その過程でかなりの免疫がついていますので、最近は「死ね!」「バ~カ」とか「お前も同じ穴のムジナだ」とか言われても、さほどこたえなくなりました。
そういう発言をする人には、それなりの事情があるのでしょう。

しかし残念なことがあります。
「ソーハラ」ではありませんが、メーリングリストなどで些細な表現が契機になって、お互いに悪口雑言の言い争いになることです。
いわゆる「炎上」というものですが、第三者的に読んでいると、言い争う双方のエネルギーが全く無駄に消尽されてしまっているのが、実に残念に思えます。
おそらく面と向かって話し合っていれば、何ともないのでしょうが、ネット上での記号だけのやり取りだとちょっとした気分の違いが極端に増幅されてしまうようです。
そこにSNSの恐ろしさを感じます。
このことの意味は、もっと真剣に考えられなければいけないように思います。

内ゲバという言葉が昔ありました。
大辞林によれば、「組織内で行われる暴力的な闘争」という意味です。
1960年代に盛り上がった学生運動は、この内ゲバで自己崩壊していくわけですが、私は昨今のSNSに、それと同じ危険性を感じます。
つまり「私的暴力の処理装置効果」です。
ここでの「暴力」は、身体的な暴力ではありませんが、すでにいくつか事例があるように、結果的に人を殺したり仕組みを破壊したりすることもできます。
「暴力」という言葉ではなく、「エネルギー」とか「怒り」「不平」という言葉を使えば、もっとその効果が見えてきます。
「社会的な課題」や「社会的矛盾」に向かうはずの「エネルギー」が、横に向いてしまい、お互いに帳消しあっていくという効果です。

社会における「革新のエネルギー」を、サブシステムの中で、うまく処理することに成功した社会は安定するわけですが、SNSはまさにその機能を内在させています。
アラブの風のような事例で、SNSは変革をもたらす装置だと思いがちですが、その本質は極めて保守的なものなのではないかと、最近思い出しています。
みんながフェイスブックをやりだしたら、社会に変革など起こらないだろうと、この半年、フェイスブックをやりながら感じています。
みんな実に「平和」です、
高校生の頃読んだオーウェルの「1984年」の世界に生きているのは、けっこう居心地が悪いものです。

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