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2013/02/04

■節子への挽歌1973:節子は何歳になったのでしょうか

節子
今日は節子の誕生日です。
夕方からは雨に向かいそうですが、いまは春のようないい天気です。
午前中は在宅なので、陽ざしを浴びながらゆっくりしています。
娘も外出しているので、私一人です。
外の景色を見ながら、いろいろと節子のことを思い出していました。
昨日は、3人からのいささか深刻な相談を受けていて、疲れきったのですが、それを察してくれたのか、チビ太も明け方までなかずにいてくれました。

節子は、節分の日に生まれたので節子です。
だから節子は友だちにも誕生日を覚えてもらいやすく、電話や手紙が届いていました。

陽ざしの中にいると春のようにぽかぽかしてきます。
身体があたたまると心もぽかぽかしてきます。
わずかに見える手賀沼の湖面の輝きも、心を豊かにしてくれます。
八方ふさがりにいるとは思えないほどの和やかな時間です。
電話がありました。
昨日相談に乗っていた一人の人からの電話でした。
今日、最大の危機はどうやら乗り越えられたようです。
その危機は、私にとっても大きな危機でした。

何とか前に進み出せるかもしれません。
陽ざしの中で、節子と会話したおかげで、新真に余裕が出てきました。
陽ざしのありがたさをつくづく感じます。

節子が亡くなってからもう6回目の誕生日ですから、節子ももう70歳に近づいてきました。
しかし、私の中では、節子は今も62歳です。
したがって私もまだ66歳に気分です。
節子が歳をとるのをやめたのであれば、私の歳も止まったと考えるのが好都合です。
そこで私たちの時間は止まったのです。

闘病時の節子にとっては、誕生日を迎えることがひとつの目標でした。
そして、その目標は4回達成できました。
しかし、そこで時間が終わりました。
以来、私には誕生日は決してうれしいものではなくなりました。
迎えられなかった人に、私の視点は移ったからです。
しかし、そうはいっても今日は私にも特別な日であることには変わりはありません。
節子が迎えられなかった63回目の誕生日に戻って、今日は節子とかなり話し合いました。

節子と話すと、やはり心が安定します。

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