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2013/03/20

■節子への挽歌2020:「とてもいい人生だった」

節子
昨日書いた、テレビの「世界ふれあい街歩き」で心に残った言葉があります。
6歳の時に釘で大理石に文字を刻む遊びをしたのがきっかけになって、以来72年間、大理石に文字を刻む仕事をしている人の言葉です。
その人は80歳近くなる今も、自分の小さなお店で仕事を続けています。
そして、「遊びが仕事になって、とてもいい人生だった」と話していました。
ちょうどお昼時でしたが、仲間らしい3人ほどの人と一緒に食事をしていました。
毎日、この風景が続いているのでしょう。
とても幸せそうな風景です。
私も、会社を辞めて、節子と一緒に活動し始めて以来、遊びと仕事が重なりました。
とてもいい人生が始まったのです。
節子はどうだったでしょうか。

節子は、病状が悪化し話せなくなってしまってからのある日、私に鉛筆と紙を求め、そこに「とてもいい人生だった」と書いたことがあります。
当時の私は、節子との別れをまったく受け入れることができずに、そうした遺言的な節子の言動を受け入れることができませんでした。
いまになって思えば、節子のそうしたメッセージを、きちんと受け止められずに、聞き流す感じになっていたかもしれません。
当時の私には、「過去形」で人生を語ることはできなかったし、受け入れがたかったのです。
しかし、節子には先が見えていたのでしょう。
だから過去形で語れたのです。
「いい人生です」とは言えなかった。
その時になぜ、私は「いまも、これからもいい人生だよ」と応えられなかったのか。
悔やまれてなりません。
その時のことは、思い出すだけで、胸が詰まります。
涙も出てきてしまいます。
そして、今なお、深い罪の意識に襲われます。
過去形で語る節子と現在形でしか語れなかった自分との溝に気づくと、私は本当に節子と一緒に生きていたのだろうかという思いも出てきます。
だからその時のことは、あまり思い出したくないのです。
節子が書き残した、その時のメモを見る勇気も、まだ出てきません。
逃げているのかもしれない。
そんな気もしますが、いつかきっと素直に見られるようになるでしょう。
もしその前に、私が逝くことになったら、娘に頼んで一緒に送ってもらおうと思います。

「とてもいい人生だった」。
残念ながら、いまはまだ、そう言えない自分がいます。
たぶん、本当は、とても「いい人生」なのでしょう。
節子に感謝しなければいけません。
ありがとう、節子。

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