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2013/02/22

■節子への挽歌1991:夫唱婦随

節子
久しぶりにビレッジハウスの山本さんがやってきました。
山本さんはご夫婦で設計デザインの会社をやっています。
お2人が設計された結婚式場は、ブームを引き起こしたり、映画の舞台になったりすることが多かったです。
山本さんが設計した360度に視界が開ける屋上のチャペルやプロヴァンス風の屋上庭園には節子ともども招待されましたし、
二宮のバリ風レストランにも招待されて、ご馳走になった記憶があります。
山本ご夫妻には節子もお会いしていますが、とりわけ秀太郎さんは一時期、湯島のオープンサロンの常連でもありました。
今はご自分がサロンを主催されています。

山本夫妻は、実に対照的な夫婦なのです。
いささかパターン化していえば、楽観主義の妻と悲観主義の夫と言ってもいいでしょうか。
その2人の結婚の話も実にドラマティックなのですが、まあそれは私が書く話でもないでしょう。

山本さんが、もう何年ですか、と訊いてきました。
もう6年目ですと言うと、もう6年目ですかと言いました。
まあそれだけの話なのですが、それだけいろいろなことが共有できるのです。
精神がしっかりするまで5年以上はかかりましたと言ったら、佐藤夫妻は私たちと違って夫唱婦随だからと山本さんが言いました、
実は山本夫妻も、夫唱婦随なのです。
山本さんは、もしかしたら婦唱夫随だと思っているかもしれませんが、そうではないのです。
それに、山本さんは実に奥様思いなのです。
それが実によくわかるのです。
みんな意外と自覚していませんが、片方を失うと、たぶん多くの人がそれに気づくのではないかと思います。

もっとも、どっちが「唱」でどっちが「随」かは、瑣末なことです。
夫婦とは「唱」も「随」もないのです。
夫婦を40年もやったものとしては、そう思います。

しかし、片割れがいなくなると、「唱」も「随」もできなくなります。
それが一番さびしいのです。
このさびしさは、そうなってみないとわかりません。
さびしいというよりも、むなしいものです。

またなかなか挽歌も時評も書けずにいます。
どこか最近、自分が腑抜けになってきた感じです。
困ったものです。

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