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2013/01/05

■節子への挽歌1952:福袋の思い出

節子
今朝早くユカに頼んで車で湯島に行ってきました。
節子がいる時には、これは私たちの最初の共同作業でした。
湯島のオフィスの掃除と荷物の片付けです。
その役を今年はユカが引き受けてくれました。

節子のときは、朝食もせずに湯島に行き、そこでトーストと珈琲の朝食でした。
節子はなんでも楽しいイベントにしてしまいました。
我孫子から湯島までは1時間ほどですが、渋滞に巻き込まれたり、道を間違ったり、いろんな思い出があります。
道沿いの風景も、20年もたつと変わってしまっていますが、そこかしこに記憶が残っています。

自動車で行かずに、電車で行ったこともあります。
先日、福袋について批判的なことを書きましたが、私たちも一度だけ福袋を買ってしまったことがあります。
上野で降りて、そこから湯島に行く途中、上野松坂屋の前に長い行列が出来ていました。
何ですかと並んでいる人に訊くと、福袋を買う行列だというのです。
まったく福袋には関心がなかったのですが、なぜかその時は、2人とも「その気」になってしまいました。
行列はすでに動き出していたので、その最後について、初めてで最後の福袋を買ってしまいました。
それも2人が、一つずつです。
1万円でしたが、なにやら大きな布袋に入っていたのを覚えています。
中身は何だったのか記憶にありませんが、今も娘から笑われてしまっています。
私たちは、いつもは偉そうなことを言っているわりには、現場に居合わせてしまうと、その流れや雰囲気に乗りやすいタイプなのです。
中身はたぶんゴミとして処分されたのですが、袋だけはなぜか今も残っています。
節子にとっては、並んで福袋を買うという行為が楽しかったのかもしれません。
私も初めての体験で、新鮮でした。
まさに、それこそが「福袋」なのでしょう。
その年に、私たちに福がきたかどうかは、これまた記憶がありません。

湯島のオフィスに久しぶりに行った娘は、その散らかりように驚いていました。
それはそうでしょう。
考えてみると、節子がいなくなってから、掃除らしい掃除をしたことがないのです。
スリッパも季節はずれのスリッパだと怒られました。
節子がもし彼岸から見ていたら、さぞかし嘆いていることでしょう。
しかし、このオフィスも間もなく25年目です。
椅子もテーブルも、ちょっと傷んできました。
25年でこのオフィスは終了する予定だったのですが、いまはいろんな人たちに開放してしまったので、勝手には閉鎖しにくくなってしまいました。
椅子の破れを繕いながら、もう少しこのままで我慢しようと思いますが、せめて掃除だけはもう少しきちんとやろうと思います。
節子がいないと、何かと大変です。

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